予知能力~堂々巡り①~
という意識が強く働いて、考えないようにしている。ひょっとすると、自分の中にいるもう一人の誰かが、妨害工作を取っているのかも知れない。
ただ、鏡に疑問を感じさせたのは沙織本人ではなく、自分の中にいるもう一人、その人だった。
――悟らせておいて、その人が誰なのかを詮索することを妨害するというのは、どういうことなのかしら?
と、考えるようになった。沙織は自分の頭が堂々巡りを繰り返していくことを感じたが、考えてみれば、今までも堂々巡りを繰り返していたような気がする。
――そのことを改めて思い知っただけのことなのかも知れないわ――
と、感じただけであった。
沙織は、三十歳になった今では、すっかり、今の状況に慣れてしまっていた。
義之とは、あれからもずっと会っている。
ただ、付き合っているというわけではなく、さらに、普通の友達でもない。親友という言葉で一つにできないような関係に思えた。いつも一緒にいるというわけではなく、お互いに会いたい時に会っているという感覚だ。
義之は、相変わらず難しい話をしているが、結局は最初に話してくれたことの反復にしかすぎない。
「俺たちは、決して交わることのない関係なんだよ。でも、それは平行線でもなく、離れて行っているわけではない。それは、僕よりも君の方がよく分かっていることなんじゃないかな?」
と、話してくれた。
沙織が自分の身体に疑問を感じるようになったのは、この頃からだった。
肌のところどころに、色が変わってきていることを感じた。それは、鏡に写して分かるものではなかった。自分の目線で、上から下を見下ろした時、ところどころまだらになったいる感覚があったのだ。
病院に行ってみた。自分の主治医ともいうべき先生で、沙織が中学時代からお世話になっていた。
「そうですか。じゃあ、ちょっと診ましょうね」
と言って、身体を外から診てくれた。
「ちょっと、検査をしますので、少し待ってくださいね」
と言って、奥に入ったかと思うと、しばらくして、看護婦が呼びに来た。
そこは、診察室ではあったが、今までの診察室とは少し違っていた。病院とは思えないような装置が置かれていた。まるで時代遅れの大型コンピューターのようなものが置いてあり、その前に、身体を仰向けにして寝台が動く形のCTスキャンのような機械が置かれている。
何となくアンバランスな空間は、骨董品と、新型ロボットが共存している奇妙なイメージだった。
それを見ていると、沙織は少し頭が混乱してくるのを感じた。
――このままなら、思考回路が停止してしまうような気がするわ――
と感じたその時、ある言葉だけはリフレインとして残っていた。
「停止?」
そう、思考回路というのは停止するという感覚ではない。沙織が感じている思考回路というのは、心臓の鼓動と同じで、絶えず動いていないといけないものだと思っていた。停止してしまうとそのまま死を意味するという思いは同じなのである。
しかも、もう一つ同じ感覚を覚えているのだが、それは、
――本人の意識にいかんなく動いている――
ということである。
心臓も、自分から動いていることを意識しているわけではない。それでも、当たり前のように動いていることが、却って心臓の鼓動の方から意識させないようにしているのではないかと思わせるくらいである。
思考回路も同じで、思考回路という存在を、思考回路の方から悟らせないようにしているのではないかと思うようになった。
――ではなぜ、心臓も思考回路も、本人に意識させないようにするのだろうか?
という思いである。
しかもそこには、
「わざわざ」
という言葉のおまけつきだ。
沙織は、義之から聞かされた、
「ロボット工学基本基準」
の話を思い出していた。
彼は、最初あれだけ熱っぽく話をしてくれたが、それ以降、ロボットの話に触れようとはしない。沙織の方も自分から聞くのも何となく照れ臭さがあった時期だったこともあって、お互いに話さなくなると、忘れてしまったかのように、話さなくなった。
今思えば、義之の方から、ロボット基本基準の話に触れないようにしているのかも知れないと思えてきた。
そのせいもあってか、沙織は自分でロボット工学基本基準をテーマにしたようなSF小説を好んで読んだ時期があった。
難しい専門書ほどではないが、いくら小説とはいえ、ロボットの話ともなると、一度読んだくらいでは理解できない。何度も読み直すうちに、
――この小説は、読むことを重ねていく都度、話が横に進展していくような気がするわ――
と、感じるようになってきた。
そして、もう一つ思い出したのが、昔見た映画だった。
国家ぐるみの秘密結社の話だったが、それを思い出すと、
――そういえば、自分には色を感じると何かを予知するという能力があったんだったんじゃなかったかしら?
と、今さらながらに思い出した。
ずっと意識してきたことだったのに、いつの間にか意識しないようになっていた。
何かの能力を発揮するには、自分で何かを意識しなければいけないという発想は、意識する何かが、まるで能力の扉、もしくは箱を開けるカギのようなものではないかと思うようになっていた。
箱を開けるカギは、沙織の場合、「色」である。
だが、色に関して考えてくると、思い出すのはどうしても香澄先生の存在だった。
――私にこの能力を備えることを約束させる何かは、香澄先生との出会いを運命として私に感じさせようとはしなかったのだろうか?
もし、沙織が意識してしまうと、せっかくの能力を発揮できなくなるかも知れない。それが心臓の鼓動や思考回路と同じように、本人に意識させてはいけないという原則が存在したのだろう。
ロボット工学基本基準、その存在は、ロボットが人間における「安全装置」のようなものだった。では、この「原則」は沙織におけるどんな効果をもたらすというのだろうか?
まさか、効果に関しては沙織に対してではなく、まったく別の人に及んでいるということであろうか? そう思うと、発想が勝手に暴走してしまうことを感じてしまう。
暴走させないようにするには、どうすればいいか?
それが、
「本人に意識させない」
ということになるのではないだろうか。
本人が意識してしまうと、発想は横道に逸れて、修復が利かなくなる恐れがある。そのため、この時の意識は、
「本人が意識しなくても、不変であり、寸分狂わぬ脈のように正確に時を刻んでいくしかない。それだけ強靭で、暴走することなく、本人の意識を必要としない形にならなければならないものだった」
ロボット工学基本基準も、同じだった。
ロボットは普段から、基本基準を意識しない。普段から意識してしまうと、必ずどこかで堂々巡りを繰り返し、動けなくなってしまう。
基本基準の三条には、
「自己の身を守らなければならない」
と書かれている。
考えすぎてしまうと、きっとオーバーヒートを起こし、使い物にならないようになるだろう。ロボットは第三条があることで、自分を守ろうとし、思考回路が停止し、さらには、行動までも移さなくなり、まったくの無反応になる。
作品名:予知能力~堂々巡り①~ 作家名:森本晃次