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予知能力~堂々巡り①~

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「香澄先生に正直に話そうかしら?」
 とも考えた。香澄先生なら分かってくれると思ったからだ。
――しかし、もし、香澄先生が、結界という言葉を知っていたとしても、結界が自分たちの間にあることを信じてくれなかったらどうしよう? それこそ玉砕になるではないか――
 と、考えるようになった。
 玉砕には、沙織は耐えられない。
「このまま何も言わずに香澄先生の出方を見守ろう」
 と、沙織は考えた。
 しかし、そのことを考えた時点で、すでに自然消滅は見えていた。それでも、これが沙織の選んだ最善の策だと思えば、諦めもついた。
「香澄先生というのは、あなたにとってそんな存在だったの?」
 と、自分に自答を求めたが、答えが返ってくるはずもない。元より、返事があるとは思わずに訪ねた質問なのだから……。
 想像した通り、二人の間で連絡を取ることはなくなった。思った通りの自然消滅だった。
 後悔はなかった。後悔をしてしまうと、沙織は自分が自分ではなくなってしまうと思ったからだ。
――香澄先生のことは忘れてしまわなければいけないんだろうか?
 という思いもあったが、思い出は消したくなかったので、無理に忘れてしまうことはしなかった。
 その思いが沙織の気を楽にした。
 もしそこで、無理にでも忘れようとしてしまうと、香澄先生以外のことも一気に忘れてしまうのではないかと思ったほどだ。
 自然消滅した時、冷静だったと自分では思っていたが、実はそんなことはなかった。思ったよりも熱くなっていたのは意識の中にあった。
 香澄先生と自然消滅して一年が経ってから、急に香澄先生のことを思い出したことがあった。
 それは夢の中に先生が出てきたからだが、夢の内容は覚えていない。だが、目が覚めて意識がしっかりしてくると、
「香澄先生に対して感じていた感情というのは、一体何だったのかしら?」
 と思った。
 恋愛感情ではない、愛情だったと思っていたが、その愛情というのは、冷静になって考えると、親友とも違う。肉親への愛とも違う。では一体何なのかを考えてみた。
 そこで見つけた一つの結論は、
「自分を写す鏡」
 だったのではないかという思いである。
 香澄先生を見ていて、本当はそこに鏡があるのに気付かず、話をしていたのは、自分の中にいる「もう一人の自分」だったのではないかという思いである。
 鏡というのは、
「忠実に自分を映し出す媒体。ただし、左右対称である」
 というのが定義だと思っていたが、この時の「左右対称」というのが、ミソではないかと思う。
 左右対称が、本当は見えていると思っている部分とは違う自分が映っている。つまり、「人間にもう一つの性格が存在しないということはありえないのではないか」
 という考え方である。
 もし、一つしか性格を持っていない人がいれば、鏡は映し出さないのではないかと思うようになっていた……。
 もちろん、見えているところ以外は、いくつも性格があるとしても、すべて、鏡に写った自分である。
――ということは、鏡の世界というのは、あくまでも、最初に見ている自分主導以外ではありえないのだ――
 ということである。
 香澄先生と自然消滅した理由は、聞きたくないところから、最悪の形で聞かされた。
 中学時代からあまり仲が良くなかった人と、なぜか腐れ縁のように、高校卒業するまで、ずっと同じクラスだった。
 仲が良くないといっても、それは沙織の側に問題があった。
 虫が好く好かないで、友達を決めていたところがあった沙織に、彼女は虫が好かない典型的な相手だった。
 具体的に、どこが嫌だというわけではない。むしろ嫌なところがハッキリしている方が沙織にとっては、アッサリしていて、そのうちに仲が良くなることもあるのだろうが、曖昧な場合は、距離が縮まることはない。完全に平行線を描いてしまって、交わることはない。
 そんな相手なのに、向こうの方はそんな意識はないようで、何かと言うと、沙織に接近したがっている。
 沙織にしてみれば、
――まるで当てつけのようだわ――
 としか感じない。
 何かを言われるたびに、
「この人のいうことを信じる必要なんてないんだわ」
 と思うようにしていたが、そう思えば思うほど、ロクでもない話になった時は、却って気になってしまうのだ。
 特に香澄先生の話を聞いた瞬間、彼女の胸元に掴みかかろうとしている衝動を何とか抑えることができたのは、自分でも信じられないくらいだった。
 いくら自然消滅したとはいえ、今でも慕っていると思っている人である。変な噂で汚されたくないと思うのも当然だった。
「ほら、中学の時の美術の先生覚えている?」
「香澄先生のこと?」
 黙って聞き逃すには、香澄先生の名前は、インパクトが強すぎる。
「そうそう、その香澄先生なんだけど、私たちの卒業とともに、学校辞めたのは知っていた?」
 もちろん、知っている。
「ええ」
「これは、ある筋の噂で聞いたんだけど……」
――ある筋の噂って何よ?
 と心の声は、これ以上ないと思うくらいに、低音になっているのを感じた。
「どうしたっていうの?」
 本当の声はいくら抑えようとしても、いくらかは低い声になる。ただなるべく暗くなるのは避けるようにしたつもりあった。
「香澄先生が辞めたのは、元々、男に裏切られたことが原因だったんだって、それで、そのことが街で噂になりそうだっていうことで、辞めてしまったらしいの。でも、実際には噂になることはなく、ただの一身上の都合ということでの退職だったらしいんだけど、それが、先生が辞めてかなり経ってから、燻っていた噂が残っていたのを、私の知り合いが聞いて、私に教えてくれたのよ」
「余計なことを」
「えっ」
 思わず、本音が出てしまった。
――虫が好かない人の知り合いだけのことはある――
 と言いたいのを必死に堪えた。
 何を今さら、そんな昔のことを蒸し返して何が面白いというのだろうか? 沙織には理解できない。その知り合いという人はきっと香澄先生とは、何んら因果関係などないに違いない。もし、因果関係があるようなら、先生がいなくなった時に噂を流すはずだからである。興味本位の話題に飛びつく「ハイエナ」のようなもので、どこにでも一人はいるタイプの人間である。沙織にとって、もっとも苦手と言ってもいい人間に違いない。
 ただ、その話はそれだけで終わらなかった。そこで終わっていたのなら沙織も、
「余計なことを耳に入れられて、不愉快なだけだわ」
 と、一、二日くらいは、冴えない気分になっていたというだけで、済んでいたことだろう。
「でもね、話はこれだけではないのよ」
 と話に続きがあることを匂わせた時の彼女は、喜々としていて、さっきまでの声のトーンとは明らかに違った。
――こんな声が出せるんだ――
 そう思うほど、狂気に近いものを感じ、背筋がゾッとしたものだ。
 彼女は続ける。
「香澄先生には、私たちの間でも淫乱教師という噂が立っていたんだけど、さすがに私も噂だけで信じていたわけではなかったんだけど、でも、そう思っているところに、私は偶然香澄先生と再会したのよ」
「えっ、一体どこで?」