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交わることのない平行線~堂々巡り③~

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 あれは、香澄が大学に入学してからすぐだった。高校時代までずっと女子高だったこともあり、男性と知り合うことがなかった香澄だったが、男性に興味がなかったわけではない。むしろ、興味津々であった。
 大学に入ると、いろいろな男性が声を掛けてくる。
 最初に声を掛けてきた男性は、あまり女性経験もないような男性で、彼もずっと男子校だったという。香澄は、
――せっかく大学に入ったんだから、いきなり一人に決めずに、いろいろな男性を見ていきたい――
 と思うようになっていた。
 最初に声を掛けてきてくれた男性とは、
「まずは、お友達で」
 ということで、他にも声を掛けてくる男性を物色していた。
 中には露骨に軽薄さを感じさせる男性もいたが、
――こんな人と恋愛関係になることはないわ――
 と、感じながら、適当にいなしている自分を感じた。
――自分に、男性をいなせるだけの技量があったんだわ――
 と、それを「技量」だと感じた香澄だった。
 サークル勧誘などで声を掛けてくる先輩の男性を見ていると、一年先輩であっても、だいぶ大人に感じた。それは成長の度合いの大きさなのか、それとも、自分がまだまだウブな証拠なのかハッキリと分からなかったが、次第に自分も大学に慣れてきて、男性と対等に話ができるようになるのだということを実感してきたのだった。
 香澄は、最初から美術関係のサークルを考えていた。ただ、すぐに決めなかったのは、いろいろな勧誘を見てみようと思ったからだったが、ある程度サークルの勧誘を見ていると、次第にサークル勧誘への興味が薄れてきた。
――一体、何を求めていたのかしら?
 何かを期待していた自分がいたのは確かだったが、ふと我に返ると、何を期待していたのか、すっかり忘れてしまった。気が付けば、その足で美術関係のサークルの門を叩いていた。
 美術サークルの先輩は歓迎してくれたが、
「どうせ、ここに決めるはずだったのなら、どうしてもったいぶった真似をしたのかね?」
 という目で見ている人がいるのではないかという思いに駆られた。その目は、男性からよりも、女性から強く感じた気がする。
 男性と女性を比較して、女性からの方に強く感じたということは、少なくとも「錯覚」だったわけではないだろう。
 その時の女性の目は、
――自分が彼女たちの立場だったら、同じ目で見たかしら?
 と思ったが、たぶん、同じ目では見ていないような気がした。
――私は他の人とは違うんだ――
 という、元々の自分の性格を、今さらのように思い出したような気がした。
 それは、高校の頃までは毎日のように感じていたはずのことだったのに、大学に入るとすっかり忘れてしまっていた。そして、高校の頃、ある時感じた、
――私は、教師になるんだ――
 という意識も、忘れてしまっていた。
――私は浮かれていたんだわ――
「大学に入ると、浮かれた気分になるので、皆さん、気を付けるようにね」
 と、高校時代の先生が、大学進学者だけを集めて話をしたことがあったが、その時の言葉だった。
 確かに、大学というところは、高校までと違って、自由がなかったり、入試という関門を感じる必要もなく、しかも、その関門を突破して入学したのだから、
「有頂天になるな」
 という方が無理というものだ。
 もし、露骨に言われたら、
「まわりはどうであれ、私はそんなことないわ」
 と、答えるだろう。
 だが、同じ思いは誰もが持っているものだったようだ。
――私だけは違う――
 と思っていたことが勘違いであると知ると、身体の中から力が抜けていくのを感じ、目の前にある流れに任せてしまうことの心地よさを安易に選んでしまう自分を、
――悪いことだ――
 とは思うことなく、許してしまう甘さを露呈してしまうことだろう。
 それは次第に後悔となって自分に襲い掛かる。そして、自分の中にあった「弱さ」を知るのだ。
――「弱さ」が自分の中にあったなんて――
 という思いと、
――やっぱりあったのね――
 という思いが交錯する。
――私は他の人と違う――
 という意識が、本当は自覚ではなく、願望だったのではないかと感じることになるのを予感していたのではないかと、後になって感じるが、それは結果論であって、そんな予感などあったはずもない。
 ただ、自分が他の人とは違うという思いが願望であったとしても、それは自覚が願望だったというだけで、本当になかったのかということを思い返す時期があった。
――願望だっていいじゃないか――
 願望があるということは、潜在しているものを呼び起こそうとしている意識なのかも知れない。それを香澄は次第に感じるようになっていた。
 香澄が自分の中に寂しさがあるという自覚があったのは、その頃だった。
 声を掛けてきた中の男性の一人と香澄は付き合っていた。
 自分の人生と、その男性をなるべく切り離して考えようという気持ちがあったが、彼と一緒にいる時、そんな感覚は吹っ飛んでいた。その男性は言葉巧みなところがあった。香澄の知らないところで、他の女性とも付き合っていたのだ。
 言葉巧みで、うまく立ち回ることにも長けていた彼は、自分が二股を掛けているそれぞれの相手に、
「この人は私だけのものだ」
 という思いを抱かせることがうまかった。
 香澄もまんまと引っかかったと言ってもいいだろう。その男の言葉巧みさに誘導されるように、次第に自分の人生と彼とのことをシンクロさせるようになっていった。
 その男も、付き合っている女性には、そう思ってもらうことに快感を覚えていた。
「これこそ男冥利というものだ」
 と、感じていた。
 しかも、
「声を掛けて、ホイホイ寄ってくるような女なんだ」
 と、相手を彼女というよりも、
「自分のオンナ」
 として、明らかに見下しているような態度だった。
 典型的なプレイボーイなのだが、香澄は彼と別れることになった時に、一番悔しかったのは、
「こんな男に引っかかってしまったということは、自分が引っかかりやすい女だったということだったんだわ」
 という思いだった。
 ただ、この男の本性を知ることができたのは、大学に入って最初に声を掛けてきてくれた男性。
「いい友達」
 として、お互いを認め合っていた彼から、説得されたことだった。
 さすがに、最初は彼の言うことでも、信用できなかった。
「どうしてそんなことをいうの? あなたは私が彼とうまく言っているのを妬んでいるんだわ」
 と、罵倒したくらいである。
 それだけ香澄は盲目になっていたのだが、その一番の理由は、
――自分にとって何が大切で何が大切ではないかということが分かっていなかったんだわ――
 と、いうことだった。
 友達と彼氏だったら、当然彼氏を優先するだろう。それは、まわりの人たち誰に聞いても同じことを答えるかも知れない。しかし、それは友達の話をまったく信用できないほど彼氏に集中しているというのは、危険な兆候であるということである。そのことは、高校時代に、漠然としてではあったが、感じていたことだったはずだ。