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安全装置~堂々巡り②~

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「普通の人間と同じように、好きなものには個人差があってもいいが、嫌いなものや嫌なものは個人差があってはいけない」
 というものだった。
 たいていの人が嫌だと思うことをしっかり『嫌だ』と感じるロボットを作る必要がある。その理由としては、
「たとえば、ガスの臭いのように、危険性のあるものを、危険だと感じさせるためには、それが嫌な臭いなのだという感覚を持たせないと、一気に危険性があるものだとして判断が付かないからだ」
 ということで説明が付く。
 義之の時代のサイボーグ研究にも、やっとそのあたりの考えが一本化されてきた。若干遅い感じもしたが、それまでのロボット開発には、嗅覚や味覚の問題は、すぐに解決させなければいけない緊急性のあるものではなかった。優先順位としては、低い方だったのだ。
 彼にも、嗅覚や味覚に対しての機能は組み込まれていたが、それはほとんど試作品に近いものだった。
「成長していく過程で、彼が自分で開花させてくれれば、これからのロボット研究に、大きな一石を投じることになる」
 と思っていた。
 彼には、随所に似たような発想の機能が組み込まれていた。送り込んだ時の彼の知能だけは高いものだが、それは実用性のないものだ。これからの経験値で、如何様にもなるというものだった。
 それは、彼が一人ではないということだった。香澄と一緒にいることで、どれだけの「成長」が見込めるというのだろう。それを思うと、義之は苦笑いをした。
 彼を送り込んだのは、サイボーグの成長を確かめるのが、最終目的ではなかったはずだ。香澄という人間を彼の目で見て、そして、随時送られてくる、サイボーグからのデータを、いかに解析していくかというのが、本来の目的だったはず。そのためには、なるべく彼には「自由」という発想を与えておく必要がある。もちろんそれは、「基本基準」に準じたところでなければいけないことではあるが……。
 彼は香澄に感じたのは、香水の香りだった。
「どこから香ってくるのか分からない。人間って、匂いを感じる時って、こんな不思議な感覚になるんだ」
 と、彼は感じた。
 もちろん、香澄がつけている香水が、どこから香ってくるか分からないような雰囲気を作り出すことのできるものであり、他の人皆が、そんな香水をつけているわけではない。それが香澄の「センス」であり、やはり色彩や芸術に長けた彼女らしさなのだろうが、彼にそこまで分かるはずもなかった。
 それはもちろん、義之も同じである。
 サイボーグが送ってくるデータに、「匂い」まで送ってくるわけではない。しかし、
「どこから香ってくるのか分からないような匂い」
 という感覚を持ったということは、彼の中に埋め込まれた電子頭脳を解析すれば、容易に分かることだった。
「一体、どんな香りだというんだろう?」
 義之の時代の人間の女性も香水を使っている。
 人間の女性にとって、香水というのは永遠のもので、それを身につける以上、開発者、利用者にとって、永遠のテーマとして尽きることはないだろう。香水というものが、時代に捉われることのないものであるからこそ、無限な発想が生まれ続け、発展を続けていくのだ。
 彼が、香澄を好きだと意識した最初のきっかけが何だったかというと、匂いを感じた時だったのかも知れない。
 そのことは、義之には何となく分かっていた。ただ、本人であるサイボーグには理解できていない。好きになったということすら、自覚するまでには、少し時間が掛かった。
 開発者である義之には、サイボーグの精神的な移り行く過程は、分かっていた。
「どうしたものか?」
 このまま、こちらに送還させ、再度、回路を組み替えようかとも考えたが、そうするには、今までに成長した部分をすべてリセットする必要がある。それは同時に記憶装置もリセットすることになり、香澄との出会いも消してしまうことになるのだ。
「それは嫌だ」
 相手はサイボーグなのに、まるで自分のことのように、すぐに感じた。
「こんな切ない思い、見ているのは辛い」
 ロボットはなるほど、リセットされるかも知れないが、一度香澄と知り合っているという事実に変わりはない。
 何よりも香澄の気持ちを考えると、できることではない。
 義之は、それこそ身を斬られるような思いに苛まれていた。
 いくらロボットとはいえ、自分の気持ちを注入している。
「もし、二人が恋に堕ちたら……」
 などと、ありえない想像をして、微笑ましい感覚になったりもした。
 しかし、そのありえないことが、起こってしまった。
 何がどこで狂ってしまったのか分からない。
「いや、これを狂ったと言えるのだろうか? 自分の中で『ありえない』と思いながら、実は期待していた。彼を設計した時点で、『自由』を前面に押し出して製作するという気持ちが入れ込み過ぎてしまったことで、知らず知らずのうちに、恋愛感情を持つような設計をしてしまったのかも知れない」
 義之の時代には、恋愛感情を持つロボットを製作することは不可能ではなかった。しかし、ロボット倫理学や、人間の倫理から考えて、それはタブーとされた。
「ロボットと人間が愛し合う? そんなことはありえない」
 という発想が主流だった。
 だが、それはロボット研究の先駆者として、長老と言われる時代にそぐわない「元老たち」の戯言に過ぎないと思っている人も少なくないに違いない。
「ナンセンスなんだよね。発想が古すぎるんだよ。ロボットだって今では人間と同じような機能を有し、生殖機能だって人間と変わりはしない。妊娠だってできるし、子孫を残すこともできる」
 と、言いながらも、この意見には続きもあった。
「でも、すべては個人同士の恋愛問題。ロボットに対して恋愛感情など浮かばないというのが大半の人間の考えだろうから、その実現には、まだまだ遠い将来のことで、無限の時間を創造しないといけないんだろうな」
 と言っていた。
 その意見には、その場にいた人ほとんどが同意見だった。
 義之も同じだった。
「人間と人間だって、自由恋愛と言いながら、自分が好きであっても、相手が何も思っていなければ進展しない。それと同じじゃないかな?」
 この時代の風俗嬢には、サイボーグが利用されることも多くなった。恋愛感情を必要としない性風俗産業には、サイボーグが適任だったからだ。
 考えてみれば、それは自然なことだった。
 人間を人間が相手する時代であれば、いくら好きになっても、相手が風俗嬢では、自分の思いを告白できる男子も少なかっただろうし、もし告白しても、自分の立場などから、せっかく目の前に幸福が手を広げているにも関わらず、一歩先に進むことができない人との間での葛藤が繰り広げられていただろう。
 それを思うと、形式的な冷たい関係なのかも知れないが、本来の意味で考えれば、これが一番自然である。そして、
「客と風俗嬢」
 であるがゆえに、心を痛めることもない。ロボット研究は、そういう分野にも大きな社会貢献になっていたのだ。
 では、風俗嬢としてのサイボーグに「感情」はあるのだろうか?
 この問題は難しい。