小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

予知能力~堂々巡り①~

INDEX|29ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

「それはあなたが、先生のことを買い被り過ぎているからなのかも知れないわね。というよりも、過度の妄想を先生に対して抱いているのかも知れないわね。先生だって、聖人君子ではないのよ。一人の女性。人を好きになったり、人から好かれたり、当然恋愛感情を浮かべる人もいるでしょう。もう一度冷静になって、先生を一人の人間として見てあげないと、先生が可哀そうだわ」
――先生が可哀そう?
 そんなことを今までに考えたことはなかった。
 最初、香澄先生を先生という立場から、
――自分よりもすべてにおいて、レベルが上だ――
 と思っていた。
 しかし、途中から、お互いに話を重ねるうちに、気持ちが分かってくると、
――お互いに同じレベルなんだわ――
 と思うようになっていた。
 ただ、それが流動的なもので、その瞬間瞬間でシーソーの上と下が入れ替わるような立場であることを意識していなかった。
 香澄先生がそのことを意識していたのかは分からないが、今から思えば、香澄先生には分かっていたように思えてならない。
 実際に沙織が今までに仲が良かったと思っている人とのシーソーの関係は、上下が目まぐるしく入れ替わる仲が多かったことに気が付いていたはずなのに、意識したことがなかった。それは分かっているつもりで認めたくないという思いがあったからに違いない。
「あなたの言う通りなのかも知れないわね」
 沙織は、学生時代と違って、少しずつ素直になっていった。
 香澄先生が死んだと聞いた時、沙織は香澄先生との会話を思い出した。
――そういえば、コウモリの話をしたんだっけ――
 香澄先生が、何度も男に騙されて、最後は自殺するという結末を迎えたと聞いた時、沙織は、
――香澄先生は二重人格なのかしら?
 と感じた。
 しかし、その時に脳裏をよぎったのが、以前香澄先生と話をした時話題に出てきたコウモリの話だった。
 コウモリは二重人格とは違う。
 二重人格の人は、自分が二重人格であるという思いを抱いているいないに関わらず、あまりいい性格だとは思っていないはずだ。
――なるべく知られたくない――
 と感じるだろうし、まず、自分で信じたくないと思っているはずだ。
 しかし、コウモリというのは違う。
 二重人格というのは、性格的な問題なのに対し、コウモリというのは、生態系の問題である。
――持って生まれたもの――
 という意味では同じなのかも知れないが、それを甘んじて受け入れなければいけないのは、コウモリの方だろう。
 直接、自分の死活問題に発展するのが、コウモリという生態系である。
 そこには、
――先祖代々に培われてきた、生きていくためのノウハウ――
 が埋め込まれている。それだけ切実な問題だ。
 香澄先生が、持って生まれた自分の性分にいつ気づいたのかは分からないが、分かったことでそれまでの自分の生き方がすぐに一変したとは考えにくい。そこには出会った相手が大いに影響していることに間違いはないが、その相手が自分にどのような影響を与えるかまで、考慮していなかったのかも知れない。
 コウモリについて考える時、
「事なかれ主義」
 というイメージも浮かんでくる。
「行き当たりばったり」
 とまではいかないが、
 出会った相手に、
「自分は獣だ」
 といったり、
「鳥だ」
 といったりした後、どう対処したかということは、一般には知られていない。
「とりあえず、その場を収める」
 というだけしか、コウモリの生態系は教えてくれていない。
 もちろん、話しには続きがあるのだろうが、沙織が知らないだけなのだろうか?
――香澄先生は知っていたはずだ――
 と思ったが、それなら、余計に香澄先生の行動は理解できない。
 自殺したと聞いて、
「先生らしい」
 とは思ったが、その前後関係がこれ以上曖昧な確証も珍しかった。
――一体、どういうことなのかしら?
 香澄先生に対してのイメージが、高校時代から今までの間の点と点を線で結ぶことは難しいと語っているように思えてならなかった。
「どちらにしても、この話はあなたに対しては、少し重たかったかも知れないけど、事実は事実。時間がかかっても、素直に受け止めてくれることを願っているわ」
 と、最後はしおらしい話で、彼女との会話は、そこで終わったのだった。
 義之との出会いは、それから一か月くらい経ってからのことだった。
 香澄先生の自殺について、自分なりに受け入れられたと思っていた頃のことであった。
 香澄先生のことを理解できるようになってくると、次第に自分の中の香澄先生への想いが薄れていくのを感じた。
 納得できるまで、香澄先生の霊が自分のまわりに燻っていたかのように思えたからだ。
 ただ、沙織は薄れていっているとはいえ、完全に消えてしまうようなことはないと考えていた。
――記憶として一度どこかに格納されて、そして封印されていく――
 と思っていた。
 他の記憶なら、一度も格納されることなく、そのまま封印されるのだろうが、香澄先生への記憶だけは、一度何かに変換してから、封印しなければならない理由があるように思えてならなかった。
 その理由について考えてみたこともあったが、すぐにやめてしまった。
――考えても分かりっこないわ――
 と感じたからである。
 それは、自分の頭の中で、堂々巡りを繰り返すような気がしたからだ。堂々巡りというのは、無限ループと同意語だと思っていた。意識して何かの策を取らない限り、そこから抜け出すことはできない。つまりは、
「まず、意識すること」
 が大切なのだ。
 沙織は、堂々巡りについて、絶えず考えている。
――今、堂々巡りに陥っていないか?
 ということを意識するように心掛けていた。
 もし、その意識が甘くて、堂々巡りに入ってしまったら、自分の考えた意識の元に、今後動けるかどうか、分からないと感じたからだ。
――まるでロボットみたいだわ――
 そう、沙織が義之と出会ったことが、
――本当に偶然ではない――
 と感じたのは、その時、ロボットについて自分でイメージしたからだった。
 義之の口から、
「ロボット工学基本基準」
 と聞かされた時、ドキッとしたような気がした。
 だが、義之の話に入り込んでいたので、自分が自分のことをロボットのようだなどと感じたことを忘れてしまっていた。
 それでも、ロボット工学基本基準やロボットの話には共感できるところが大きかった。もし、少し前に自分をロボットのように感じなくても、義之の話に大いに興味を持ったことに違いはないと思っている。
 義之と話していて、自分が堂々巡りに入り込んでいたことに気付いた。
――何とかしなくては――
 と、普段なら感じるのだが、その時は、さほど危機感を感じなかった。なぜなら、義之が自分の堂々巡りを止めてくれる気がしたからだ。
 一日話をしただけで、堂々巡りから抜け出せたのかどうか、自分では分からない。だが、もう一人の自分が出口を見つけた感覚があるのは事実だった。
――これで抜けられるわ――
 そう感じたのは、義之と出会って、その日に彼の夢を見たからだった。
――夢の中で、あの人が私を堂々巡りから救ってくれる――
 という思いを持った。