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予知能力~堂々巡り①~

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 高原から、山間の風景を描きに行った時のことだったように思う。その時まで山間を描くのなら、麓から描くものだと思っていたので、まさか高原から描くことになろうとは思っていなかった。そのことを最初に指摘され、
「沙織さんは、絵を描く時、必ず上からか下からのイメージを持っているでしょう?」
 確かに、同じ高さのものを描く時でも、無意識に上からか、下からの目線に知らず知らずのうちになっていることを、言われて気が付いた。
「人から言われて気付くこともあるんですね?」
 と先生に話すと、
「その通りよ。先生も何度も他の人から指摘されて、今の私になったって思っているの。でも、それも自分が意識していなければいけないことも中にはあって、人から言われて意識し始めることであっても、そのまま通り過ぎてはいけないんだって、思うようになったの」
 と、話してくれた。さらに先生は続ける。
「それにね、人から指摘されたことの方が、しっかりと意識もできるし、記憶にも残るのよ。ずっと前のことであっても、まるで昨日のことのように思えることってあるでしょう? それが、まさしく人に指摘されたことと同じ感覚だったりするのよ」
 先生は、人から指摘されることで、意識と記憶の関係について、おぼろげではあったが、話をしてくれた。
 沙織は、この時のエピソードが、今回話の中に出てきたロボットと、どこかで繋がっているように思えてならない。少なくとも義之のロボットの話を聞いて、おぼろげだった香澄先生からの話を連想したのだ。連想するにはそれなりに、何かの根拠のようなものがなければ成立しないと思えた。
 それにしても、香澄先生のことを思い出すのは久しぶりな気がしたが、思い出してみると、香澄先生のことを、いつも意識しているように思えた。意識と記憶の距離が近いように感じていたと思ったのに、本当は一番遠い存在にしてしまったのは、香澄先生のことだったのだということを、その時、初めて思い知ったような気がした。
 人のことを意識しているのに、意識していないようにすることは今までに何度かあった。
 それは意識してのことであって、嫌いな人の中でも、性が合わない人が多い。
「この人とは生理的に合わない」
 それは自分だけではなく、相手も思っていることであり、それはまず間違いないことだと思っていた。
 そういう相手であれば、作為的に意識していても、意識していないように感じることは可能であった。そういう人でなければできないことだったはずなのに、香澄先生に対しては、作為的ではないのに、意識しながら、意識していないように振る舞うことができた。
 決して、香澄先生が嫌いなわけではないし、性に合わないと思っているわけでもない。むしろ、好きで好きで溜まらないと思った時期もあるくらい、頭の中から離れるなど考えられない存在だった。
 好きで好きで溜まらないと思う時期というのは、一度ではなかった。定期的に感じることであり、驚いたことに、香澄先生と会わなくなり、距離が絶対的に遠くなったと思ってからでも同じ感覚が襲ってきた。
――どうしてなのかしら?
 その時、沙織は自分が男性よりも女性が好きなのではないかと考えたが、実際にはそうではなかった。香澄先生だけが特別だったのだ。
 香澄先生に時々男性的なところを感じる。男性的なところを感じると、急に先生が遠い存在に感じられる。それは一瞬のことであるが、沙織は自分に、男性的なところが一切ないということを意識させられたからだと思っている。
 今までは、女性の中に男性的なところを見つけると、それまで親近感が湧いていた人であっても、急に冷めた気分にさせられたこともあった。だが、香澄先生に限っては逆で、先生に男性的なところを感じたことで、先生に対して距離を感じたと同時に、
「遠くに行かないでほしい」
 という気持ちも同時に芽生え、それが、香澄先生に対しての愛情であると思うようになった。
 その愛情というのは、恋愛感情における愛情と同じものなのかどうか、沙織には分からない。確かにその時は、男性経験はおろか、男性を好きになったことすらなかったからである。男性経験もできた今なら少しはその時の心境は分かるのかも知れないが、年月が経ってしまった今としては、その時の心境を図り知ることはできない。
――ということは、あの時と同じ心境ではないということなのかしら?
 恋愛感情は不変ではなと思っているが、愛情に関しては不変なものだと沙織は思っている。
 それは、どんなに好きな相手であっても、さらには、一度だけでも好きになってしまった相手であっても同じなのではないかと思っている。
 結婚しても、別れる時は別れる。相手に恋愛感情を残しながらでも、離婚してしまう人がいるということを、理解はできないが知っている。
「私は、どうなんだろう?」
 と、考えてみたが、まだ結婚したいと思うような人に出会ってもいない今、考えてみること自体、無駄な時間だと思っていた。
 香澄先生とは、自然消滅だった。
「近づきすぎてしまうと、相手を意識するあまり、圧迫感を感じ、それ以上の接近ができないと思うあまり、後退もできず、その場にじっとしていることが却って焦りをもたらすことになってしまい、一種のパニックに陥ってしまう」
 と、沙織は考えたことがあった。
 もっとうまい付き合い方はあったのだろうが、まだ中学生の沙織である。香澄先生にしても、教師としての立場や、女性同士ということに抵抗があったかのように思えた。むしろ、女性同士ということに抵抗を感じていなかったのは、生徒だった沙織の方だった。
 香澄先生から絵についていろいろ教えてもらっていた時、ちょうど、先生は失恋した後だったという。実際には、その後、以前付き合っていた人と、
「元の鞘に収まった」
 ということだった。
 最初に知り合ってから、少しして、香澄先生の態度が豹変したことがあったが、それが元鞘に収まった時だったようだ。
 もちろん、子供の沙織にそこまで分かるはずもない。
 香澄先生の話は、態度が豹変しても、変わることはなかった。
――人間が変わったわけではないんだものね――
 もし、ここで露骨に態度が変わったり、話が支離滅裂だったりすると、沙織は相手を信用しただろうか?
 だが、最近の沙織は、そんな相手であっても、信用したかも知れないと思うようになった。
――私は、人間臭い人は嫌いではない――
 と思うようになっていた。
 この時の沙織が考えていた「人間臭さ」とは、
――我慢しない人――
 という意味である。
 思ったことを思ったように口にしたり、言葉をオブラートに包まない人は、我慢することを自分から拒否しているように思える。
「人は、時には相手のためや、まわりの人のために我慢しなければいけないものなのよ」
 と、不特定多数の人から言われてきた。学校の先生から言われたこともあれば、親から言われたこともある。言葉にしなくても、態度や雰囲気で、
――無言の忠告――
 をする人もいた。
――たぶん、この話をされるんだろうな?
 と、思うタイミングで言われることが多かった。それだけ、この言葉を発する時というのは、パターンがあるのだろう。