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記憶の十字架

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 それを認めたくないと思っている森山は、
――二人の妹が自分の中で見え隠れしている――
 と感じていた。
 それぞれに森山の中で、お互いの存在を知ってか知らずか、表に出たり裏に隠れたり、そんな状態をずっと続けている。
――ユキが癒しになっていると思っていたが、自分を苦しめているのもまた、ユキなのではないだろうか――
 と、感じるようになっていた。
 そこで、森山の中でジレンマが襲ってくる。人には言えない悩みを抱えてしまったという意識。さらに今まではそんな悩みがあっても、ユキの顔を見ていれば癒されると思っていたのに、悩みの原因がそのユキにあるのだと分かると、顔をまともに見ることもできなくなってしまった。
 一時期森山は、ユキから離れた時期があった。
 顔をまともに見ることもできないにも関わらず、こちらの顔を不思議そうなつぶらな瞳が見つめる。ドキッとさせられても、ときめくことを許されない気持ちは、まさしくジレンマであった。
 森山がユキの、
――もう一つの姿――
 を、知ったのは睦月と付き合うようになってからだった。
 睦月は、森山に対して、すぐに他の女性と同じように、
「あなたは私の後ろに誰かを見ているようだわ」
 と看破したが、だからと言って、
「別れよう」
 とは言い出さなかった。
「それがあなたにとって大切な人なのは分かる。そして、その人と私は、まんざら相容れない仲ではないと思っているのよ」
 と言っていた。
 その頃から、睦月の存在が、ユキにも影響を与えているのかも知れないと、森山は感じるようになっていた。
 そして、睦月の記憶が失われていると言われたその時から、ユキに対しての見方も変わってきた。
 普段なら、自然でなければそんなことは考えないはずなのに、その時の森山は、少々無理なことをしてでも、ユキを違った目で見てみようと思ったのだ。
 森山が睦月と結婚しようと思ったのは、ユキの存在があったからだ。自分が睦月と結婚してしまうと、ユキが本当の妹になってくれるような気がしたからだ。いずれ、ユキが自分から離れて行くのではないかと思った。
 もし、そうなってしまって一人残された自分はその時、睦月と結婚していなければ、睦月にも去られてしまうだろう。どちらかに対して中途半端であれば、もう一人に対しても中途半端になってしまう。しかし、どちらかに対して態度を決めてしまうと、もう一人の相手に対しての態度も決まってくる。
――睦月と結婚することで、ユキが自分の本当の妹になってくれる――
 と思ったのも、無理のないことだろう。
 だが、睦月の記憶がなくなったと聞いた時、森山はまず最初に、ユキのことを思い浮かべた。無意識にだったのか、それとも意識してだったのか、どちらだったのか自分でも分かっていたつもりだったが、すぐにそれが分からなくなってしまった。
――何か見えない力が働いているのかも知れない――
 森山は、すぐにそう思った。
――偶然なんて言葉ありえない――
 とも思った。
 森山が鈍感だという意識を自分で持っていたのがウソのように、実はいろいろ考えていた。しかし、それは、狭い範囲でしかなく、いろいろ考えることが見えている範囲を狭めることになるなどということになかなか気付かなかった。
 森山は、年が明ければ睦月との結婚を、二人揃って真剣に考えようと思っていた。しかし、睦月はそれを自分が二十歳になってからだと思っていたことに気付かなかった。そのあたりが森山の鈍感なところであり、睦月だけを真剣に見つめることのできない性であった。
 森山は、睦月の後ろにもユキを見ていた。だが、睦月を見ている時に、睦月の後ろにユキを感じたことはなかった。
 それでも、森山はユキの姿を求めた。いないのが当たり前のはずなのに、そこにいてほしいというのは、願望以上の感覚であった。
 ユキの姿をずっと追い求めている自分を感じていると、睦月の後ろにはいなかったが、睦月の失った記憶を、ユキが引き受けていることに気付いた。
 どうして分かったのか、自分でも分からなかったが、ユキと一緒にいる時に、気が付けばユキの後ろに誰かを見ていた自分がいたのだ。
「どうしたの? お兄ちゃん。私の後ろに誰かいるの?」
 と、ユキに言われたからである。
 本当は、森山の視線はユキしか見ていなかった。それなのに、ユキは何もかも分かっているのか、森山にそんなことを言った。それからの森山は、そんなつもりはなくとも、ユキの後ろに誰かがいるような目をしてしまっている自分を意識してしまう。すると、今まで見えてこなかったものが見えてきた。
――睦月が失ったはずの記憶だわ――
 そう思うと、そんな視線を浴びせた記憶もないのに、ユキが自分の視線の行方について口走ったことを少しだが納得できなくもない。
「ユキは、自分の中に、もう一人誰かがいるって意識したことはないかい?」
 その言葉を聞いたユキは、一瞬あっけにとられたような表情をしたが、すぐに含み笑いを浮かべて、
「ええ」
 と答えた。
 その時、森山は背筋に冷たいものを感じた。
 今まで見たユキの表情の中で、一番ゾッとする顔だった。
――何を考えているというのだろう?
 と思うと、金縛りに遭ってしまったかのように身体が固まって、萎縮してしまうのを感じた。
 その時の森山は、ユキが感じているもう一人の自分というのが、睦月のことなのではないかと思っていた。睦月が失ってしまった半分の記憶が、ユキの中にあるという思いが、ユキの中にいるもう一人の自分を、睦月だと思わせるに十分であり、森山自身も自分で納得できたのだ。
 その時になって、今まで忘れていた何かを思い出した気がした。
――そうだ。俺の記憶もどこか欠落していたんだっけ――
 と、感じたのだが、欠落した記憶を思い出したわけではなかった。
 逆に、思い出してはいけないものを思い出してしまった感覚だった。
――死んだ妹のことを思い出してしまったんだ――
 と感じるまでには、少し時間が掛かった。
 それでも、妹のことを思い出すというよりも、
――意識しないようにしていたことを思い出した――
 と言った方がいいだろう。
 妹の記憶があるわけではない。何しろ妹が死んだのは、自分が小学三年生の時であり、妹自身、まだ幼かった頃のことだからである。
 もし、森山の中で妹の記憶として、君臨しているものがあるとすれば、それはユキに対しての記憶なのかも知れない。
 ユキと知り合う前のユキのことを知らないはずなのに、想像することができてしまう自分がいたのだが、そんな自分を怖いと思った時期があった。そして、自分の妹が、
――本当は死んだわけではなく、生きていて、そのままユキとなって自分の前に現れたのではないか?
 という妄想が生まれてきたのである。
 勝手な妄想が頭の中を巡ってしまったことで、同時期の自分の記憶が自分の意識の中で「矛盾」として残ってしまった。その「矛盾」を何とか納得させようとするが、その術が見つからない。
――俺の記憶がなくなってしまったと思ったのは、それが影響しているのではないだろうか?
 と感じるようになると、
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次