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安全装置~堂々巡り②~

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 義之サイボーグも、香澄に対して同じ思いを抱いたのかも知れない。香澄と一緒にいるとそれだけで心が休まると思い、香澄自身も彼と一緒にいることで、他の人と一緒の時には感じることのなかった何かを感じられるようになったようだ。
 香澄は、それまであまり人に甘えることのなかった女性だった。しかし、義之サイボーグと出会ってから、甘えるようになってきた。
――この人になら甘えられる――
 と感じたのは、相手がロボットであり、人間に対して服従を基本としているからなのかも知れない。
 香澄は人が嫌いだった。社交的で面倒見もよさそうに感じるが、それはあくまでも表面上のこと、心の奥では、人間嫌いなところが顔を出している。
 義之サイボーグの記憶の中には、香澄の情報は、必要最低限度のことしか入っていない。彼女が自殺したということも、インプットされていない。まったく知らない相手として、ご主人様である義之から、近づくように命令されただけなのだから、実に中途半端での出会いになることは、サイボーグにとっては、荷が重いことであろう。
 彼は、香澄と一緒にいる時間が増えれば増えるほど、彼女が自分たちの世界の人間ではないかと思うようになった。
 ロボット世界にも、人間という種族に対しての意識はある。ロボット世界は、人間よりも優れている存在であって、そこに存在する人間は、ロボットのためにのみ存在しているというものだった。中には、
「人間がロボットによって作られた」
 などという本も存在していて、まさしく、
――ところ変われば品変わる――
 と言ってもいいだろう。
 香澄が彼に似てきたのか、彼が香澄に似てきたのだろうか?
 お互いに歩み寄りの姿勢が見られる。それでも、まわりが必要以上にザワザワしていると、
――歩み寄ってきたのは、向こうの方だ――
 と、いう結論にぶち当たる。
 香澄の様子を見ていると、大人しそうな雰囲気を感じるが、それは相手が普通の人間であれば、呼吸や脈拍から、ある程度の精神状態を読み取ることはできる。香澄に関しては、何かを思い悩んでいる雰囲気は感じるが、呼吸や脈拍に他の人間に感じられるような乱れはない。
 香澄は、教育実習を行いながら、自分で絵を描く習慣を忘れたわけではない。休みの日にはスケッチブックに絵の具のセットを持って出かけていた。
 近くの公園だったり、少し遠出をして、山間だったり、高原だったりとその時々で場所は違っても、行動パターンに大差はない。
 義之サイボーグは、もちろん絵を描いたことなどなかったし、元々のモデルである義之本人も、芸術に関してはまったくの素人だった。
 最初は香澄に近づくために、彼女の行動パターンを探っているうちに、絵画に興味を持ち、彼女と出会う前の準備段階の間に、自分でも絵を描いてみると、これが案外綺麗に描かれていた。
 やはり、彼の学習能力には、優れたものがあるようだ。それだけ義之のロボット開発は、優秀だということでもあった。
「これなら、彼女と一緒に並んで絵を描いても恥かしくない」
 そう思って、自信を持って、香澄が描いているそばに行って、自分も絵を描いてみた。
――なかなか、うまく描けているな――
 と、我ながら自信たっぷりだった。その絵を香澄も気になったのか、近くに来て、見てくれた。
「すみません。興味があったものですから、見てもいいですか?」
「ええ、どうぞ。僕も人に見てもらう方が、上達できるような気がするんです」
 というと、香澄が「フッ」と、軽く息を吐いた。
――どういうリアクションなんだ?
 自分の絵を見て感心してくれるものだと確信していたのに、予想外のリアクションに、戸惑いを隠せない義之サイボーグは、何とか意識の回復を試みようとした。まだ製造されてから、義之本人以外の人と接近するのは初めてだったので、想定外の行動を相手に取られてしまうと、どう解釈すればいいのか分からずに、戸惑っていた。
 彼が戸惑っているのを、香澄は面白そうに眺めていた。
――この女性は、僕を見て楽しんでいるんだ――
 自分を見て楽しんでいるのなら、もっと楽しい思いをしてもらおうと、彼は自分がピエロになってでも、彼女に喜んでもらおうというのを、最初の基本に考えるようになった。
 最初に見たものを親と思うのと同じで、最初に感じた第一印象を大切にするような装置を埋め込まれていた。
 それは、義之本人の性格に由来するもので、相手の性格をいろいろ考えていて、迷いが生じた時、最初に感じたことが、たいていの場合、その人の本当の性格であることに気付いたからだった。
 だから、彼にも同じような「本能」を埋め込むことにした。何しろ彼は自分の「分身」なのだからである。
 義之サイボーグは、自分なりに香澄を見ていて、彼女がどんな性格なのかということを想像していた。その想像が違っていたことへの戸惑い、本当は、
――第一印象を信じるように組み込まれているけど、僕自身の第一印象を大切にしていたいな――
 という思いがあったのも事実なのだが、ここまで違うのなら、接してから感じたことが本当のことなのだから、それを信じるしかなかった。
 そうなると、ロボットやし亜ボーグサイボーグは悲しいもので、相手に服従するというロボット基本基準の原則に従ってしまうことを容認しないわけにはいかない。
 彼が香澄の性格を読み取ろうとしているのを、香澄には分かっていた。それは、最初から、
――この人はサイボーグなんじゃないかしら?
 という思いがあったからだ。
――どうしてそんなことを、簡単に信じられるのかしら?
 香澄には、その時悩みがあった。
――私は、覚えていく端から、いろいろなことを忘れていくような気がする――
 という思いがあった。
 忘れてもいいような、どうでもいいことだけを忘れていくのなら、それでもいいのだが、覚えておかなければならないような重要なことまで忘れていってしまっているような気がした。
――余計なことばかりを考えているからなのかしら?
 自分にとって何が大切で何が大切でないかということを、自分の中で判断できなくなっているのかも知れない。それを今までは、
――私の記憶に狂いはない――
 と、思っていた時期があり、それが急に疑心暗鬼になったことで、自分を信じられなくなってきたところに現れたのが、彼だった。
――彼と一緒にいると、忘れてしまったことを思い出せるような気がする――
 と思った。
 それは、忘れてしまったと思っていることが、本当は忘却の彼方にあるわけではなく、自分の中の記憶領域の中に封印されているだけではないかと思ったからである。
 香澄が自分の記憶が急に薄れてきたと思うようになったのは、絵を描くようになってからだ。
――せっかく趣味と言えるものを見つけたのに、何て皮肉なことなのかしら?
 と感じていた。
 絵を描いていると、充実感を味わうことができる。充実感というのは、
――頑張っている自分へのご褒美なんだわ――
 と思うようになっていた。
 しかし、香澄はそこで自分に疑問を感じていた。
――頑張るって、どういうことなの?