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安全装置~堂々巡り②~

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 友人がどう思っているのかまでは分からなかったが、会話の中で義之が一つの結論を見出したことを、彼にも分かったことだろう。
 義之が自分のアンドロイドを作って、先祖に合わせることを友人に話した。
「アンドロイドだからいいというわけではないのかも知れないが」
 という前置きをして、
「お前がそう考えるのなら、俺にいい悪いをいう資格はないような気がするな。ここでは権利というよりも資格という言葉の方がしっくりくるような気がする」
 彼は、言葉の使い方にも結構気を遣っている方だった。
「言葉をしっかり選ばないと、せっかくいいことを言っても、誤解されるだけだからな」
 と最初は言っていた。
 だが、最近では少しその考え方が変わってきているようだ。ハッキリとは言わないが、言葉を大切にするということに何か自分の中で悟りのようなものを感じたに違いない。
 義之は、香澄先生の骨から見つけた遺伝子を研究し、アンドロイドの記憶装置に格納した。
 友人にそのことを話すと、
「でも、どうして、骨から採取したんだい? もっと前の生前に行ってから、生きている彼女から取った方が正解なんじゃないか?」
 と言われた。
「俺も最初はそう思ったんだが、それだと何の解決にもならない気がするんだ。俺は今自分の存在や、それにロボット研究について疑問を持っている。壁にぶつかっていると言ってもいい。それは誰にでもありえることではないんだろうか? そう思った俺は、自分のこの性格の根底には、香澄先生と沙織の二人に何かあると思ったんだ。ひょっとすると、さらに昔の先祖から繋がっていることなのかも知れないとも思ったが、キーポイントはやっぱりこの二人なんだよ。この二人あたりから、どうやら、僕の中に二人の人格が存在しているように思うんだ」
「君はこの性格をどう思っているんだい?」
「これこそ俺の性格であり、二つの人格を有することは必然だと思っているんだ。だからこそこの時代に行って、いろいろ確かめないといけないと思う。特に沙織には大いに興味がある。俺自身だと思えるところがあるくらいなんだ」
「香澄先生がどうして自殺したのかって分かっているのか?」
「分からないんだ。沙織は知っているようなんだが、沙織はそのことを自分の中で封印したまま一生を終えた。だから、余計に自分で行って、自分の目で確かめるしかないんだ」
「でも、ロボットに行かせるんだろう?」
「そうだが、やつは精巧なアンドロイドだ。俺自身だと言ってもいい」
 しばらく友人は口をつぐんだ。本当は、言いたいことが山ほどあったが、ここでは言わないことにした。
――俺には分かっているんだ――
 その言葉を飲み込んだ。
 思えば義之の歯車が狂ってしまった瞬間があったとすれば、この時だったかも知れない。友人がもっと頑強に反対していれば、義之はやめたかも知れない。だが、それはあくまで結果論、この世界であっても、自分の未来を予見することは、予知能力のようなもの以外では、してはいけないこととなっていた。
「君はパラレルワールドって知っているかい?」
「次の瞬間、無限の可能性が広がっているという考え方のことかな?」
「一言で言えば、そうかな? パラレルワールドの考え方でいけば、もし、香澄先生の生前に何か原因があるのだとすれば、その原因が分からないのであれば、結果から推理していくしかないんだ。変化が訪れているどの場所を捉えても、その場所から過去を見ても未来を見ても、無限でしかない。それなら、見るとすれば、最初か最後しかない。生まれ落ちた時を見ても、考え方が分かるわけはない。それなら、最後になった死んだ後を見るしかないと思ったんだ」
「なるほど、結果から推理するということはそういうことなんだな」
「そうなんだ。だから、俺は香澄先生のお骨から、遺伝子や性格を判断できる君に分析を依頼したんだ」
 彼は、義之が希望した研究結果を、希望通りに持ってきてくれた。少なくとも知りたいことだけは、きちんと提供してくれた。だが、
「俺にはこれ以上はできない。それは君が一番分かっていると思うんだけどね」
「ありがとう。これでいい」
 この会話の後に、先ほど彼が言った質問があった。彼は答えが分かっていて質問をしたに違いないと思ったのは、会話が繋がったからだ。彼の質問は義之の考えを引き出すに十分なもので、
――これが会話っていうんだな――
 と、納得させられたものだ。
 それにしても、香澄先生についての情報は極めて少ないものだった。きっと彼女が生きていた時代にも、彼女に対して彼女のことを本当に知っていた人はほとんどいなかっただろう。
 彼女も自分を分かってくれる人を求めていたわけではないようだ。自分だけの世界を持っていた。
「特別症候群」
 と言ってもいい。
 そういう意味でも、アンドロイドに特別症候群を表に出させることは控えた方がいいというのが義之の考え方だった。
「やっぱり香澄先生は、俺のご先祖様なんだな」
 と、感じた。
 だが、この考えが甘いことをいずれ義之は思い知ることになる。
 この考えは、沙織にも分かるものではない。
――誰にも知られることのなかった香澄先生の人格――
 それは、義之にとっての失敗を演出するものになるとは思いもしなかった。
 友人は、実によく調べてくれた。香澄先生の性格は、義之の望んでいる性格であり、そこには惚れ惚れするものがあった。それが義之自身の存在意義に繋がってくると言っても決して大げさなことではないのだ。
 義之は、アンドロイドに、自分の人格の一つである現実主義と、隠しコマンドとしての特別症候群を組み込んだ。さらに、人工知能には、なるべく「フレーム現象」を引き起こさないように考慮された機能を埋め込んだ。これは友人との今までの話から培われた、「現在最高のノウハウだ」と自慢できるものでもあった。
 もちろん、ロボット工学基本基準もしっかりと埋め込まれている。
「これで完璧だ」
 と、義之は思ったことだろう。
 義之の失敗は、それ以上の発想を思いつかなかったことだ。だが、それも仕方のないこと、現時点での発想はそれ以上のものなどありえないという思いこみがあったからだ。
「ちょっと考えれば分かったことのはずなのに」
 と、思っても後の祭りだった。
 すべてが後追いになってしまった。そのことをその時の義之には分からない。それでも、今の自分が存在しているということは、
「その時の自分の判断に間違いはなかった」
 ということであり、今から思えば、それが自分の後悔に繋がったのかどうなのか、そこも分からなかった。
 そして、義之はその時、もう一つのことを考えていた。
――俺は、沙織に会ってしまっていいのだろうか?
 ということだった。
 そして、いろいろ考えた中、
――沙織に会うことは避けなければいけないんだ――
 という結論に達したのである。
 義之は、香澄先生の元に行く前に、もう一つだけすることがあった。それは、三十代の自分のところに行って、もう一度三十歳の自分を見てくるということだった。
 三十歳代の自分は、ロボット工学に燃える青年研究家だった。
「懐かしいな」