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記憶の十字架

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――記憶はなくなったのではなく、記憶のさらに奥にある密閉された場所に、封印されているだけなのかも知れない――
 と、思えてきた。
 そうなると、医者は、
「睦月さんは、記憶の半分を失っています」
 と言っていたことも怪しくなってくる。
 だが、それでは自分が感じた、
――ユキが睦月の亡くした記憶の半分を持っている――
 と感じたのも、錯覚だということになるのだろうか?
 睦月のことをすべて分かっているつもりだったが、結婚の時期についての微妙な違いを考えると、ユキに対して感じている自分の思いも、微妙なところで少しずつ違ってきているのではないかと思うと、森山は、自分の中で静かにパニックになりかかっていることを悟るのだった。

                 第三章 もう一人の自分

 ユキは森山が、自分の中に死んでしまった妹を見ていることを分かっていた。
 森山の記憶が半分ないことを知った時、森山に話を聞いて、妹のことを初めて教えてもらった。森山本人は、
「妹のことはほとんど知らないし、意識もしていない」
 と言っていたが、森山自身がそう感じるのは無理のないことだが、ユキが森山を見る限り、妹のことを忘れられるわけはないと感じた。
――無理にでも忘れようとしているのか、それとも、森山さん自身、意識していないように感じながら、心の奥で意識しているのかも知れない――
 と感じた。
 ユキが森山のことを、
「お兄ちゃん」
 と呼び始めたのはそれからで、もし、森山が嫌がる素振りを見せれば、呼び方を変えるつもりだった。
――舌打ちでもされたら、どうしよう――
 という思いはあったが、勇気を出してお兄ちゃんと呼びかければ、森山もまんざらでもないような表情になった。ユキが考えているより、森山は冷静なのかも知れないと思うと、自分の取り越し苦労なのではないかと、ユキは感じていた。
 ユキにとって、森山はやはり「お兄ちゃん」であった。男性として見ることもできなくはないが、男性として見てしまうと、
――お兄ちゃんでいてほしい――
 という気持ちと共有できないと思っていることから、天秤に掛けると、「お兄ちゃん」の方が重いのだった。
 異性としてのイメージと「お兄ちゃん」のイメージが共有できないわけではないとユキは思っていたが、森山に関してだけは、共有できないとしか思えない。ユキにとって、本当のお兄ちゃん以外の何物でもないと思っているからだろう。
 ユキは、三人姉妹の次女であった。五つ上のお姉ちゃんはすでに結婚して家庭を作っていた。お姉ちゃんがユキくらいの年齢の時、すでにお姉ちゃんは今の旦那さんと付き合っていて、その頃から結婚をすでに意識していたようだ。お姉ちゃんは、短大を卒業し、一年ほどOLを勤めて、その後、すぐに結婚した。ユキから見ても、「理想の結婚のパターン」に思えたのだった。
 ユキは去年二十歳になったが、今年二十歳を迎えるのは、妹の方だった。つまり、妹は睦月と同い年だった。
 ユキは睦月のことをほとんど知らない。森山が結婚を考えている相手だということは分かっているが、そんな相手を知るには勇気が必要だった。今のユキにはそこまでの勇気は存在しなかった。その分、自分の妹を見て、睦月を想像してみたりした。
 ユキの家の三姉妹は、
「美人三姉妹」
 として、近所でも有名だった。
 他の二人はどのように思っていたか分からないが、ユキはまんざらでもなかった。もっとも一番の美人として評されていたのは長女で、結婚が決まった時も、
「やっぱり、早かったわね」
 と、言われていた。
 近所の噂としては、
「あれくらいの美人になると結婚は、早めか、そうでなければ、適齢期を過ぎた後になって忘れた頃になるかのどっちかでしょうね」
 と言われていた。
 適齢期には、あまり美人な人は、避けられる傾向にあるんじゃないかというのが、近所の奥さんたちの見解で、ユキから言わせれば、
「多分に嫉妬も入っているんでしょうね」
 と感じていた。
 住宅街の奥さん連中の噂話など、本人たちだけなら、罪もないと思っているかも知れないが、結構な毒を吐いている。自分たちのことしか考えていない証拠なのだろうが、まわりのことに対しては、実に無責任なものである。
 三姉妹の中で、一番噂が少なかったのはユキだった。妹は性格的にも甘えん坊で、さらに寂しがり屋。そんな性格は、結構男子には人気があるようで、妹には絶えず彼氏がそばにいた。しかも、気が付いた時にはいつも相手が変わっていて、どちらが悪いのか分からないが、いい意味でも悪い意味でも、いつも噂のネタにされるのが妹だったのだ。
 そんな二人に挟まれて、ユキは大人しくしていた。せっかく美人三姉妹と言われている中で、注目されるだけに変な噂を立てられるのが嫌だったのだ。特に年齢の近い妹と、比較されたり、下手をすれば、
「どっちがどっちか分からない」
 と、言われかねないと思ったのだ。
 実際に、ユキと妹は顔も雰囲気も似ていた。年齢も近く、年の離れた姉を中心に見てしまうと、後の二人は、本当に見分けが付きにくいのかも知れない。
 妹の方は、あまり気にしている素振りは見せないが、ユキの方は、妹と比較されるのはあまり嬉しいことではないと思っていた。特にいつも彼氏が違っていることには、嫌悪感を感じており、
――同類と見られるなんて、勘弁してよね――
 と思っていたのも事実である。
 姉に対しても、年が離れていることで、どうにも近づきにくいところがあった。慕いたい気持ちもあるが、年齢が離れていること、そして、
――姉ほど、三人の中で一人が似合う人もいない――
 と思っているほど、近づきにくい雰囲気を持っているのだった。
 ユキが三人の中で、表向きには一番変わっていないように見えていたが、本当は一番変わっていたのかも知れない。そのことを、姉だけが知っていたようだ。
 姉は、密かにユキのことを心配していた。見た目からは一番フラフラしていて危なさそうに見えるのは一番下の妹のはずなのに、
「私はあなたのことが一番心配なのよ」
 と言われたことがあった。
「お姉ちゃんに心配してもらう必要なんかないわよ」
 と、意地を張ってそう答えたが、姉が自分のどこを見てそんなに心配をしているのか分からないところが、ユキには気持ち悪かった。
 事あるごとに、姉には反発してきたユキだったが、それは、
――偉大な姉に対しての細やかな抵抗――
 とでもいうのか、
――姉にはどうしても逆らえない――
 という気持ちが強く、ある意味トラウマのようになっていたのかも知れない。
 だが、ユキは姉に対して、秘密を握っていた。
 ユキが小学生の頃、高校生になっていた姉が、自分の部屋に男を連れ込んだことがあった。それまで彼氏などいないとまわりから思われていたはずなのに、その日、両親はもちろん、ユキも妹もちょうど友達のところに行っていて、帰りが遅くなることが分かっていた時だった。
 ユキは、ちょうど友達のところに行っていたが、急に友達が家族と出かける用事ができたとかで、仕方なく家に予定よりもかなり早く帰ってきた。その時にユキは、
――見てはいけないものを見てしまった――
 と感じた。
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次