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予知能力~堂々巡り①~

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「それはあるスナックでだったんだけども、香澄先生はそこでホステスをされていたの」
「本当にそれは、香澄先生だったの? 他人の空似ということはなかったの?」
 もし、何らかの理由があってスナックに勤めることになったとして、香澄先生の性格から、昔の自分を知っている人とバッタリ出くわしたら、どういう態度を取るだろうか? 沙織の知っている香澄先生であれば、知らぬ存ぜぬを押し通す気がしていた。もし相手が強引に話をしてきても、自分の中のプライドが許さないと思っているからだ。
 自分が噂されていること、そしてその噂がどんな内容なのかということを知っているかどうかは関係ない。スナックのカウンターを挟んで、向こう側にいるということだけで、昔の知り合いに知られたくないというのが、彼女のプライドではないかと思うのだった。
「いえ、香澄先生だったのよ。私が訊ねたら、そうだと答えたもの」
「ええっ、香澄先生が? 信じられないわ」
「私も信じられなかったんだけど、香澄先生は別に悪びれることなく、他のお客さんに対してと同じように私たちに接してくれたわ」
「昔の話とかしたの?」
「昔の話にはならなかったわね。まず、私が昔の話をしたくないと思っていたので、わざわざ先生の方からしてくることもなかったし、お互いに再会を感じはしたけど、結局、それから先は一人のホステスと、一人の客ということだったわ」
「その時、あなたは一人だったの?」
「いいえ、友達と一緒だったんだけどね」
「じゃあ、友達の手前、必要以上なことは言わなかったのかも知れないわね」
「そうかも知れない」
「ところで、香澄先生の雰囲気はかなり違ったんでしょうね?」
「やっぱり、学校の先生と、スナックのホステスとでは、違ったわね。でも、ホステスになった姿を見ると、どこか寂しそうに見えたわね。先生をしていた時のイメージはなかったわ。私が昔のことに触れたくなかったのは、噂のこともあったけど、あまりの豹変ぶりに、何を話題にしていいのか分からなかったからだというのも、本音だったわ」
「私は、高校時代を最後に香澄先生に会っていないので、不思議な感覚だわ」
 と、言って、目を瞑って香澄先生のカウンター姿を思い浮かべてみた。
 するとどうだろう?
 客の側から、香澄先生を想像することはできなかった。その代わり浮かんできたイメージは、カウンター越しに客を見ているイメージだった。完全に自分が香澄先生の「目」になってしまったかのような感覚だったのだ。
――どうしたのかしら?
 と、考えていると、いつの間にか自分の世界に入りこんでしまっているようだった。
「どうしたの?」
 と、彼女から言われるまで、自分の心ここにあらずの状態であったことに気付かなかった。言われて初めて我に返った沙織は、
「えっ?」
 と、夢の世界から現実に引き戻された感覚になってしまった自分をどう表現していいのか分からない。
「話はこれだけでは終わらないのよ」
「まだあるの?」
「ええ、私は結構香澄先生と縁が深いのかも知れないわ」
 と言って、やれやれと言わんばかりに、両肘を曲げて、手の平を上に向け、おどけたような態度を取った。
 たまに取る彼女のおどけた態度がなければ、ここまで嫌な話に付き合わなかったかも知れない。ただ、香澄先生の話を中途半端に終わらせるのは、気持ち悪い気がしたのも事実で、
――早く続きが聞きたい。何をもったいぶっているのよ――
 と、感じていた。
 少し間があってから、彼女が続けた。
「香澄先生、結局最後は亡くなったらしいの」
「えっ?」
 この話には正直、ビックリした。あまりにも話が飛躍しているからだ。
「亡くなったって、まさか自殺?」
 と、聞きながら自殺の信憑性が高いと思いながら、「まさか」という言葉を使った自分に不思議な感覚を覚えた。
 彼女は、今度も一瞬間をおいて、コクリと頷いた。どうやら、香澄先生が亡くなったということを話せば、沙織には自殺だということを一瞬にして悟るだろうという確信めいたものがあったのかも知れない。
 この時、二人の間にピリピリした空気が流れた。初めて真剣な感情になったことで、お互いにやっと話をする側と聞く側のレベルが一緒になったことを示していた。
 今までは、どちらのレベルが高いというわけではなく、その瞬間瞬間で、シーソーが逆転するかのように、レベルの高さがあっちに行ったり、こっちに来たりと、流動的だった。決して均衡が取れるわけではなかったにも関わらず、平衡感覚は保たれていた。そのたび、空気は瞬間瞬間で変わっていったのを、二人には分かっていたようだった。
 意識しなければ、
――二人の間に流れる風――
 だと思ってしまうだろう。
 だが、二人の間にあるのは、密室の中での会話だった。見えない壁が二人のまわりに張り巡らされていて、そこには何者も入り込む隙間はなかったのだ。
 密室での会話は、沙織にとって何度も意識したことがあるものだった。
 彼女に同じ意識があったのかどうか、最初は分からなかったが、話をしているうちに、彼女も感じていたのが分かってきた。彼女が同じことを感じていたからこそ、会話が続いたというものだった。
「でも、先生が自殺なんて、信じられないわ」
 と、思わず口にしてしまってから、
――しまった――
 と沙織は感じた。
 目の前の彼女は、その表情を見て、にやりと笑った。
「何言ってるのよ。本当は信じられないなんて思ってもいないくせに」
 と言われて、沙織はハッとしてしまった。
――やっぱり、見透かされているわ――
「そうね、私らしくないわね」
 彼女はおもむろにこめかみのところの残った髪の毛を触るようにして、
「そういうこと」
 と言って笑った。
――この人は、本当に私を、沙織という一人の女性として見ているのかしら?
 と感じるようになった。
――私の後ろに誰かが見えるとでもいうのかしら?
 霊感の鋭い人は、その人の背後霊も見えるのかも知れない。
 そんなことを今までは考えたことがなかっただけに、まわりに見えない何かがいると思ったことで、背筋に汗が滲んできたのを感じた。
「でも、香澄先生が自殺って、何が原因だったのかしら?」
 香澄先生なら、自殺しても不思議はないと思ったが、逆に先生を自殺に追い込んだ原因に関しては、まったく想像がつかない。
 想像しようと、いろいろ試みるが、どれも香澄先生のキャラからは想像できるものではなかった。
 それは、沙織が香澄先生のことを本当に知らないからなのか、それとも、自分が知っている先生が、離れていたこの数年間で、まったく違う人に変わってしまったからなのか、そちらにしても、死を決意した時の香澄先生の心境を思い図るのは無理なことだった。
「実は、これも噂なんだけど、やはり今度も男に裏切られたことが原因らしいの」
「香澄先生が、同じ失敗を二度もしたということ?」
「二度かどうか分からないわ」
「でも、あの香澄先生が?」
 と、言って口をつぐんでいると、彼女はまた口を開き、