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交わることのない平行線~堂々巡り③~

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「ええ、だから、警部が今言われた疑問点も、私は違う意味で分かる気がしたんですよね。一体どうしてこの人が死ぬことになったのかという意味でですね」
「死んだという結論から、この人がどうして死ぬことになったのかということを導き出すのが俺たちの仕事なんだけど、いつものことだが、やりきれない気持ちになるよな」
「そうですね。私は特に今回は、本当のことを見つけることができるのか、久しぶりに自信がない気がします」
 この刑事の言う通り、本当のことは分からなかった。自殺として片づける方が一番真実に近かったのだろう。
 ただ、それは表から見てのことで、結局、彼女の死は、どれにも当てはめられないものではないかと思っている人も少なくはなかった。この頃、同じような死を迎える人が多いのも事実だったからである。
「やっぱり、何か自殺したくなるような空気が漂っているんだろうか?」
 刑事はやるせない気分になりながら、呟いた。そうでも思わなければ、原因不明の死が続いている状況への説明がつかないからだ。
「死ぬことが怖いと思わなければ、死んだ方がマシだと思っている人も少なくないんじゃないか?」
「怖いという定義が問題になってきますね」
「生きることが怖いから、死へと逃れようとする。だから、死ぬことよりも生きることの方が怖いと思えば、死を選ぶんじゃないかな?」
「それだけ、先のことが見えなくなるほど、生きることへの恐怖を感じているということですね?」
「そういうことだ。そういう意味では死ぬことが怖いと思っていることが、自殺を食い止めているという抑止力を持っているとすれば、自殺志願者が多くても、実際に死を選ぶ人はその一部だということなんだろう」
「でも、逆にそれだけ自殺志願者も多いということですよね。その人たちが皆死ぬことを怖くないと感じたとしたら、恐ろしいことになりますよね」
「こうやって話をしているだけでも、『死ぬことが怖くないんじゃないか』って思えてくるから恐ろしいよな。『慣れ』って本当に怖いものだと思うぞ」
 話をしているだけで、感覚がマヒしてくるということなのだろう。
 香澄が自殺した原因を知っている人がいるとすれば、それは沙織だけかも知れない。
 沙織は、香澄の脳を移植する前から、香澄のことをよく分かっていた。予知能力から、自殺することも分かっていたのだが、沙織は香澄の自殺について、予知能力ではないと思っている。
 予知能力という言葉の定義について、沙織はよく知らない。しかし、少なくとも予知能力には、先入観があってはいけないと思っている。そういう意味で香澄の自殺を予知能力だとは思えないのだった。
 香澄が沙織の前から姿を消したのはいきなりではなかった。香澄は沙織と徐々に距離を置くようになり、関心が薄くなったところで姿を消した。
――親密だった人が姿を消して一番違和感がないのが、この方法だ――
 と言わんばかりのこのやり方は、沙織にとって香澄の気遣いを感じることのできるものだったに違いない。
 香澄がどこに消えてしまったのか、気にはなったが、探さなければならないとまでの気持ちにならなかったのは、香澄の気持ちが何となく分かったからだ。
 香澄は、自分の死期が分かっていたに違いない。寿命だったわけではない。義之サイボーグは、そのことは分かっていた。未来の科学力で、相手の身体の中を調べることくらいはできた。もっとも、自分の時代の人間は難しかった。過去の人間であれば、病気の種類は決まっていて、すでに未来には過去の病気の原因から治癒方法、そして、表に出ているデータだけでも、その人が病気なのかどうか、そして病気が何なのかまでハッキリと分かるようになっていた。
 香澄は確かに病気を患っていたが、死期が近いわけでもなかった。当時の医学でも十分に治せるものだったが、それ以前に、香澄には生きていく気力が欠落していたのだ。
 もし、自分の創造主である義之本人が、香澄の移植を考えていなかったとしても、サイボーグは自分の意志で、香澄の脳を移植することは考えたであろう。彼には、香澄の死を止めることはできない。それは運命であり、運命を変えてしまうと、完全に歴史が変わってしまう。考えられることは、移植しかなかったのだ。
 それが、歴史としては正解であり、後世に続くものだった。
――歴史の正解って何なのだろう?
 義之サイボーグは考えた。
 後世の歴史を知っている彼にとって、「歴史の真実」とは、
――史実に忠実に後世につなげていく――
 ということであれば、未来からやってきた者の最低ルールとして、
――史実を曲げない――
 ということになるのだろう。
 それが、自分にとって、どんなに理不尽なことでも、最低限のルールであるならば、従わなければいけない。
 ただ、ここで一つ義之サイボーグに、疑念が生まれた。
――香澄の脳を移植するというのは、本当に「歴史の真実」なのだろうか?
 歴史の真実ではあるのかも知れないが、「歴史の正解」として考えてみると、それでいいのかという疑念に捉われることになった。
 義之本人の代わりに、歴史を変えないように作られた自分が、過去にやってきて、香澄と知り合った。そして恋に堕ちた。そのことまでは、義之本人も計算ずくであったことも、サイボーグには分かっていた。
 だが、そこから先は本人にも未知の世界だった。
 ここまでは、サイボーグの意志通り動いていれば、「歴史の真実」に逆らうことはなかった。
 それは、歴史を真正面から見ているだけでよかったということだ。ここから先は、義之本人にも考えていなかったことであり、最終的には脳を移植するという目的さえ果たせばそれでよかった。
 実際に、サイボーグには移植手術の力はある。歴史に充実に実行し、目的を完遂することができた。
――だが、俺はこれからどうなるんだ?
 サイボーグは目的を完遂したことで、我に返った。
――どうして、香澄の自殺を止めようとしなかったんだろう? 俺だったら止めることができたはずだ――
 確かに歴史を変えてしまうことは許されない。
 だが、義之サイボーグは自分の中で、少しでも、
「香澄を助けなければ」
 という感情を抱かなかった。
――どうしてなんだ。好きだったはずなのに――
 この感情は、ジレンマとなって彼を追いつめる。
――歴史を変えてはいけない――
 ということは、義之サイボーグにとって、すべてと言っていいほど絶対定義であった。それが彼にとっての、
――正義のすべてだ――
 と言っても過言ではない。
 何が正義で何が正義でないかなどという感覚は、香澄の脳を沙織の中に移植した瞬間に崩壊してしまった。
 彼が落ち込んだジレンマは、それまでにない大きな堂々巡りを繰り返すことになった。
 何と彼は、しばらくしてから、一気に年を取ってしまった。
 最初は三十歳代の青年だったのに、香澄の移植を行ってから少しして、五十歳代の初老の男性に変わっていたのだ。
――予想していたことだったように思えてならない――
 それが義之サイボーグの考えだった。
 サイボーグは、機能が劣化していき、錆びついてくることはあっても、人間のような「年を取る」という概念はない。