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安全装置~堂々巡り②~

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「あなたの先祖で、二十代くらいから死ぬ寸前まで、ずっと日記をつけていた人もいたのよ。その日記、今では家宝のようになって、ずっと受け継がれているの。お母さんも一度その日記を見たんだけど、結構嵌って読み続けたものよ。日記っていうのは、つけている人には意識がなくても、読む人に大きな影響を与えることもあるのよ。そこが、小説やエッセイとは違うところ、最初から人に見せるために書いているわけではないというところが新鮮なのかも知れないわ」
 そう言われても、自分で日記を書いたり、先祖の日記に目を通そうという気にはならなかったが、その時の母親の話だけは記憶の中で印象的に残っていたのだ。
「そういえば、母が言っていたあの日記、今でも家にあるのだろうか?」
 五十歳になって、小学生の頃の母との話を思い出すなど、思いもしなかったが、その時のことがまるで昨日のことのように思い出せるのは、
――今の自分は、「もう一人の人格」が表に出ているからなのかも知れないわ――
 と、感じるようになっていた。
 さらに、看護婦の沙織と一緒にいる時は、特に「もう一人の人格」が表に出ているのが分かっているような気がしていた。
 自分の中で二人の人格が存在し、それが入れ替わる時、本人に意識はない。
「待てよ」
 この発想、以前にもしたことがあったような気がする。
 そう、三十代に自分が提唱した、
「ロボットと人間の脳の共有」
 という考え方は、ここから派生したものではなかったのだろうか?
 あの時の発想はいきなり頭の中に浮かんできたものだった。
「閃いた」
 と言ってもいいだろう。
 だが、それだけに、根拠があってのものではなかった。薄っぺらいもので、教授に指摘されて、それに対しての答えを用意していたわけでも、返事ができるほどの材料が頭の中にあったわけではなかった。
 それがなぜなのか、自分でも分からなかった。
――「もう一人の人格」の仕業――
 と思えば、納得できるところもある。
 確かに閃いてしまったことで、有頂天になり、自分が天才にでもなったかのような錯覚を覚えたことは、今から思い出しても恥ずかしい限りだった。
 だが、あの時に感じた発想に間違いはなかった。ただ、突飛な発想であったことで、まわりの人はおろか、自分がついていけなかっただけだ。
 だからこそ、それから数年して、少しずつ認められるようになったではないか。一度失いかけた自信がその時に復活したのである。
 義之は、退院してから自宅で日記を探してみた。
「確か、母親がいうには、家宝だって言ってたっけ」
 そんなに大切なものをしまい込むところ、
「あっ」
 義之は母親が毎日仏壇に手を合わせていたのを思い出した。
 母親は数年前に他界していたが、今でも思い出すのは、仏壇に手を合わせている母親の姿だった。
 義之は仏壇を探してみた。
 真っ黒な漆塗りでできた仏壇は、いまだ色褪せることはなかった。
「こんなに古くなっているのに」
 細かい部分には、いろいろ老朽化が見えているが、全体的には、まだまだ綺麗だった。
 その中に色褪せてはいたが、破けることもなくキチンと保管されていることを物語っている日記が見つかった。
 今では日記などの書物は機械に入れると、音声として、小さなマイクロメモリに保存される機械も発明されている。
 さすがに、義之が子供の頃にはその機械がなかったので、母は実際に読むしかなかったのだろう。
 義之も、機械に仕掛けて、音声で聞こうかと考えた。
 しかし、どうにも抵抗があった。
「やっぱり、実際に手に取って読んだ方がいい」
 と感じた。
 先祖の誰かが、毎日書き綴ったものである。せっかくの文字を音声化して聞いて、どこに解決があるのだろうかと感じたからだ。
「時間が掛かってもいいから、自分の目で読まないといけないよね」
 仏壇に手を合わせながら、義之は呟いた。呟いた相手が、日記の作者であるご先祖様なのか、それとも、母親なのか、はたまた、ご先祖様の中にいたかも知れない「もう一人の人格」になのか分からない。
 義之は仏壇から離れると、仏壇に再度礼を施すと、さっそく日記を自分の部屋に持って行った。
 日記は毎日綴られていた。一言で終わる時も、数ページにまたがる時もあり、日記を書いた人の心情がうかがい知れるのではないかと思えるほどだった。
 日記の内容を見ていると、
「あれ? これ本当に同じ人が書いたんだろうか?」
 と思うような内容もあった。
 一人で書いているはずなのに、一人の問いかけに、もう一人が答えているようなものも見受けられる。
 人によっては、そういう書き方をする人もいるが、それはどちらかが妄想を抱いている時に起こりえるものだと思っていたが、内容を読むと、妄想を抱いているようには思えない。普通に学校で女の子同士の会話をしているような感じで違和感がない。それだけ、一人で書いたようには思えないということだ。
 しかし、一人が問いかけたことに、もう一人は見事に答えていた。お互いに、心の中が覗いているようで、やはり、誰か一人の中に、もう一人の誰かの意志が働いているように思えてならないのだ。
「でも、こんなものがどうして家宝のようになっているんだろうか?」
 母親に聞いたことがあった。
「この日記を付けていた人は、本当は四十歳までに死ぬ病気に掛かっていたらしいんだけど、日記をつけ始めてから、次第に病巣が小さくなっていったんだって。本人は自分がそんな重たい病気に掛かっていることを知らなかったんだけど、知っていたまわりの人は、『これは奇跡だ』ということで、彼女がつけていた日記をずっと残しておくようにしたそうなのよ」
「今の医学なら、治せたのかな?」
「そうね、病名を聞いたら、今の医学なら、そんなに高価でもない薬で治せるらしいわよ」
「誰かが、過去に行って、ご先祖様を治したんじゃないのかな?」
「また、お前のSF好きの発想が始まった。話がややこしくなるから、このお話は、『めでたしめでたし』で終わらせればいいのよ」
 と、母親に言われた。
「僕の話って、そんなにややこしくなりそうなの?」
「一晩じゃあ、足りないよ。大体『奇跡』ということ自体が、ただでさえややこしい発想に繋がるんじゃないの?」
「そうかも知れないわね。そのうちに、『奇跡』というのも、科学的に証明される時代がくるかも知れないわね」
「そうなったら、きっと面白くない時代になるんだろうな」
 と、言いながら、義之が今研究しているのは、奇跡にも繋がるものだというのも、実に皮肉なことである。
 日記には、自分には慕っている先生がいて、先生が自殺したことが最初に書かれていた。先生が自殺したことについて、日記を書いている沙織という女性は、
「自分が悪い」
 と書いているが、自分が悪いと書いただけで、その理由はどこにも書かれておらず、自殺した先生がいることも、その時に書かれているだけで、以降には出てこない。
 日記の内容は、日に日に自分がやつれていくことが書かれている。
「あれ?」
 義之はそこで疑問に思った。
――確か、沙織さんは自分が病気であることは知らないって、母親は話していたような気がしたが――