交わることのない平行線~堂々巡り③~
最初に感じたのは、その時だったように思う。
ただ、その気持ちを思い出すには、彼女とのことを思い出さないと感じることができないので、なかなか思い出すのは難しい。なぜなら、香澄の中で、
――なるべく彼女のことを思い出すのはやめておこう――
という気持ちがあったからだ。
なぜ、思い出そうとしなかったのか?
それは、思い出すと自分が辛くなるからだった。
彼女が余命半年だと知らされたのは、彼女がこの街を離れてからのことだったはずなのに、後から思い返すと、会った瞬間からそのことを知っていたかのように思えてくるから不思議だった。
彼女は一貫して同じ表情だった。笑顔には変わりなかったが、あまりにも表情に変化がないのは、気持ち悪いくらいだった。だが、笑顔を見て嫌な気分にさせられるわけもなく、自分も笑顔になっていたが、まるで自分だけ置いて行かれたような気がしたのは気のせいだったのだろうか?
香澄は、彼女の別荘に招待され、おいしいものを食べ、いろいろな話をした。その時間はすべてあっという間だったが、彼女に会ってから、家に帰るまでの間、時間が止まっていたように思えた。
おいしい料理の味は口の中に残っているので、その場所にいたのは間違いないはずなのに、一緒にいたこと自体、何か不思議な感じがする。
彼女の声も耳に残っている。あれだけ毎日のように家に呼ばれていたのに、思い出そうとすると、次第に記憶が薄れていくのは不思議で仕方がなかった。
彼女の余命が短いことは、一緒にいる時、知らなかった。後から聞かされたのだが、聞かされた時のショックが大きすぎて、記憶が交錯しているのかも知れない。
そのわりに、ショックを感じたという意識はさほどない。まるですべてが夢だったような感覚しかないのだ。
香澄はその時、自分に予知能力を感じた。
――どこかで会ったような気がする――
と感じたのは、実は、未来に遭うかも知れない相手に似ている人がいるのではないかという予感だった。そして、その人が彼女の生まれ変わりではないかという妄想も一緒に抱いていたのだ。
――人は死んだら生まれ変われるんだ――
そんな意識を香澄はずっと抱いていたが、その意識が生まれたのは、この時だったに違いない。
その時の女の子に生き写しだと感じたのが、沙織だった。沙織は香澄を慕っているようだったが、何かに悩んでいるのは分かっていた。ただ、その悩みが何なのかは分からなかった。
――もし、他の人誰もが分かることであっても、私には分からないことなのかも知れないわ――
その時、沙織との間に、目には見えない、
「交わることのない平行線」
が存在していることに気が付いた。
その平行線を、香澄は他人事のように眺めていると、自分が、平行線の間に位置していて、その先をずっと見ているのを感じた。遠くを見ていると、次第に見えなくなっていく線が、
――交わってしまうのではないか?
と感じさせる位置にいるはずなのに、
――絶対に交わらない――
という根拠はないが、自信のある目で見つめていた。
沙織とは絶対に交わることがないと思ったのは、中学の時に知り合った、余命半年の女の子のことが頭にあったからだ。
――彼女とは、二度と会うことはないんだ――
という思いが、いくら似ているからといって、本人ではない沙織にもその気持ちは働いているようで、もし、沙織と交わることになってしまえば、自分は死んでも絶えずどこかを彷徨ってしまうような錯覚に陥っていた。
香澄は、
――私は絶対に自分から死のうなんて思わない――
と思っていたはずだった。
生きたくても生きられなかった人を目の前で見てきて、そのショックがまだ尾を引いているのだ。そんな香澄が自分から命を断とうなどと考えるわけはない。
――では、いったいなぜ自殺などしてしまったのだろう?
香澄は、誰かに裏切られたのだという結論が、香澄の自殺には付きまとった。だが、香澄は誰かに裏切られたという意識はない。ただ、まわりから見ていて、香澄は確かに誰かに裏切られたようなイメージだった。
香澄の前に、再度義之サイボーグが現れたのは、彼が自分の時代に戻ってから二年後のことだった。
その頃には沙織と香澄は知り合っていて、そのことを分かった上で、サイボーグは戻ってきていた。
彼は沙織を一目見て、すぐに感じたことは、
――この人を守らなければいけない――
という思いだった。
サイボーグが戻ってきた時、彼の頭の中には、
――香澄はいずれ自殺して、その脳を沙織に移植することになるんだ――
という意識が芽生えていた。
どうして、サイボーグが二年間も香澄の前に現れなかったかというと、彼なりに、香澄のことを考えていた。
――このまま戻らなければ、香澄が自殺することはないんじゃないだろうか?
それは、香澄の自殺が自分のせいではないかと感じたからだ。
何と言っても、人間とロボットの関係。好きになったとしても、結ばれることはない。最初こそ、
「身体は許せなくても気持ちさえ許すことができれば、お互いにうまくいくのではないか?」
と思っていたが、人間の感情が、そんなに単純なものではないということが次第に分かってきたのだ。
彼は、香澄が中学時代に、余命半年の女の子と知り合っていたという事実は知らなかったが、香澄の中にどこか、
「潔さ」
のようなものがあることに気付いていた。
それは、知らない人が見れば、
「どこか投げやりに見える」
と思うかも知れない。余命半年の人を目の前にして、何もできなかったのだから、そんな思いを自己嫌悪として自分を責めたてようとするのも無理のないことだ。
しかし、香澄が知ったのは、彼女が香澄の前から姿を消してからのことだった。
香澄も自殺をする前に、いきなり姿を消している。それは余命半年の彼女が姿を消した心境とは違っているだろうが、何かの覚悟を持ってのことだというのは、想像できた。
本当であれば、
「もっと生きていたいと思っても、生きられない人がいることを、肌身で知ったのだから、自ら命を断つような真似はできないはずだ」
と、思うことだろうに、どうして、香澄は自らの命を断つという選択をしたのだろうか?
そのあたりは、もちろん本人でないと分かるはずはない。しかし、
「この世のどこに、生きている価値があるのだろうか?」
と思ったのだとしたら、死を選択するのも仕方がないことだ。中には、
「生きることに疲れた」
と思っている人もいるだろう。そんな人を見かけて、どんなに説得したとしても、相手に気持ちが届くであろうか? 自殺しようとしている人は、
――自分ほど不幸な人間はいない――
と思っているから死を選ぶのだ。自分よりも少なくとも幸福だと思っている人から説得されて思い直すくらいなら、最初から死を選ぶこともないだろう。
本当に自殺をしようとしている人に対して、どんな説得も無駄である。したがって、説得されて思いとどまる人は、
「死ぬ勇気も持てない人だ」
とも言えるのではないだろうか。
結局、
「死ぬ人はそこで自殺をし、死なない人は死を思いとどまる」
作品名:交わることのない平行線~堂々巡り③~ 作家名:森本晃次