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安全装置~堂々巡り②~

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 今までに、何体もロボットやサイボーグを作ってきたが、恋愛感情を抱くロボットはありえなかった。確かにロボットの製作段階において、恋愛感情を持つように設計するよりも、持たないように設計する方が難しい。他の感情は持つのである。恋愛感情だけ持たないようにさせるには、感情の絡みを調べ上げ、恋愛感情に結びつきそうなことをシャットアウトするだけの「結界」を作り上げなければならない。だが、義之の時代の科学はそれを可能にした。ほとんど完成品が出来上がっていたと言っても過言ではない。
 特に、自分のサイボーグには感情機能よりも、感情を抑制する機能の方を重要視した。そのはずだったのに、女性を好きになってしまったのだ。
 一つ気になることとすれば、義之自身、五十歳になった今ではそんなこともないが、三十歳代の頃は、自分から好きにならなくとも、相手から好きになられてしまうと、自分の好みではなくとも、
「最初から好きだった」
 という錯覚を起こすことがしばしばあった。途中で勘違いだと気づき、相手を傷つけてしまったことも今までにはあったが、まさか、サイボーグにも同じことが起こったのかも知れない。
――ということは、香澄の方が最初にサイボーグを好きになったということなのか?
 サイボーグは、相手のウソを見抜く力を持っていた。ウソ発見器の力が昔に比べて、相当な確率で精度を高めたことで、ロボットにも今では「オプション組み込み」が可能になっていた。その装備を、彼も備えていた。
 しかも、そのウソというのは、人間の中にある潜在意識の勘違いも、ウソとは別の感覚として感知することができる。だから、もし彼女がロボットだと知らずに好きになったとしても、
――この感覚は彼女の勘違いなんだ――
 と、察知できるはずだった。
 そんな相手をサイボーグは好きになるはずなどないのである。したがって、彼が香澄を好きになる前に、まず、香澄が彼を好きになったのだ。
 しかも、彼がサイボーグだということを分かっていてのことである。
 ここで不思議なことが二つある。
 一つは、サイボーグが相手でも好きになれる女性が本当に存在するのかということだった。
 そして、もう一つは、香澄の時代にはサイボーグという発想はあっても、実際にサイボーグは存在しなかったはず、それなのに、どうして、香澄は彼を違和感なく、受け入れることができたのだろうか?
 どちらにしても、香澄は自分の存在していた時代の中では、特別な存在だったことに違いないようだ。

 義之サイボーグが、香澄と初めて出会ったのは、香澄が先生を目指して教育実習をしていた頃だった。
 香澄はそれまで、男性と付き合ったことはなかった。言い寄ってくる男性は何人かいたが、二人きりになると、身体が拒否反応を起こした。
「私は、男性恐怖症なのかしら?」
 と、思っていたが、同じ恐怖症でも、香澄は暗所恐怖症だった。
 高いところと、狭いところもあまり好きではなかったが、暗いところには、恐怖しかなかった。色彩を重んじる芸術の世界に飛び込んだのは、暗いところが苦手だというコンプレックスがあったからだというのも理由の一つだった。
 義之サイボーグは、香澄がどうして暗いところが苦手なのか分からなかった。彼からすれば、
「暗いところが怖いなら、狭いところも怖い」
 という発想があった。
「どうして、暗いところだけがダメなんだい? 狭いところは大丈夫なんでしょう?」
「ええ、暗いところだけがダメなんです。それに私は狭いところよりも、本当は広い方が怖いと思っているんですよ」
 彼はその話を電子頭脳に掛けて、分析を試みた。
「分からない」
「そうね。あなたの言う通り、閉所恐怖症というのはあっても、広所恐怖症なんてのは聞かないものね。でも、私は無限という言葉に隠されたものの恐ろしさを感じていると思うのよ。狭いところは、圧迫感があるから怖いと感じるんでしょうけど、私の場合は、暗い場所に無限の広さを感じるの。どこまで行っても暗黒から逃れられないようなね。だから暗所は無限と背中合わせのような気がして、恐ろしいの」
「そうなんですね」
 彼は、考え込んでしまった。それまで暗所と閉所を背中合わせだと理解していたが、香澄の話を聞いていると、その内容には十分な説得力がある。
――考え方を改めなければいけない―― 
 と考えた。
 しかも、香澄の声には、安心感があった。それまでに聞いた人間の声とは全然違う。まるで抱きしめながら、包み込まれているような感じだった。
――いや、包み込まれながら、抱きしめられているのかも知れないな――
 同時に感じることでも、どちらを先に感じるかということで、そのニュアンスは微妙に変わってくる。感じる程度に変わりはないが、感じたことに対しての持続性に著しい違いがある気がした。
――最初に抱きしめられて包み込まれる方が、感覚的に持続するような気がする――
 そう感じたのは、香澄と話をしていて、自分がサイボーグであることを忘れさせてくれるからだった。
 サイボーグに自由がないわけではなかった。しかし、どうしても人間と比較すると、自由のなさを感じないわけにはいかなかった。
 ただ、今の彼は、
――サイボーグでなければ人間なのか?
 と思うが、明らかに人間ではない。それは香澄を目の前に話をしていて、自分で一番よく分かっている。
――自分が人間だという気持ちになってしまうと、きっと彼女の前では会話などできないだろうな――
 と、自分がシャイなサイボーグであることを自覚していた。
 それはもちろん、創造主である義之によって、わざと組み込まれた性格だった。義之自身は、さほどシャイではない。サイボーグを作るにあたって、自分の考えや本能を移植したが、その後で、違う箇所をいくつか組み替えたりもしたのだ。
 まったく同じ性格では、義之自身がコントロールできないという思いと、自分が嫌な性格を排除したり、以前から、
「こうであったらよかったのにな」
 という、今ではどうすることもできない憧れる性格を、サイボーグに埋め込んだ。
 ただ、それも些細なところを変えただけだ。人間としての完璧性を求めてしまうと、主従関係が逆転してしまう可能性がある。要するに意志を持っているのだから、成長するにしたがって、自分の意志で逆らうことを選んでしまうと、それは義之にとって、困ったことに陥るからだ。
 彼は、義之がこの世界に送り込んでから、期待通りの成長を続けていた。人間に近い感覚を持つこともできるようになってきた。
 中には、
「成長していくうちに身についてくるような装置を組み込んでおこう」
 という機能も、彼には組み込まれていた。
 その一つが、
「嗅覚の発達」
 であった。
 義之の時代になると、サイボーグに嗅覚や味覚に対しての機能が開発されかかっていた。それはなかなか難しいもので、一番の問題は個人差だった。
「人間のように好き嫌いがあって当然」
 という考えや、
「いや、何でも好きになる機能があればいい」
 という発想の二つが最初に存在したが、この議論はすぐに解決した。