交わることのない平行線~堂々巡り③~
それは、人間の感覚であって、サイボーグである彼の場合は、
「人の心を読めさえすれば、夢の中にだって入りこむことができるんじゃないか」
とまで考えていた。
人の夢に入り込むことなど不可能なのに、入りこめるような気がするのは、義之本人がそういう研究をしていたからなのかも知れない。
――自分はサイボーグだから、本人よりも優れている――
という発想、それも、元はと言えば、義之本人の潜在意識の中にあるものだ。そう思うと、考え方も堂々巡りを繰り返しているように思う。だが、堂々巡りを繰り返しているとはいえ、少しでも前に進んでいれば、それは、
――進歩する堂々巡りだ――
と言え、その発想が、
――平行線は決して交わることはない――
という発想を覆す考えに行きつくのではないかとも思えた。
義之サイボーグが、香澄の前から姿を消したのは、実はその夢を垣間見てしまったからだった。
彼がどんな夢を見て、その夢に何を感じたのか、それは、彼にしか分からない。
ただ、香澄の目の前から姿を消したのは、夢に感じたことが、自分の想像できる許容範囲を超えたためであることを、彼本人がどこまで自覚していたのか、もし、彼から理由を聞かされたとしても、察することは難しいに違いない。
第三章 歴史の真実
義之サイボーグが香澄の前から姿を消して、一年が経っていた。
その間、義之本人が香澄の前に現れて話をしたが、香澄は完全に自分の知らない相手のように振る舞っていた。
義之は、それを自分がこの世界で影響を及ぼさないアイテムを利用したからだと思っていたが、それだけではない。香澄の中では、義之本人とサイボーグは違っていると分かっているからこそ、サイボーグには興味があっても、義之本人には興味が湧くことがなかったというそれだけのことだった。
香澄自身、その頃から、他人のことに対してあまり意識を深めることはなかった。それは、義之本人に対しても同じで、自分が人であることすら、あまりいい気持ちではなかった。要するに、人間嫌いなのだ。
以前から、その気はあったが、義之サイボーグを知ってから、余計にそんな気持ちになっていた。
――男性は、もういい――
と思うようになり、逆に女性に対しては、露骨に嫌だったことを思い出させる。異性であれば遠慮もあるが、同性では遠慮はあまり考えられない。それを思うと、女性には、最初から近づこうとしなかったのを思い出していた。
香澄の前から姿を消してからの義之は、自分の時代に戻っていた。義之自身とはすれ違い。戻ってみたら、少し時代が変わっていたのに、気が付いた。
自分が飛び立った時間に戻ってきたわけではない。香澄と一緒にいた時間をちょうど飛び越えて、戻ってきたのだ。
つまり、遡った時間と、戻ってきた時間を距離にすると、
――まったく同じ時間――
だと言えるだろう。
義之サイボーグは、その時間を計算して、戻ってきたのだ。
ただ、その時間に義之が過去に戻ったというのは、偶然ではなかった。義之本人は、サイボーグが戻ってくる時間を計算していたのだ。
義之サイボーグは、自分にとって不利になることを意識しないようにしていた。それは義之本人の設計によるものであり、サイボーグの成長回路の中にもそれは組み込まれていた。
サイボーグにもよるのだろうが、義之の開発したサイボーグは、人間が嫌いではないが、自分が人間に近づくことを嫌っている。あくまでも、自分をサイボーグとして人間に近づくという発想が、彼にはあるのだ。
人間というものの正体を、義之サイボーグは分かっている。なぜなら、彼の頭の中にある頭脳は、元々人間である義之からの移植だからだ。
彼は、人間嫌いでありながら、自分の頭脳が人間によって司っていることを意識しながら成長しなければいけないというジレンマに襲われながら成長した。それを制御できたのは、香澄という女性と出会い、お互いに惹き合うものを感じることができたというところから来ているに違いなかった。
香澄には、義之の中にある、そのジレンマを感じることができた。
それは香澄自身、
――自分はジレンマの塊なんだ――
という意識を持っていたからで、ジレンマというのは、「板挟み」の略であるが、それが何と何による「板挟み」なのか、その二つが両極端な場合もあれば、そうでもない場合もある。
香澄の場合は、人間関係のジレンマ。ひょっとすると、男女の間のジレンマなのかも知れない。だが、サイボーグの場合は、ロボットと人間のジレンマ。そこには性別の意識はない。ロボット同士での性別の違いは、外観だけであって、意識の中でのことではない。そう思うと、義之サイボーグは、人間に比べてロボットの方が、考え方としてはグローバルなだけに、悩みもそれだけ深いと感じるのだった。
だが、人間という動物は、自分たちのことを「無限」だと思っている人がいるとしても、そのほとんどは、
――無限なんてことはありえない――
と、考えていることと意識とで隔たりがあることが多い。
それは、まるで、
――本音と建て前を使い分けるのが人間――
だと言わんばかりであり、ロボットにはそんな概念はない。
よく言えば、人間のように裏表や、姑息な計算があるわけではないが、悪く言えば、融通が利かない、いつも冷静沈着で、冷たい存在に感じられる。人間から言わせれば、
「ロボットには暖かい血が通っていない」
と言われることだろう。
だが香澄は、義之サイボーグに対して、そんな感情を抱いたことはない。彼をサイボーグだと思いながら好きになったのは、
――彼に血が通っていないのは分かっているが、暖かいものを感じることができる――
という思いを感じたからだ。
それはきっと、彼の回路の中に、義之本人の意志や考え方が移植されているからであろうが、それよりも、成長する機能を兼ね備えていることで、彼が人間と接することにより人間に近づく成長があったからだろう。
だが、義之サイボーグの中には、自分が人間に近づいていることで、ジレンマに陥っていることを察知していた。
――人間になりたくない――
という意識は、自分が成長すればするほど感じるのだった。
――人間に憧れているわけではないのに、どうしてこんな感覚になるのだろう?
と、人間に近づいていることを止められない自分の意志がそれほどの強さではないことを不思議に感じていた。
――少なくとも人間よりも、強いはずだ――
と、自分の意志を感じていたが、その理由を、自分が香澄を好きになったことだという簡単な理屈であることに気付いていないのだった。
――ロボットに恋愛感情などありえない――
という感覚があるからに違いない。
しかも、同じことを、相手の香澄も感じている。香澄自身も、
――どうしてロボットである彼を好きになったのかしら?
と考えたことだろう。
だが、それは最初に感じただけのことで、すぐにその思いを感じることはなくなった。
――僕はこんなに悩んでいるのに――
と、彼は感じ、
――人間の方が本当は淡白で冷静沈着な動物なのかも知れない――
と感じた。
作品名:交わることのない平行線~堂々巡り③~ 作家名:森本晃次