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交わることのない平行線~堂々巡り③~

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 冷静さがあるかどうかの境は、どれだけまわりを見ることができるかということであることは、いうまでもないことだが、人から言われて思い出すものではない。何かのきっかけがあって、思い出すことがあれば、それこそ、
「冷静さを思い出した」
 と言えるのではないだろうか。
 その時に思い出したことが偶然であったとしても、ちゃんと冷静さを取り戻すことができれば、
「それは偶然ではない」
 と言えるだろう。
 香澄がそのことを意識できるようになったのは、大学に入ってから最初に声を掛けてきた、
「いい友達」
 だったのだ。
 彼と本気で付き合ってみようかと思った時もあった。
「私のこと、好き?」
 と、彼に聞くと、最初はビックリしたような表情をしていた彼だったが、すぐにニッコリと笑って、
「ああ、好きだよ」
 と答えてくれた。
「ねえ、私たちお付き合いできるかしら?」
 と聞くと、
「さあ、どうだろう? 付き合ってみないと分からないけど、僕はうまく行くんじゃないかって思う」
 というと、
「じゃあ、お付き合いしない?」
 この言葉に、彼はしばらく悩んでから、
「いや、やめておこう。お互いに適度な距離というのがあるはずだよ。僕と君とは、その距離がピッタリと嵌っていると思う。でも、それはお付き合いする距離ではないと思うんだ。僕には、たぶん君も同じことを感じているんじゃないかって思うよ」
 確かに彼の言う通りだった。
 今までに、男女の距離というのを感じた男性はいたが、その誰とも、お互いに感じている距離がピッタリ合っているという気持ちを感じなかった。自分が好きになれるかも知れないと思った相手も、自分とは適度な距離を持っていて、見えない壁のようなものを感じたり、逆に、相手の露骨な距離の接近を感じることで、無意識に自分で「結界」を作っている自分がいるのを感じたりもした。彼とはそういう意味では距離がピッタリだった。しかも、それが自分が感じている「友達」としての距離とピッタリなのである。
「男女に親友という概念ってあるのかしら?」
「さあ、分からないけど、僕たちにそれがあると思ってもいいんじゃないか?」
 どちらかというと、二人の仲をボカシて話す彼にしては、ハッキリと「思ってもいい」と言ってくれたことは嬉しかった。それと同時に、彼から、
「二人は恋愛関係にはなれないね」
 と宣告されたようで、一抹の寂しさを感じたが。それもすぐに解消された。これが二人の距離であり、この距離を感じることのできる相手がいる限り、香澄は「寂しさ」を感じることはないだろうと思った。
 彼にはしばらくすると、彼女ができた。
「よかったじゃない。彼女ができたんだって?」
 というと、
「そうだね」
 と、苦笑いを浮かべる彼、その表情を見ていると、複雑な心境になった。それは、彼の表情に複雑な思いを感じたからであり、二人の「複雑な思い」は、平行線であるはずなのに、どこかでいずれは交わるような不思議な感覚がしたのだった。
 だが、彼に彼女がいた時期は短かった。理由を聞いてみると、
「あなたは、私の後ろに誰かを見ている」
 と言われたという。
 香澄はその相手というのが、自分であることにウスウス気付いていた。しかし、それを認めることはできないと思った。認めてしまうと、せっかく親友のつもりでいる彼を失うような気がしたからだ。
「男女の付き合いに発展すればいいじゃん」
 と言われるかも知れないが、香澄にとってはそんな問題ではない。男女の付き合いに発展したからと言って、親友から男女の付き合いが「発展」に繋がるとは思えなかったからだ。
 それは彼も同じ考えのようで、
「平行線を、捻じ曲げるようなものだよ」
 と、香澄が感じていたのと同じような表現をした。
 いや、香澄がおぼろげに感じていたことを、どう表現していいか分からないと思っていた時、彼の言葉がその穴を埋めてくれたのかも知れない。香澄の考えが不完全である時、その穴を埋めてくれたのは、考えてみれば今までも彼だったような気がする。
 香澄が、教師を目指そうと思ったのも、彼の影響だった。
 中学の頃から絵に興味を持ってはいたが、それを生かそうというつもりもなく、大学に入った時も、何ら目標はなかった。
「俺は、先生になりたいって思うんだ」
 と、彼が言っていた。
 その言葉を聞いて、
「いいわね。あなたなら、きっといい先生になれそうな気がするわ」
 というと、彼はゆっくりと、
「君はどうするんだい?」
「えっ」
 考えたこともなかったことを言われ、ビックリした。元々、香澄はギリギリにならなければ、自分から何かをしようと思わない性格なので、何になりたいかなど、卒業前に思いつくくらいだろうと思っていた。
 別にそれでいいと思っていたし、何になりたいと思うかは、その時次第。つまり今考えてみても、いずれは変わるのであれば同じことだと思ってしまう。だが、その考え方が逃げであり、ある意味、楽をしようとしていることだと気が付いたのも、彼のおかげだったと言えるだろう。
 年齢は同じだったが、彼には兄のような感覚があった。それは、他の人には感じることのない
「慕う」
 という感覚があったからだ。
 親に対してのものとは違う。親にだけは「慕う」という感覚を持ってはいけないと思っていた。同じ肉親でも、
「親と兄妹とは違う」
 ということを示しているのだと思った。
 香澄は、彼が自分に対してどれほどの影響を及ぼしたのかということについて考えたこともなかった。しかし、それを考える時がやってくるなど、想像もしなかった。
 いや、想像していたのかも知れないが、もっと違った形で訪れると思っていたのだろう。逆に、想像していなかったのは、こんな形で訪れてしまうことをウスウス分かっていたからなのかも知れない。
「まさか、予知能力なんて、私にはないわよね」
 と、感じたが、彼女が後にも先にも「予知能力」という言葉を自分に感じたのは、その時だけのことだった。
「予知能力なんてありがたくないもの。そんなものを感じなくてよかったのに」
 と、一度でも感じてしまったことを後悔していた。
「もし、あの時……」
 と感じることがあったとすれば、香澄はいつのことを思い出すだろう。
 好きになってしまったことを自覚していたはずなのに、それをごまかそうとした自分がいた。それは、相手も同じこと。いや、相手も自分をごまかしていたから、
「自分に正直になっちゃいけないんだ」
 と香澄も感じたのかも知れない。
 香澄にとって彼はそんな存在だった。本当は好きだったはずなのに、本人に言えないまま、結局、自分で抱え込むことになってしまった。どうして彼がそんな結論を出したのか分からない。ただ、
「彼が世の中の人全員を敵に回しても、私だけは信じることができる。私にしかできないんだ」
 と感じた。
 彼がこの世にいないなど、香澄にはしばらく信じられなかった。彼が自殺したと聞いた時、まわりの音一切が遮断され、風ではない空気の流れだけを感じていた。
 しかも、彼の死は自殺だった。人知れず誰も近づかない山小屋で、発見されたのも、死後二週間ほど経っていたという。