交わることのない平行線~堂々巡り③~
香澄の時代には、そこまで確固たる法律も判例もなかったが、義之の時代では、言わなければいけないことを黙っているのは、罪になった。ただ、黙秘権は認められている。一種の矛盾であったが、これも、過去からの教訓を生かした法の解釈だったのだ。
サイボーグは本を読みながら、おかしなことに気付き始めた。
「これだけ、まったく違った世界ができあがったのに、歴史の本はそのことについて、詳しく言及していない」
というものだ。
その考え方が、
「臭いものには蓋」
という考え方で、歴史の本には、未曾有の大戦争の話を詳しくは書いていない。
教科書にも数行しか載っていないことだった。
昔であれば、
「教科書では教えない歴史」
などという本もあった。
だが、裏話のような本は、香澄の時代のことを示したものは、一切出版されていない。
「出版規制でもあったのだろうか?」
とも思われたが、そうでもないようだ。
小説やドキュメンタリーとして著わそうとする人が本当にいなかったのだ。
それだけ未曾有の大戦争が悲惨なものだったということと、生き残った人間が、
「今さら過去のことに触れても仕方がない」
と皆が思っていた。
裏を返せば、それ以外の考えの人は、ことごとく死んでしまったということである。
生き残った人間には、意識はなかったが、何の力が働いたのか分からないが、発想や思想が一定の人間しか生き残れなかったようだ。義之のような戦後に生まれてきた人間の中には、違う発想の人も増えてきたが、生き残った人は、間違いなく、発想に種類はなかったのである。
そのせいもあってか、今は、過去の歴史を教えるための検定は、かなり厳しくなっている。
特に、未曾有の大戦争の話はタブーになっていて、もっとも、細かく語ろうにも、詳しいことを知っている人もいないわけなので、話しようもなかった。
大戦争の前の過去の時代も、義之の時代では、ほとんど知られていない。書物も歴史遺産も、戦争で消失してしまっているので、「一度滅んだ文明」としての認識しかないのだ。
ただ、アトランティスや、ムー大陸の伝説は、義之の時代でも語り継がれている。それと香澄の時代の世界は同等の世界だった。
だが、義之の先祖は、未曾有の大戦争でも、自分の先祖を大切にした。生き残った人間の中には、先祖を大切にする人もいるようで、先祖の墓や仏壇を大切にしている人もいる。生き残った人のほとんどが、そんな人たちだと言ってもいい。それは、過去を断ち切る時代だったからこそ、せめてもの繋がりを持たせようとする、これも見えない力の影響だったのだろうか。
その中に、沙織の脳の中に香澄の脳を組み込むことを余儀なくされたこと。そして、沙織という人が、「予知能力」のようなものを備えていたことが書かれたものがあったはずだ。
義之の時代の人間には、「特殊能力」を持った人間は存在しない。
ただ、「特殊能力」というのは、
「人間の中に最初から組み込まれた能力であり、それを使いこなすことができるかできないかで『特殊能力』と呼ばれるものだ」
ということは分かっている。
生き残った人間から「派生」して生まれた人間も、同じように『特殊能力』は使えないのだ。
その代わり、ロボット開発では、自分が生み出すロボットには、何か能力を持ったものを生み出そうとする。
なかなかうまくいかないが、とりあえずは、何かに特化したロボットが最優先であった。そして次に考えられるのは、「意志を持ったロボット」であり、それと並行して研究されたのが、「成長するロボット」だった。
言うまでもない、「成長するロボット」とは、義之の開発したサイボーグのことである。
彼は成長しながら、いつの間にか意志を持つようになっていた。「意志を持つロボット」の開発は遅れていた。
その一番の原因は、ロボット基本基準に準拠できるかという問題が残っているからだ。
義之サイボーグの場合は、過去に送り出すことで、いざとなれば、秘密裡に破壊することもできるからだ。
義之の時代は、開発したものを、いくら創造主とは言っても、勝手に壊すことはできない。一旦、登録が必要で、ロボットは、国家の所属となる。それは、まるで市民権のようなものだが、これも、ロボットの数と状況を分かっていないと、どんな災いが起こるかも知れないというロボットに対しての偏見から生まれたものだ。仕方がないと言えば仕方がないが、基本基準の考えには逆らえない。
ただ、この時、人間は、恐ろしい国家政策が水面下で進められていることを知らなかった。それは、人間の洗脳作戦である。
「二度と未曾有の大戦争を引き起こしてはいけない」
という教訓から、人間といえど、国家の強力な監視下に置かれることも仕方がないという考えだ。
「人を傷つけてはいけない」
というチップが人間に埋め込まれているのも、その初期段階であり、
「これ以上、人間が拘束されることはない」
という大方の考え方を裏切った形になっていた。
義之サイボーグがいくら調べても、過去のことが載った本が出てくるはずもない。そんなことを知ると、余計な考えを持った人間が生まれる。国家とすれば、これからの計画に対してそんな人間が生まれることは、出鼻をくじかれることになる。そんなことは絶対に許してはいけないことだった。
義之サイボーグは、成長するサイボーグだ。本を見ていて、過去を故意に隠そうとしている発想や、チップを埋め込んだという発想をいろいろ計算して考えた。
人間なら、
「おかしいな」
と思いながらも、それ以上発想することはない。なぜなら、発想する方も、世の中に対して画策する方も、
「同じ人間」
だからである。
どうしても、そこには情が入り、「同じ」という言葉が、発想を邪魔するのである。
しかし、サイボーグは違う。最初から違う発想から入っている上に、ロボットは人間ではないのだ。情が挟まる必要など一切ない。違う種別として冷静に、いや、凍り付いた目で見るだけだった。
義之サイボーグは、次第に、
――どうして、戦争の歴史がないのか――
ということを理解してくるようになる。
しかも、そこには一切の妥協を許さない考えだ。
もっとも、妥協を許してしまえば最後、そこまで考えてきたことがクリアされてしまう。考えていたことがクリアされたりリセットされたりするのは、ロボットの宿命でもある。それは「成長するロボット」である彼も例外ではなかった。
義之は、彼を作り出した時、ある程度の想定はしていたことだろう。何しろ「成長するロボットなのだから。
しかし、サイボーグの成長は、義之が最初に目論んだこととは少し違っていた。それは彼が香澄と恋に堕ちることで変わってきたことだった。
二人が恋に堕ちるかも知れないという考えは、少なからず義之にはあったのだが、そのことがサイボーグの成長にここまで違いを感じさせるとは思わなかった。
一番の違いは、
「成長の速度」
である。
ある程度まで考えてはいたが、それは成長のスピードの違いである。
人間と同じような成長のスピードを考えていた。
作品名:交わることのない平行線~堂々巡り③~ 作家名:森本晃次