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記憶の十字架

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 もう一度見てみたいと思う夢は、必ず、途中のちょうどいいところで目が覚めてしまうものであり、その意識だけを持って目が覚めてしまうことで、記憶には意外と残っていなかったりする。つまりは、自分にとっていい夢ほど、記憶の中に残らないというのが、睦月の考えだった。記憶の中に残っている夢は得てして怖かったり、
――二度と見たくない――
 と思うような夢ばかりだった。
 都合よく見ることができないというのが、夢というものなのだろう。
 さらに不思議なのは、
――どうして、その人が自分の失った記憶を持っている――
 ということが分かったのだろうか?
 夢に出てきた人から、話を聞いたのだろうか? いや、記憶の中にある夢に出てきたその人が、何かを喋ったという感覚は残っていない。声や喋ったということを忘れてしまってはいたが、その人から聞いたという意識だけが残ってしまっているのだろうか? 睦月は頭の中でいろいろ考えてみるのだった。
 夢の中での出来事は、ほとんど、色を感じることはない。色を感じないという意識はあったが、人の話を覚えていることはあっても、その人の声がどんな声だったのかということを意識しなかったというのを考えたのは、この時が初めてだった。
 きっと夢の中で、相手が知らない人であっても、誰か知っている人の声にイメージさせて聞いたような気持ちになっていたに違いない。目が覚めていくうちに忘れていくのは記憶なのだが、それ以外に、最初から聞いたはずもない声をあたかも聞いたかのようにイメージしてしまうのも、夢の特徴なのではないだろうか。
 睦月は自分の声を、
――意識している声と、他の人が感じている自分の声とでは、かなり違っているものだ――
 ということを知っていた。
 それは、学生時代に放送部からインタビューされた時に答えたテープを後になって聞かされた時のことだった。
「これって私の声?」
 と、ビックリして聞かせてくれた放送部の人に聞くと、
「ええ、そうですよ」
 という答えが返ってきた。
「これが私の声だなんて」
 と、不思議がっている睦月を見ながら、放送部の人たちは何も言わなかった。その表情は無表情で、
――意外に感じることを最初から分かっていたのではないか?
 と思わせるほどだった。
――意外に思っているのは、私だけではないんじゃないかしら?
 同じように自分の声をテープで聞かされた人が、以前にも同じようなリアクションを取ったことで、放送部の人たちは、
――自分が感じている声と、他の人が聞いた声とでは、まったく違っているのではないんだろうか?
 ということを知ったのかも知れない。
 中には自分の声を録音して、実際に聞いてみた人もいるだろう。だが、そのことはなぜか誰も公言しようとはしない。
――人に話すことではない、暗黙の了解――
 だという風に、自分たちの中で感じていたに違いない。
 睦月は、森山に夢の話をした。自分の失った記憶を持っているという話まではしなかったが、森山には睦月の言いたかったことが漠然としてであったが、分かっていたような気がする。
 睦月にとって、今まで森山に対して話をする時というのは、何か目的がしっかりしている時が多かった。今回の夢の話のように漠然としたものではなかったのだ。
 森山は普段は鈍感だが、睦月のこととなると、結構鋭いところがあったりする。
「鈍感なあなたが、私のことだと結構鋭いのは、それだけ私を気にしてくれているからなのよね?」
 と、睦月はからかうように言うと、
「それだけ君が頼りないということさ。鈍感な俺に気にされるんだからな」
 と森山も言い返していた。
 二人の会話は他愛もないものだったが、結構的を得ていたのかも知れない。
 睦月の話が漠然としていたのは、睦月自身、夢の中で感じたことに対して半信半疑なところがあったからだ。
――本当は誰かに話すようなことではないんだわ――
 と思っていたが、どうにも一人で抱え込んでおくには辛いところがあった。
――話すとすれば森山しかいない。だけど、森山に話したところで、余計に話が複雑になるかも知れない――
 という思いを抱いていたはずなのに、睦月は不用意にも話してしまった。
 話したことを少し後悔していたが、その思いは、半分当たっていたかも知れない。森山は口には出さなかったが、睦月に対してあれだけ敏感だったはずなのに、次第に睦月のことが分からなくなっていった。
 睦月が森山の進んでいく方向とは離れて行っているように思えた。気が付いた時には手を差し伸べて届く範囲にいるわけではなかった。自分が動いて引き寄せればいいのだろうが、森山は自分の進んでいる路線から降りるのを恐れた。いくら相手が睦月であっても、自分の進んでいる路線を降りるというリスクを犯すには、そこまでの勇気はなかったのである。
――どうして離れていくんだろう?
 それは考え方によっては、進むべき路線をどこかで間違えたのは、森山の方なのかも知れないということだ。それならば、逆に睦月を引き寄せるということは無理なことであって、そんなことをすれば、それこそ元に戻れなくなってしまいそうで怖かった。
 森山は自分が睦月のことさえ分かっていれば、まわりからどんなに、
「お前は鈍感なやつだ」
 と言われても構わないと思っていた。
 森山が鈍感だというのは、別にまわりに迷惑を掛けるものではない。まわりの空気が読めなくて、余計なことを口走ったりしないからである。まわりから鈍感だと思われていると、まわりも過度な期待をしてくるわけではないので、気を遣うこともない。
 元々森山は、鈍感ではなかった。ある時を境に鈍感になってしまったのだが、それは、
――人に気を遣うことがナンセンスだ――
 と感じた時からだった。
 人に気を遣うというのは、自分たちの輪の中でだけの「常識」であって、自分たちのさらにまわりには無頓着である。
――そんな気の遣い方なんて、しない方がマシだ――
 と思うようになった。
 それから、まわりのことを考えるのは、余計なことであり、人のことに対して、余計な詮索をする人が醜く見えてきたことから、その分、自分の殻を作ってしまったのかも知れない。
 森山は睦月に対しては、違うと思っていた。
――睦月に対して自分がすることは、どれもが余計なことではないんだ――
 と言い聞かせていた。
 睦月も森山から受ける影響は、どんな細かいことであっても、否定したりなどしなかった。
 別に、
――絶対服従――
 などという感情があるわけではなく、特に、
――服従――
 という言葉に嫌悪感を感じている睦月としては、いくら森山でも、それはあり得なかった。
 森山の方も、服従という言葉は嫌いだった。相手に服従を強いるということは、それだけ自分にも責任が大いにあるわけで、ある意味、服従させる人に対して、
――命を掛けて守らなければいけない――
 という思いが、決して大げさではないと言えるのではないかと思っていた。
 そういう意味では二人は、それぞれにギブアンドテイクの考え方だったのだろう。
――どちらかが押せば相手は引く。相手が引いた瞬間に押してみる――
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次