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安全装置~堂々巡り②~

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 確かに、恋愛感情を持ってはいけないという意味ではサイボーグは最適なのだが、客として行く男の方はどうだろう?
 何の感情もなく、ただ、性処理だけのために相手をしているだけのまるで人形のような女性を相手にして、本当に満足できるだろうか?
 風俗というと、店に入る前は、ドキドキが止まらないほどの自分。まるで新しいおもちゃを手にしたような嬉しくてはしゃぎたくなるような気持ち。それは本当に新鮮なものである。
 その気持ちを持って入店すると。待合室での
――これからいけないことをするんだ――
 というちょっとした冒険心を掻き立てられる気分。
 そして、出てきた女の子に優しくされたり、普段他の人とできないような話をできる時間を、ほんの短い間だけ味わうことができる。
「お金でその時間を買うんだ」
 という思いが、後ろめたさを消してくれる。
 だが、射精してしまうと、男性は一気にテンションが下がってしまって、冷めた気分になるのも仕方がないこと。それでも、その思いは、脱力感に繋がり、これも微妙に短い時間であるが、「充実感」を抱くことができるのだ。
 しかし、罪悪感が強ければ、その思いを感じたということを理解できない。そのため、後悔が残ってしまうことになるのだ。
 それが、風俗を体験した時の男性の感情ではないかと義之は思っていた。
 つまりは、この一連の感情が生まれるためには、女の子との時間は少なくとも充実していなければいけない。ただ行為として淡々と終わってしまったのでは、本当に虚しさと後悔しか残らない。
 義之も三十歳代くらいまでは、風俗に出かけた。それは、自分に彼女がいる時でも同じだった。
 もちろん、彼女に自分が風俗通いをしているなど言えるはずもない。風俗と恋愛が別だと思っていたからだ。
 その感覚は、義之の時代、結構強かった。香澄の時代に比べても強かっただろう。
 だが、香澄の時代になかったものが、この時代には存在している。それは、
「女性向けの風俗」
 だった。
 確かに、香澄の時代にも「ホストクラブ」と呼ばれる女性向けの店があったが、表向きは性行為ではない。義之の時代は、女性が店に入って、出て行くまでに満足を味わうことができる性風俗が存在する。
 そのお店には、男性のサイボーグだけが女性の相手をした。さすがに人間の男性がその仕事をするには、論議がまとまらず、
「裏風俗」
 としての市民権を得ることができたが、人間の男性が勤めることは許されなかった。
 どうしてそうなったのかは、政治家の連中の頭が固いからだという意見が主流だったが、蓋をあけると、これが結構繁盛していて、客の意見も、
「相手がサイボーグだと思うと、後腐れがないからいいのよ」
 と、結果オーライだった。
 ただ、義之の時代での風俗嬢には、人間もいた。
 比率から言えば、人間の女性が六に対してサイボーグが四というところであろうか。
 店側も、
「サイボーグオンリー」
「サイボーグ嬢はおりません」
「女の子は人間とサイボーグとでは半々です」
 などという表示を表に貼っておくのが義務付けられた。
 人気としては、やはり人間の方が最初はあった。
 その後、事情が少し変わってきたのだがそれは、一人の風俗嬢をモデルにして、風俗サイボーグを作ったことから始まった。
 その風俗サイボーグは試験的に作られたものだったので、宣伝も結構された。何体か作られたが、結構指名が重なって、なかなか指名することができない売れっ子になった。
 客のほとんどは興味本位だった。中には、人間のモデルになった女の子よりも先にサイボーグに相手をしてもらって、その後にモデルの女の子に相手をしてもらうという行動を取る人が多くなった。
 それは、男性なら当然の心境ではないかと思われた。実際に義之も同じ考えだっただろう。
 ただ、サイボーグに相手にしてもらおうという気持ちはなかった。四六時中、仕事や研究でロボットやサイボーグを相手にしているのである。プライベート、しかもストレス解消に、何もサイボーグを指名することなどないだろう。
 義之は、そのつもりはなかったが、偶然相手をしてもらった風俗嬢が、そのモデルの女の子だった。ほとんどの客は指名客で、それも興味本位、聞いてくることは決まっていた。
「どう? 自分をモデルにしたサイボーグの風俗嬢がいるというのは?」
 そのことを、義之に話した。義之が、そのことに触れなかったからである。
「いつもいつも同じ質問。ウンザリだわ」
 義之はこれと言って、何も言わない。ただ聞いているだけだ。
「あなたのように、何も言わずにいてくれる方が私には安心するの。お願い、時々私に会いに来て」
 と言われて、義之もさすがに情が移ってしまった。しばらく彼女の元に通い、一定時間の恋人気分を、お金で買った。
 悪い気分はしなかった。その時の風俗嬢の雰囲気が、実は香澄に似ていた。彼が香澄を好きになったとすれば、この時の感覚まで一緒に移植したからなのかも知れない。
「どうして、風俗に通うんだい?」
 と、同僚に聞かれたことがあった。
 年齢も五十歳を過ぎて、、
「いい年して」
 と言われるかも知れない。
「そんなに寂しいのかい?」
 確かに寂しいという気持ちがないと言えばウソになるが、寂しいから通っているわけではない。むしろ逆だった。
 相手の女の子を愛おしいと思うから通っているのだ。それは情が移っただけなのかも知れない。その思いの強さは、突き詰めれば、憐みを感じていることになる。
 彼女たちが、そんな憐みを嬉しいと思うだろうか? 一緒にいて楽しいという思いは、義之にもある。きっと、義之は自分が寂しいということを自分の中で認めていて、そして納得しているからだろう。
「風俗に通うのに、理由がいるんだったら、俺は行かない」
 義之はそう言いきった。風俗に通うことが好きなのではない。理由もなく、ただ、女の子と一緒にいるだけで、それだけでいい。それをごちゃごちゃ言われるのなら、煩わしくない方を取るだけのことだった。
――別に恋愛感情を抱いているわけじゃないんだ。友達感覚なんだ――
 と、自分に問うてみたが、そう思えば思うほど、愛おしさが増してくる。
 理由がいるのなら行かないと言いきったくせに、すぐに気持ちがぐらついてくる。
 義之は若い頃のように意地を張ることはなくなった。
「この間行かないと言ったじゃないか、ウソつきやがって」
 と、言われたとしても、
「聞き流せばいい」
 とばかりに気にしなければいいのだ。もし、寂しくて通っていたのだとすれば、もっと意地を張ったかも知れない。しかし、寂しいわけではないので、自分にもハッキリと通っている理由が本当に見つからない。そう考えれば、自分が自由であることの証明でもあった。
「ウソついた」
 と言って人から詰られるくらい、何でもないことだった。
「俺って、冷たい人間だ」
 と、日ごろから思っていた。それなのに、この時の風俗嬢と対峙している時だけが、唯一、本当の自分と向き合えるような気がしていた。