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安全装置~堂々巡り②~

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「ミイラ取りがミイラになったのだ」
 まさか自分の作ったサイボーグが人間を好きになるなんて、想像もしていなかった。
 義之自身、サイボーグを創作する立場でしかサイボーグを見ていない。もちろん、女性サイボーグの設計は、自分好みの女性に仕上げることを基本としているのだが、やはり相手はサイボーグ。分かってしまえば恋愛感情など浮かぶはずはない。そういう意味で、サイボーグに対して恋愛感情を持つことはないということを再認識した。
 しかし、それはただの再認識だけではなかった。
「人間がサイボーグを好きになるなんてことはないんだ」
 という意識は、最初から持っていた。その思いに立ち戻っただけのはずなのに、どこかが違っていた。
 最初は何が違うのか分からなかった。
 サイボーグを好きになることはないという再認識をしてから、女性サイボーグを作ることを止めてしまった。製作したサイボーグを本当は壊してしまえばよかったのだろうが、どうしてもそこまではできなかった。十数体はあるだろうサイボーグは、研究室にある地下室に眠らせている。
「何かのショックで息を吹き返すかも知れない」
 という思いは、恐怖でもあり、どこか期待しているところもあった。
「いや、俺は彼女たちを封印したんだ」
 その十数体は、それぞれ顔も違う。そして、性格的な感覚を持つことができるかも知れないと思い、組み込んだ「学習能力チップ」、いわゆる「スタディ・ダイオード」と呼ばれるものも、それぞれのロボットで微妙に違っていた。
 もっちも「スタディ・ダイオード」は開発経緯の中で、使用用途が違う目的で作っているので、それも当然のことであっただろう。
 そんな彼女たちの中の一人に、義之は恋をしてしまったのだ。
 サイボーグは、最初から恋愛感情を持つことはなかったはずだ。だが、恋愛感情を持つに十分な仕様に「スタディ・ダイオード」は設計されていたことで、彼女も次第に義之に惹かれていった。
 サイボーグはまるで幼女だった。元々感情のなかったものに、感情が芽生えたのだ。生まれたての子供と同じではないか。しかも、元々義之の好みに合わせて「スタディ・ダイオード」を設計しているので、ミイラ取りがミイラになってもそれは無理もないことだった。
 だが、自分がミイラになってしまっては、二進も三進もいかなくなる。すべては自分が創作し、作り上げようとした世界。その世界のコンダクターであり、プロデューサーなのだ。そんな自分が本来を忘れて、舞台に上がってしまっては、収拾がつかなくなる。
 義之は悩んだ。
 義之が悩むと、まわりはもっと混乱する。何しろ、人間は義之一人、まわりはすべて義之によって作られたサイボーグなのだ。
 その時、義之は言い知れぬ孤独感に包まれていた。
「暖かい血が通っているのは俺だけなんだ」
 自分を好きになってくれたサイボーグに罪はない。自分が好きにならなければ相手も何も考えないはずだったからだ。
 自責の念に捉われながら、次第に孤立する自分を感じる。今まで生きてきて、こんな感覚は初めてだった。
 若い頃、人間の女性を好きになって結婚しようと思ったこともあったが、ロボットへの情熱の強さを悟った相手の女性は、自ら身を引いていった。
 いや、そんなきれいごとではなかった。
「あなたには、女性ロボットがお似合いよ」
 痛烈な捨て台詞を吐いて、その女性は義之の前から去っていった。
 別に悲しいとは思わなかった。
「これも仕方がないことだ」
 と思った。
 義之は性格的に、自分に訪れた不幸に対して、
「すべて原因は自分にある」
 と考え、それ以上考えないように、すぐに諦めるようにしていた。一見、潔く見えるが、実は、
「面倒臭いことは嫌い」
 という性格が頭を擡げるからだった。
 要するに、自分を悪者にして自分で勝手に納得することが一番楽だからである。その考えは、
「俺は勝手な言い訳をでっち上げて、逃げているだけなんだ」
 と、思うようにさせた。
 その思いは間違いではない。むしろ一番的を得ている考えだろう。
 的を得ているだけに、
「自分で的を得ているということを感じたくない」
 という思いが心の中にあるのを、さらに封印し、意識しないようにしていることまでは、本人には分かっていなかった。
 義之は、それから女性に対して、人間とロボットの区別がつかなくなってきた。
 ロボット研究者としては、外観を見ただけでそれがロボットなのか人間なのかの区別はついてしまう。ついてしまうだけに、その能力自体に自信がなくなってきた。
 アリの穴のようなちょっとした綻びから、次第に大きくなってくるというのは、人間の習性のようなもので、悩みなどもその一つであろう。
 ロボットに対しての自信をなくしたくないという思いが優先順位としては一番強い。そのために犠牲にするのは、自分が感じる人間と、ロボットの境界線しかなかった。
 意識はしていたが、それが自分の意志によるものなのかどうか、後から考えても分からない。
――他の人やロボットの心理に関しては研究しているのに、自分のこととなると、まったく分からなくなるもんなんだ――
 と、今さらのように、分かっていたはずのことを頭に描いていた。
 人間とロボットに対しての感覚がマヒしてしまうまでは簡単なことだった。
――自分を忘れてしまえばいいんだ――
 と自分に言い聞かせればいいだけのことだった。
 だが、基本は自分中心の生き方をしてきた義之に、自分を忘れるということは難しいことだった。
 その時に感じたのが、
「俺の中にもう一人の人格がいる」
 と、いうことだった。
 これも今さらのように思い出したことであったが、このことに関しては、完全に自分の中から忘れていた。記憶の中に封印していたと言ってもいい。
 このことを忘れていたということが、今回の苦悩を引き起こし、人間とロボットの境界に対しての意識をマヒさせる必要に迫られたのだという理屈に行きつくまで、義之は五年という歳月を費やした。
 つまりは、五十歳になった義之にとって、五年前という月日は、
――消し去ってしまいたい記憶の一つ――
 になってしまったのだ。
 五年前というと微妙な時期である。ついこの間のように思えるが、かなり昔のようにも感じる。
 特に三十歳代を思い出すと、
「まるで昨日のことのようだ」
 と思うことはあっても、五年前のことに対して、昨日のことのように思うことは不可能だった。やはり、自分の中で記憶の中に封印しようとしている意識が働いているからなのだろうが、昨日のことのように思うのが不可能なのは、完全に封印できていない証拠に違いなかった。
「もし、この思いを完全に封印できていれば、自分のサイボーグが人を好きになることもできただろうに」
 と、三十歳の自分で作ったサイボーグに憐みすら感じていた。
 しかし、三十歳というのは外観だけで、考え方や意識は今の自分を移植したと思っていたが、これがそもそもの間違いだった。
 三十歳代の自分のことをまるで昨日のことのように思い出せるという感覚があるのだから、記憶の奥に封印しているわけではなかった。
「身体に合わせた精神を注入しよう」