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予知能力~堂々巡り①~

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 第一印象は、暗さと、暗いくせに蒸し暑さを感じさせるものだった。蒸し暑さは、風がないことで湿気がなくても、湿気を感じさせるほどの、焦りを与えられるもので、気が付けば、体力的にかなりの消耗癇を与えられる。憔悴感が与えられ、時間の感覚がそれまでよりも一気に長く感じさせられ、
「まだ、これだけの時間しか経っていなかったんだ」
 と思うことであろう。
 さらに紫には淫靡な雰囲気もあった。
 淫靡な雰囲気を感じるから、湿気を感じるのか、それとも、湿気を感じることで、陰部に見えるのか、どちらなのかはハッキリしないが、どちらもなのかも知れないと思う。
「その時々で違うんだ」
 と、自分に言い聞かせる時があるくらい、この優先順位を考え始めると、結論を導き出すことが困難を極める。
 紫はさらに、
「原色でありながら、原色ではない要素を持っている」
 と感じている。
 赤や青という色の組み合わせで作り上げられるものだが、沙織は紫を「
「原色だ」
 と思えて仕方がない。
 色のコントラストはいろいろで、光による三原色と、絵の具などによる三原色で、まったく性質が違っている。つまりは、色を発する期限は、一つではなくたくさん要素があるということだ。
 ただ、それもすべてはたった一つのものから与えられるものである。
 それは光であり、光がなければ、色だけではなく、他の何も存在しえないということだ。普段はそんなことを意識することはないが、色を意識する時だけは、
――すべての原点は、光の中にこそある――
 ということを思い知らされる。光がどれだけ偉大なものかということは、色によって証明されるのであった。
 バーに移動してきて、彼がタバコを吸うのを初めて知った。
「タバコ吸ってもいいですか?」
 と、いうのが普通のエチケットなのだろうが、彼の場合は、おもむろに取り出したタバコに火をつけだしたのだ。今までなら、
――何よこの人、失礼ね――
 と思って、露骨に嫌な顔をするのだろうが、その時の彼には嫌な雰囲気は感じなかった。そう思うと、彼が吸い始めたタバコの匂いも嫌なものではなく、どこか懐かしさを感じさせるものとなっていた。
――そうだ、父親のイメージだわ――
 沙織が小学生の途中くらいまで、父親は結構家でタバコを吸っていた。吸うのはリビングでだけだが、それでもタバコの匂いが籠ってしまうのは仕方がないことだった。
 それでも、不思議と嫌な気はしなかった。喫茶店などに入って、いくら禁煙席に座っても、喫煙席から出入りする人がいるので、扉が空いてから閉まるまでの間に漏れてきたタバコの匂いの強烈さには、いつもウンザリさせられていた。
 それなのに、父親の吸うリビングでのタバコだけは、それほど嫌な気はしなかった。どうしてなのか分からなかったが、それだけ父親のイメージがタバコというイメージにすり替わっていたのかも知れない。
 彼のタバコに、小学生の頃に感じた父親のイメージがダブっていた。嫌な気がしなかった原因の一つにそれがあったのは間違いのないことだろう。
 彼のタバコの匂いを嗅いでいると、懐かしさを感じさせることで、話している内容まで信憑性があるものに感じさせられた。
――難しい話をしているのに――
 という思いの中に、
――どこか懐かしい――
 という思いがあることで、彼の話を聞いている自分が、まるで他人事のような感じがしてくるから不思議だった。
 沙織は、自分を他人事のように見ることが時々あった。
 それは、絵を描くようになってからそんな気持ちになることが多かった。絵を描いていると、描いている自分を後ろから見ているような気分にさせられる。そんな時、さらにその後ろに視線を感じる。その瞬間、その視線の主が自分であることに気付かされる。
 それをずっと繰り返して行くと、無限ループに入り込んでしまう。
「堂々巡りを繰り返すことで、袋小路に入り込んだ」
 とでもいうべきであろうか。
 沙織は、香澄先生を思い出していた。
 香澄先生は、一緒にいる時は、
「絶対に離れることのできない人なんだ」
 と思っていたはずなのに、大学入試のためとは言え、しかも自分から離れたくせに、時間が経ってしまってから、自分の方からあらためて近づこうとすると、
「怖くて近寄れない」
 と感じていた。
――何が怖いというのだろう? あれだけ慕っていたはずなのに、香澄先生が変わったとでもいうのだろうか?
 香澄先生のイメージを、ずっと大切に抱いていたのは確かだ。あまりにも大切に抱いていたために、一度隠してしまうと、今度はその箱を開けるのが怖くなる。それはいつの間にか沙織にとっての、
「開けてはいけない『パンドラの匣』になってしまった」
 に違いない。
「『パンドラの匣』っていう言葉知ってる?」
「ええ、知っていますよ。浦島太郎の玉手箱のようなものなのかしらね」
「そうかも知れないわね。でも、その箱を特殊なものだって思っていない?」
「ええ、思います」
「それは違うわ」
「どう違うんですか?」
「その箱は、誰もが持っているものなのよ。そして、一生のうちのどこかで必ず開けることになる。そして、開けてしまったからと言って、それで終わりというわけではなく、それからまた新しい箱ができるのよ」
「じゃあ、その箱もいずれ開けることになるというんですか?」
「ええ、先生はそう思っているわ。もっともこのお話は先生の勝手な妄想なので、信じる信じないはあなたの勝手、一つの考え方だと思ってね」
「ええ、分かりました」
 と、言っていたが、その時沙織は、
――私はその箱を今までに何回開けたのかしら?
 と感じていた。
 当時はまだ高校生の頃、まだまだ子供だと思っていた自分に、先生がここまでの話をしてくれたのは嬉しかった。
 だからこそ、
――私も何度かその箱を開けているのかも知れないわ――
 と感じた。
 自分が感じているよりも、十分に大人に近づいているのではないかと、沙織は感じたのだ。
 沙織が、香澄先生の話を思い出しているのを、目の前にいる彼はどう感じているのだろうか。
 きっと彼には、沙織が考えていることを分かっているような気がするのではないかと思っている。
――そういう意味では、私も彼の気持ちが分かるような気がするわ――
 初めて会ったという感覚が、彼にはなかった。懐かしいというイメージも、
「相手が何を考えているか」
 ということとは結びつかないような気がしていた。
 彼と、特殊能力や超能力の話になったのは、香澄先生のイメージを頭に抱いている時だった。
 色というものが自分の意識の中で、どれほど大きな存在であるかということを悟った気がしていたが、彼が現れたことで、少しまた自分の中の考え方が変わってくるのを感じていた。
――いや、それは少し違う――
 自分が考えていたことを、すべてだと思ってるから、変わったように感じるのだ。以前から分かっていて、それが意識の中で記憶として封印させられているのだとすれば、考え方が変わったわけではなく、
「意識が解放された」
 という思いを抱くこともできる。
「僕がタバコを吸うのって、意外だったでしょう?」
「あ、いえ」