安全装置~堂々巡り②~
「ハッキリとは分からないけど、『人間に近づいた』と思うと、言い知れぬ気持ち悪さが襲ってくるんだ。これはどういう感覚なんだろうね」
ロボット同士、彼らにしか通じないテレパシーが存在した。
これは、人間が作為的に組み込んだもので、人間に分からないところでロボット同士の抑止力を働かせるというのが目的だった。
「人間に意志を知られてしまう」
と、ロボットが感じてしまうと、せっかくの抑止力をブロックしてしまう可能性があるからだ。
そこには、人間のための第三条、ロボットは自分を守らなければいけないという条文があるからで、そのため、人間が意志に介在してしまうと、自己を守るために、ブロック機能が働いてしまうという考えがあったからである。
ロボット同士の会話は、人間には分からないだけに、反論もあった。
「ロボットが人間の知らない間に、反乱を企てていたら、どうするんだ?」
それは、永遠のテーマである。
それがあるからこそ、基本基準の「安全装置」としての機能があるのだ。
ロボットというのは、人間にとっての「諸刃の剣」。しかし、逆に言えば、人間も、ロボットにとって「諸刃の剣」なのだ。
「ロボットが自分の存在価値に疑問を感じ始める時が、「諸刃の剣」が露呈してしまう瞬間だ」
という学説を唱えた人がいたが、まさしくその通りだ。その考えは、香澄の時代からもあった。実際のロボット開発ではなく、SF小説の中での話にはなるのだが、これも、
「人間とロボットの共存」
という意味では、「諸刃の剣」も、永遠のテーマの一つだった。
彼の頭の中には、SF的な発想も含まれていた。
それは「次元」という問題で、これは、頭脳の元になった義之が絶えず考えていたものの一つで、彼にもそのまま移送されたのだ。
基本基準の、
「人を傷つける」
という発想を彼が分からなかったのは、この「次元」という発想が頭の中にあり、それが邪魔しているからだった。
肉体的に傷つけてはいけないということは当然のことであるが、精神的に傷つけるということがどういうことなのかを理解できなかったのだ。
他の意志を持ったロボットには、
「人を傷つける」
という言葉に二つの意味が存在していることを分かっていない。すべてを肉体的に傷つけるという意味でしか判断できていないからだ。
しかし、彼はサイボーグであり、頭脳は元々の人間の意識を植え付けられたものだった。人であれば、この言葉に二つの意味が含まれることくらい分かっている。もちろん、分からない人もいるが、人間社会の中に身を投じていれば、気が付くことは時間の問題であった。
「次元」の問題というのは、ロボット世界の中では存在しない。人間が想像しているものであって、ロボットの人工知能は、そこまで考えが及ぶようには設計されていなかった。
義之の時代になっても、四次元の世界というのは、まだまだ謎だった。タイムマシンが開発され、昔から言われてきた「パラドックス」が、少しずつ解明されていったが、最終的には、「堂々巡り」を繰り返してしまう。
「『無限ループ』の考え方は、計算だてて考えることから脱却できなければ、永遠に分かることではない」
と、言われている。そういう意味では、電子頭脳で動くロボットには、永遠に超えることのできない問題だった。
人間である香澄は、人を傷つけることを嫌っていた。
肉体的には当然のことだったが、精神的なことに関しては、特別な感覚であった。ここで関わってくるのが、
「他の人と同じでは嫌だ」
という感覚だった。
香澄は、
「今まで何人の人を、精神的に傷つけてきたんだろう?」
と思っていた。
香澄は別にそんな意識もなかったのに、
「どうして、香澄ちゃんは人の気持ちが分からないの?」
と、何度言われたことだろう。
――その人のために良かれと思ってしていることなのに――
と思いながら、考えたり、行動したことに対しての答えが、
「人の気持ちが分からない」
という叱責なのだから、悩んでしまっても当然のことだった。
――一体、何が悪いんだろう?
どうしても、理屈で考えてしまう。
考え方として、まずは表に現れたことに対しての比較対象を探す。そして、
――どうして、そっちになったのか――
ということを考え、さらに考えを遡らせていく。
答えが、想像もしていなかったことなのだから、そうやって、比較基準を探して遡っていくしかなかった。そこには、比較するための対象事例を探すことと、そして、実際に比較するという、いわゆる「計算」をすることで、損得の度合いを考える。それが、香澄の考え方だった。
他の人がどんな発想で考えを遡らせているのか分からない。そこが一番の不安でもあった。
義之は、自らのサイボーグに、
「相手の心を読み取る、特殊な機能」
を敢えて組み込まなかった。
義之の時代には、人の心を読み取るくらいの機能は開発されていた。相手が人間なのだから、脈拍や呼吸数。そして体温や発汗などから、相手の精神状態くらいなら、読むことが可能な装置の開発はできていた。
だが、それらは相手の感情を感じるための「材料」にしかならない。それを、
「自分には分かっているんだ」
などと自惚れてしまっては、そこから先の考えに行き詰ってしまう。そのことを分かっていた義之は、他にもいろいろ便利な機能があるのだが、彼に搭載する機能に関しては、かなり時間を割いて吟味したことが伺えた。
自分が行けないので、自分に変わって行ってもらうという大役なのである。当然、組み込む装置に対してもかなりの吟味が必要になってくる。
だから、彼がこの時代にやってきた時、彼はまだまだ発展途上だった。
ただ、成長するための機能は、相当な苦労をしてでも組み込まれている。
実際に彼の型式では、組み込むのは難しい成長機能がついたチップを組み込むために、かなりの時間が必要だった。それは、人間の機能移植にある「拒否反応」という、これも人間にとっての永遠のテーマである問題と同じことだった。
人の心を読み取ることができないはずの彼だったが、こちらの時代にやってくると、それでも人の心を読もうとする。それは人間でいう本能のようなもので、ロボットにもそれが存在するというのだろうか。
「本能というよりも、潜在意識というべきだろう」
と、義之なら言うだろう。
確かに学習能力を有しているので、その影響が強いのだろうが、それだけではないようだった。
それは、ロボット基本基準が影響しているという考え方である。
「人の心を読み取ることが、第三条に繋がってくる」
というものだ。
「人間はわがままで、時々、ロボットに無理な命令をすることがある。だが、それはその時の感情であって、本心からではないことが多い」
という考えも、移植した頭脳の中にもあった。
そうなると、ロボットは、第二条の命令にしたがって、自己破壊を起こしてしまうだろう。その時になって人間は自分の命令に後悔する。
「あんなこと言わなきゃよかった」
と……。
しかし、すぐに忘れてしまう。ペットであれば、生き物だという意識があるので、
「可哀そうだ」
作品名:安全装置~堂々巡り②~ 作家名:森本晃次