安全装置~堂々巡り②~
彼らの「人間」という考えは、「人類」という考えとイコールである。ただ、それも、個人差があって、確かに生まれた時に、誰もが同じような頭脳を埋め込まれるのだが、生まれてすぐなので、育っていく間、成長するにしたがって、環境の違いから、微妙な違いが見えてくる。
それは、きっと最初に開発した人たちからすれば、考えていなかったことなのかも知れない。
――だが、本当にそうだろうか?
誰もが同じようなことを考えている時代を開発者は望んだだろうか?
そう思うと、若干の個人差は最初から計算ずくだったのかも知れない。いや、個人差を生むようにわざと、
「生まれてすぐにしないとダメだ」
と進言したのは、開発者の方だったのだと思うと、自分の中で納得がいくのだった。
「人間」と「人類」という言葉の違いは、人間たちにとってよりも、本当はロボットの側からの方が悩む問題だったはずだ。
基本基準の第一条、第二条の「人間」という言葉を、「人類」と読み替えるという論議もあった。もちろん、ロボットの方も、混乱する。果たして、まだ結論も出ていないところで、人間同士も、「人間」と「人類」という言葉のニュアンスを考える時期を迎えたということは、世の中の変革時期も、発展しているということだろう。
だが、彼は人間が、「人間」と「人類」という言葉の違いを意識したのは、義之の時代からだと思っていたが、それが間違いだったことに、この時代にやってきて初めて分かった。
香澄と出会ったから分かったのか、それとも他の人と出会っていても同じだったのか、その判断とサイボーグの彼にさせるのは、無理なことだった。きっと、「堂々巡り」に入り込んでしまうに違いない。
義之の時代の人間が、「人間」と「人類」という言葉の違いを意識し始めたのは、自分たちの時代からだと思っている。
実際には、一部の学者と、政治家は知っていた。情報コントロールを行い、一般人に違う意識を植え込ませたのは、それなりに作為があってのことだが、それは、政治的なニュアンスもあるが、やはり再度、未曾有の大惨事を起こさせないようにするためのものだったのは疑う余地のないことだろう。
義之は彼に、
「余計なことを考える必要はないんだ。お前は香澄さんに近づいて、俺の先祖に何があったかを客観的に見てきてくれればいいんだ」
と命令していた。
絶対に服従しないことだが、それはあくまで、命令者が同じ次元にいる場合である。
時間を飛び越えるということが、義之にも彼にもどういうことなのか、漠然としてしか分かっていなかった。
「ただ、過去に遡るだけだ。パラドックスさえ起こさなければ、それでいいんだ」
と、簡単に考えていた。
義之は、
「どうしてパラドックスを起こす必要があるのか?」
と、時間を遡ることに対して、深く考えることはなかった。
義之は、本当はもっと用心深い人間だったはずなのに、なぜか、今回のサイボーグのタイムトラベルだけは、安易に考えていた。
――「人間」と「人類」の違いについて何も分かっていない――
という考えが、頭の中にあったからだ。
「分かっていないということは、考えても堂々巡りを繰り返すことで、感覚がマヒしてしまったのかも知れない」
と感じたからで、
「それなら、いっそ、何も考えなければいいんだ」
と思うようになった。
サイボーグに余計なことを指示せずに送り出したのもそのためだろう。それに、余計なことを頭に入れさせてしまうと、却って混乱すると思ったのだろう。彼を成長するサイボーグとして開発したのは、そのためだった。
「ひょっとすれば、サイボーグは、成長するにしたがって、身体はそのままでも、考え方や精神は、人間になってしまうかも知れないな」
とも思った。
義之はそれでもいいと思った。
元々、サイボーグが自分の期待した通りの結果を調査してくれなければ、こちらの時代に引き取らなくてもいいのではないかとも思っていたほどである。
「やつが、ロボット工学発展の礎になってくれるというのも、悪いことではない」
と考えた。
香澄の時代の人間を見ていれば見ているほど、「人間」と「人類」を同じものとして考えているようである。
個人主義の彼らには、「人間」も「人類」も、種族の一つとしての概念しかない。しかも、相当ドリルダウンして自分たちの考える単位にまで落とさなければいけないのだから、「人間」なんて概念は、
――しょせん、彼らが言う「神様」が創造したもの――
ということになる。
ロボットには、
「自分たちの創造主は、人間である」
ということがしっかりとインプットされている。それでいて、自分たちは人間に服従し、奉仕するための「便利な道具」として開発されたものである。
だから、「人間」と「人類」という概念は、ロボットにとっては、明らかに違うものなのだ。
「人類」というのは、あくまでも、動物、植物、ロボットのような「非生物」の中での分類にしか過ぎないが、「人間」というと、その解釈は、
「自分たちを創り上げた『創造主』ということになる」
と思っている。
実は、この考えは、ロボット基本基準の考え方とは異なっている。そのことを義之サイボーグは知らなかった。彼の考え方は、どちらかというと、人間に近い考え方である。他のロボットは、
「『人間』とは、自分を作った『創造主』であり、『人類』とは、『人間全体』というニュアンスである」
と、考えるように電子頭脳には組み込まれていた。
義之ロボットだけ、違った回路を組み込まれているわけだが、それには理由があった。
彼を、過去に送り出さなければいけないという問題があったからである。
過去には、自分たちの存在を違う感覚で感じている「人間」がいる。今まで自分たちの時代にいたサイボーグが、いきなり過去に向かうと、当然混乱を引き起こし、パニックに陥り、動作不能になるかも知れない。それは避けたいと思ったのだ。
香澄は、サイボーグが成長するには、少し困惑した性格の女性だった。
彼女の中には、「孤独」という概念はあったが、「寂しい」という感覚がなかった。義之の中には、確かに
――「孤独」が存在すれば、そこには必ず「寂しさ」が存在しているはずだ――
という意識があった。
香澄を見ていて、いきなり分からなくなったのである。
ただ、それは、彼だけが感じることではなかった。香澄の時代の、彼女のまわりにいる人たち皆が香澄に感じていることだった。それでも、同じ人間なので、
「本当に変わっているわね」
と言って、相手をしなければそれでいいだけだ。
「別に、性格が合わない人と、無理やり合わせることなんかしなくていいんだ」
というのが、人間の考え方だった。
サイボーグやロボットは、そうはいかない。相手がいくら理解不能な相手であっても、基本基準に伴って、時には助けなければいけないし、時には、命令には絶対に服従しなければいけない。意志を持っていれば、なるべく意志を感じないようにしないと、オーバーヒートしてしまいかねないという状況だった。
彼は、自分が成長していく中で、今まで感じたことのないものを感じた。
作品名:安全装置~堂々巡り②~ 作家名:森本晃次