予知能力~堂々巡り①~
「それは、君が一番分かっていると思う。君の中にある常識やモラル。それが自分を許せないんだよ。何かを納得されるのは、他人に対してよりも、自分に対しての方が、何倍も難しいということさ。それを他の人はほとんど意識していない。それはまわりを納得させることだけしか考えていないからね。でも、本当は違うのさ、自分を納得されるということが一番難しいということを、無意識に分かっている証拠なんだよ。だから、冷静になろうとする自分と、どうしても納得することのできない自分の間がジレンマなのさ。でも、その距離は決して遠いわけではない。すぐ近い位置にいるにも関わらずジレンマが深いのは、それが、『交わることのない平行線』を描いているからなんだよ」
その人の話は分かりやすかった。
――ひょっとすると、俺はこの人に洗脳されたのかも知れない――
と、彼の話がプロパガンダだったのではないかと思ったのだ。
そんな彼が入った組織は、本当に雁字搦めの世界だった。
しかし、彼のジレンマに比べれば、それでもマシだった。しかも、信念を持って行動できるところが彼には一番ありがたかった。
彼は自分が孤立していることに気付いていない。
この組織では、構成員の存在はすべて組織に委ねられている。日本国の戸籍や、その人の存在すら、簡単に操作できるだけの組織でもあった。もし、組織にとってその人の存在が不利な要素になった場合、簡単に処分されてしまうだろう。そんな状況で耐えられるとすれば、彼のように「孤立無援」を平気で受け止めることができ、それをさらに自分の中で納得できる人間でなければ、とてもではないが務まらない。
「それなのに」
どうして組織が主人公をつけ狙うのか、彼には分からなかった。
主人公の生い立ちを考えると、どうしてもこの組織に耐えられるものではない。それはどんなにプロパガンダを行っても、彼には通用しないと思っているからだった。
彼は、主人公を何とか組織から救おうと、主人公に近づいた。
最初は、理屈が分からなかった主人公だが、次第に忍び寄る組織の影に、不気味さを感じるようになり、彼の話を無視できなくなった。
「俺が、君の味方になってやる」
という彼を慕うしかなくなってきた主人公も、
「すまない。あなたには迷惑を掛ける」
と言いながら、二人はいろいろな作戦を立て、組織の追及をかわそうとする。
さすがに彼も、組織の人間。どういう作戦で来るかということは、おおよそ分かっていた。
「それにしても」
何とかギリギリのところで、きわどく危機を逃れてきてはいたが、本当に紙一重であった。
かなり精神的にも限界に近いところまで来ていたのは自分でも分かっているし、組織にも分かっているだろう。しかし、それ以上の厳しい責めを行ってくるわけではなかった。
「まるで、俺たちを庇っているかのようにすら見えるのはどうしてなんだろう?」
彼には、それが気になっていた。しかも、組織のことをほとんど知らないはずの主人公にも、漠然としてではあるが、そのことは分かっていた。
「どうしても、君を利用したいと思っているんだろうな」
と、主人公に話をする。
ただ、その時から、主人公の雰囲気が少しずつ変わってきた。
追いつめられているはずなのに、どこか冷静であった。
元々冷静に見えたが、それは心底の冷静さではなかった。
「余裕のない冷静さ」
だったのである。
彼は、主人公が次第に分かららくなってきた。そのうちに彼は気付いたのだ。
――まさか、孤立していたのは、俺だったんじゃないのだろうか?
主人公を救おうとして躍起になっていて気付かなかった。何を気付かなかったのかというと、
「主人公の気持ち」
であった。
最初こそ、孤立だと思っていたが、自分には助けてくれる人が一人現れた。そのおかげで、それまで納得できない自分を孤立していると思っていたが、彼の話を聞いたりしているうちに、納得できないことが次第に納得できるようになってきた。
それは、繋がっていなかった点と点が、線となって繋がった瞬間だった。
彼は自分が孤立したことを感じると、今度は自分が信じられなくなり、頭が混乱してくるのを感じた。
主人公は、それから予知能力を組織の中でさらに正確なものに作り上げることに専念するようになった。
それからしばらくして、主人公が病院を訪れていた。
その病院には一人の男性が入院していた。
「彼の記憶が戻るというのは難しいですね」
というのが医者の見解だった。
「どうしてですか?」
「彼の中には、記憶を戻さないように何か内から力が働いている気がするんですよ。記憶を失った人が記憶を取り戻すには、無意識にでも、本能的なものとして、記憶を戻そうという意志が働かないと難しいんです。彼の場合は、無意識どころか、本能的なものさえ抑えつけようという力が働いています。そんな彼に記憶を取り戻させるのは、却って残酷な気もしてきましてね」
という医者の話を聞いて、主人公は、心の中でニンマリと笑った。
彼と面と向かっても、彼が主人公を覚えているわけもなかった。
もちろん、記憶をすべて失っているわけではない。だが、肝心な部分は皆無だった。自分の過去についてはほとんど覚えていない。家族が死んだこと、秘密組織の存在。そして自分がどうしてここにいるかということも分からない。
だが、医者は言っていた。
「でも、彼は大丈夫だと思います」
「どうしてですか?」
「記憶はなくとも、何か力強いものを彼の中に感じます」
「僕も感じます」
それは研ぎ澄まされた予知能力の感覚がそう言っている。
さらに、主人公が彼を本当に大丈夫だと思っている証拠として、
――彼は、自分を納得させるという意識だけはしっかり持っている――
と感じたことで、
――彼の中にある力強さとして、医者が言ったことに繋がるのだ――
ということを感じるようになってきた。
これが予知能力を持った男の話を描いた映画だったが、沙織にとって印象深いものだった。
最初に感じたのは、自分が予知能力を持っていることでまわりから孤立してしまうことの恐ろしさ。そして、背景は分からないが、いつの間にかプロパガンダに遭っていて、気が付けば、自分を助けようとしてくれた相手に対し、裏切りのような行為をしていた。だが、最後に記憶を失くした男が、本当に幸せなのかどうか、あやふやであったが、それこそ、見た人それぞれの感覚によるものだと思う。
「結局、この映画の主人公ってどっちなのかしらね?」
と、友達と話した時、最後にこの言葉に落ち着いた。
ただ、一つ気になったのは、
「自分を納得させること」
これが、この作品のキーであったことに違いはない。どんな状況であっても、自分の立場がどこにあろうとも、
「自分を納得させることができるか?」
ということが、永遠のテーマに思えて仕方がなかった。
映画のテーマがどこにあったのか今でも曖昧だが、印象深い映画であったことに違いはない。
沙織が色と予知能力について関係があるということに気が付いたのは、学生時代に一人の男の子から声を掛けられた時からだった。
作品名:予知能力~堂々巡り①~ 作家名:森本晃次