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記憶の十字架

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――これは私の記憶ではないのかも知れない――
 という思いが頭を擡げたが、
――そんなバカなことがあるはずはないわ――
 と、すぐに打ち消した。
 確かに、オカルトの話として、
「自分の記憶の中に、先祖の記憶が含まれていることがある」
 というのを聞いたことがある。
 だが、睦月はその思いを打ち消した。その記憶は、そんなに昔のものではない。なぜなら、その思いを感じた時の光景が、瞼の裏に思い浮かぶからだった。
 時代は今のもので、しかも、記憶といいながら、
――まるで今同時に感じていることのように感じる――
 という思いが強いからだ。
 どうしてそこまでハッキリと感じるのか分からないが、その思いを感じるに至った原因が、自分で分かっているからだ。
――そう、彼が私の後ろの誰かを見ている――
 というのを感じた時からだった。
 相手が女性であることは、何となく分かった。しかも、本人は睦月を見ているつもりでいるのかも知れない。ただ、その表情に感情は含まれていない。据わった目を見ていると、そこに本人の意志を感じることができないのは、不思議な感覚だった。
 睦月は、その女性を知っているかも知れないと思ったが、話したことはないはずだ。友人の少ない森山に、女性の友人がいることは本人から一度聞いたことがあったが、それも一度だけで、その時以外に彼女のことを森山の口から聞いたことはなかった。
 彼女のことを口にした時の森山は、実に寂しそうな顔をしていた。その時の表情を思い出すことができるのは、聞いたのが、つい最近のことだったからだろう。睦月としては、相当前だったように思えるのは、なるべく意識しないようにしようという気持ちの表れなのかも知れない。
 睦月はその時のことを思い出すと、背筋に冷たいものを感じた。
――ひょっとして、その人はもうこの世にいないのかも知れない――
 と思ったからだ。
 森山が見つめていたのは、死んだ彼女の霊ではないかと思ったのは、その時の森山の視線と同じものを、以前にも感じたことがあったからだ。
 中学時代の担任の先生は女性の先生で、
「私は霊感が強いらしいの」
 と、言っていたが、それまで普通に授業していたものが、急に固まって動かなくなった。何かを訴えようとしているようだが、声になっていない。
 金縛りに遭っているのは明らかで、何とか動こうと、必死なのは身体が小刻みに震えているのを見ると分かっていた。しかし、唇は青ざめていき、表情にも血の気が段々と引いていくのが感じられると、
「先生」
 と誰かが、声を挙げるまで、その場の空気は凍り付いてしまっていて、先生以外にも金縛りに遭っていた人もいただろう。張りつめた空気は、一人の金縛りだけで起こるものではない。そう思うと、睦月だけではなく、その場にいた人たち全員が、前を向いたまま、首を動かすこともできずに固まった空気の中でなすすべもなく固まり続けるしかないと思えてきた。
 それがいつまで続くか分からない。その呪縛を解くには、最初に陥った先生の金縛りが解けるしかない。
――永遠に続くなど考えられない――
 と思った瞬間、先生の身体が崩れ落ちるようにガクッと前倒しになると、まわりの空気が流れ始めたのを感じた。流れ始めたのは空気だけではなく、時間が含まれていると感じると、
――止まっていた時間は、本当はあっという間だったのではないか――
 と思えたのだ。
 その間、空気の流れは止まっていた。先生が正気に戻ったのを確認できたのは、空気が流れたからだ。それまで凍り付いていた時間はモノクロで、自分だけが動いているように感じたが、ひょっとすると、他の人もまったく同じ感覚だったのかも知れない。
――誰も動いていないのに、自分だけが動いている――
 誰かに聞いてみたい思いは山々だったが、聞く勇気を持てないほど、その時の雰囲気は独特だった。
 教室が元に戻ると、そのことを誰も口にしなかった。
 口にすることがタブーであるのが暗黙の了解のようにも思えたが、それ以上に、
――その雰囲気が最初からなかったものではないか――
 と思えるほど、誰もが普段と同じ雰囲気だった。
――他の人が見れば、自分も同じなのかも知れない――
 その時のことは、時々思い出すことがある。だが、いつ思い出すのか共通点があるはずなのに、思い出した時、
――以前、どんな状態の時に思い出したんだろう?
 と思い返してみても、思い浮かんでこないのだ。
 以前にも同じことを感じたと思っても、具体的に思い出すわけではないので、
――こんな中途半端なことなら、なまじ思い出したりなんかしない方がいい――
 と感じるようになっていた。
 ただ、思い出す時は、先生の顔が浮かんでこない。一度、夢で見たことがあったが、その時の先生の顔が、今の自分の顔に似ているような気がして気持ち悪かった。
 あの時、あれだけ緊迫した時間だったにも関わらず、その後、誰もあの瞬間のことを覚えていない。覚えていて、誰も口にしようとしないだけなのかも知れないが、四十人近くいた教室で、皆が皆、口をつぐんでしまうというのもおかしなものだ。
 それならまだ、覚えていないという方が超常現象により近い形にはなるが、自然な気がしていた。それなのに自分だけが意識しているというのはおかしなことであった。
――あの時だけ、時間が自分中心に動いていたのかも知れない――
 時間が誰にでも平等だという考えを持っているから、皆が何も言わないことを不思議に感じるのだ。それよりも、自分中心の時間があったと考える方が自然だと思うのはおかしなことだろうか?
――夢だったんじゃないか?
 結局、夢だったというところに結論が行きつく。
 何かオカルトめいたことが起これば、
――夢だったんだ――
 と、あまり深く考えずに、結論を出すことが多いが、その時の現象を分析してみて、それでも結論を得ることができなかったり、さらに結論を導こうと頑張るなら、そこから先は矛盾しか生まれないのであれば、最後には、
――夢だったんだ――
 と、いう考えに行きつく。
 それは最初から夢だったと感じることと、かなり違う意味合いだ。少なくとも、自分の中で納得できる部分が存在している。最初から何も考えずに夢だったと感じるのは、
――考えても矛盾しか生まれないからだ――
 と、無意識に感じていたからではないだろうか。考えを深めてそれでも矛盾にぶち当たる場合は、矛盾を見つけたという結論を、自分で納得することができる。最初から考えることを諦めてしまうのとは訳が違っているのだ。
 その時から、睦月は不思議なことがあっても、自分なりに、考えてみるようになった。結局結論を得る前に矛盾にぶつかってしまい、そこで自分が納得してしまうことで、考えるのをやめてしまうのだが、それでも考えてみたことは自分なりに評価できる。その時に考えていたことも、そのすべてが、今まで記憶として自分の中で格納されていったのだった。
――失った記憶というのは、そのあたりなのかも知れないわ――
 だったら、記憶を失ったという意識がないのも頷ける。別に覚えていなければいけないわけではないし、覚えていなくても、頭の中が繋がらないわけでもない。
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次