安全装置~堂々巡り②~
あの目の輝き、そして、真剣な表情。自分の顔を普段から確認していたわけではないので分かるはずなどないのに、懐かしいと感じた思いを、義之は不思議に思った。
それを見て、義之は三十代のアンドロイドに自信を持ったことにより、アンドロイドをタイムマシンに乗せて、香澄先生が生きていた時代に送り込むことにした。まずは、偵察だった。
「時代は……、そう、沙織と知り合う前に現れるようにしよう」
と、沙織を意識した中で、まずは香澄先生を知りたいという意識の元、彼を送り込むことにした。
香澄先生は、芸術大学に在籍していた。絵描きを目指していたようだが、ちょうどその時、香澄先生の頭の中に陰りが見えていた。
「私には限界がある」
誰もが一度は通る道なのだろうが、その道に差し掛かっていた。
しかし、香澄先生は、他の人とは違っていた。アッサリと、自分の限界を認めたのである。
「私に絵描きは無理。先生にでもなろうかしら?」
何とも、簡単に諦めたものだが、香澄先生のことを知っている人なら、
「香澄らしいわね」
ということだろう。
香澄先生は、まわりから、
「八方美人な性格だ」
と見られていた。
それは好きになったことをすぐに諦めるからだ。だが、それも本当に香澄のことを知っている人は、
「決して八方美人じゃない」
というだろう。
それは、香澄は目指すものにすぐに限界を感じて、目先を変えるが、そのすべては繋がっているものだった。絵描きを諦めたとしても、なりたいのは、美術の先生だった。それは、
「絵画にずっと関わっていたい」
という気持ちの表れであり、香澄のギリギリの気持ちの表れだった。
「自分に限界を感じるのって、勇気のいることなのよ」
香澄は、友達にそう言ったことがあった。
「まわりの人は諦めが早いって言って、八方美人だなんていうけど、自分で限界を決められない人が、諦めきれずに言っていることなんでしょう? 私はそんな人たちとは違うし、私は私なのよ」
と、いつになく激昂したことがあった。
その迫力にビックリした友達は、香澄が特別症候群者であることに初めて気が付いた人だった。
そもそも特別症候群者というのは、自分のことしか考えていない自己中心的な考えの持ち主だというイメージしかなかったが、その時の友達は、香澄に対して、
「考えを改めなければいけないわ」
と感じたのである。
自己中心的な人は、まずまわりのことを考えないということから、まわりの人の目は行ってしまう。確かにそうなのだが、考え方を変えれば、
「まずは自分だ」
ということである。
「自分が好きになれないのに、他の人が好きになってくれるはずもない」
という考えも正論ではないだろうか。
香澄の特別症候群的な考え方は、それが原点になっている。そして、この考えは義之にも受け継がれている。
いや、受け継がれているというよりも、原点だけが同じであって、義之はまた違った特別症候群だ。
考えてみれば、遺伝だといっても、先祖や子孫に同じ人格の人がいて、
――それでも排他だと言えるのだろうか?
と、思うのだった。
義之は、香澄の排他に敬意を表しながら、
「俺は、彼女とは違うんだ」
という考えを持っていた。
きっと、香澄と自分との間に同じように特別症候群の人がいたとしても、同じ考えを持っていたに違いない。
義之が、沙織と出会う前にアンドロイドを送りこもうと考えた理由もそこにあった。
「彼女が自分の特別症候群に気が付いたと思われるのは、沙織に出会う前だったに違いないからだ」
その考えは間違っていなかった。
「自分は人とは違うんだ」
という「特別症候群」であっても、香澄や義之は人の意見を聞かないわけではない。中には、
「特別症候群」というのは、他人の意見を排除するという、言葉通りの意味だと取り違えている人もいるだろう。それは自分のことを、
「特別症候群者だ」
と思っている人に多いように思う。そういう人は、自分の性格がハッキリと分かっておらず、何かの主義に自分を照らし合わせた時、一番近いと思ってそう名乗っているだけなのだ。ハッキリと自分の主義を主張できない人が「特別症候群」を名乗ることに、本当の特別症候群者は、困惑しているに違いない。
ただ、特別症候群というのは、義之の世界では、認知されたものとなっているが、過去に遡ると、「心の病」とされた。香澄の時代もそうだったのだろう。だが、誰もが同じ発想で、
「多数意見が、これすべて正しい」
という考えに落ち着いてしまうと、ロボットの世界と何ら変わらないではないか。ロボットが社会に進出してきたこの時代だからこそ、特別症候群者は認知を受けることができ、ロボットとは違う人間の特性が、やっと認められる世の中になったというのは、いささか皮肉めいたことではあるまいか。
香澄は、特別症候群という言葉も知らないし、そんなに大げさなものではないと思っていた。
「多数派に対しての、細やかな抵抗」
というべき程度のものであったが、明らかに義之の先祖だと言えるものが香澄からは齧られた。ここから先は、義之のサイボーグが香澄と知り合っていくことになるのだが、「義之サイボーグ」もビックリの香澄は、やはり、
「特別症候群者だ」
と言っても過言ではない性格を、隠し持っていたのだった……。
第二章 スタディ・ダイオード
義之サイボーグがやってきた時代は、香澄が大学を卒業する少し前だった。
教育実習も終わり、後は赴任先が決まるのを待っている状態だった。香澄は成績もよかったので、教員としてあぶれることはない。少なくとも、非常勤講師くらいにはなれるだろう。
最初に赴任した学校は、沙織の学校だった。最初に赴任した時から、香澄は沙織を意識していたのだが、当の沙織は先生から意識されていることを知らなかったが、なぜか香澄先生に惹かれていた。お互いに惹き合うものがあったことを、その時未来からやってきた義之サイボーグには分かっていたのだ。
香澄は見る人から見れば、明らかに二重人格者だった。香澄から見て、好きな人はあまりいなかったようだが、嫌いな人は結構いた。好きな人であっても、他の人が接するような馴れ馴れしさは香澄にはなかった。相手から話しかけられるのを待っているという性格だったのだ。
それなのに、沙織に対してだけは違っていた。沙織自身は、香澄先生に包み込まれるような優しさを感じていたが、香澄は沙織に対して特別な意識を前面に出しているつもりだったのに、なかなか沙織が気付いてくれないことに半分、業を煮やしていたりした。
そんな時、目の前に現れたのが、義之サイボーグだった。
男に対して、それまで女らしさを表に出したことのなかった香澄が、義之サイボーグにだけは、何か特別な思いを感じていた。
――この人は、他の人とは違う――
ただ、それだけでよかった。その思いがあったおかげで、沙織が気付いてくれなくても、お構いなしになってしまった。
義之サイボーグに対し、他の人とどこが違うのか、分からなかったが、
「私が意識したんだから、それだけで、他の人と違うという感情を持って当然だわ」
作品名:安全装置~堂々巡り②~ 作家名:森本晃次