予知能力~堂々巡り①~
確かにロボット工学基本基準は、人間に対して言いなりになることを示している。あくまでも中心は人間であり、人間の害になるものは、抹殺されても構わないという発想である。
ただ、ロボットは、人間にできないような強い力を必要とする作業をこなすための冷静さ、そして強靭さを要求される。基本基準では、その部分にしっかりと触れている、もし、自分がロボットだったら、承服できるだろうか?
「俺、最近ロボットの気持ちが分かるような気がしてきたんですよ」
ふいに、義之の声が聞こえてきた気がした。
義之と別れた記憶は残っている。するとこれは夢なのだろうか?
だが、寝ていて目が覚めた。時計を見れば午前三時。あれからまた寝入ってしまったということであれば、今感じているというのは、夢の中ということになる。
――そういえば、昨日、別れた時の記憶が曖昧だったが、今から思えば、義之はまだ何か言いたげだったような気がしていたわ――
と感じていた。
彼の熱弁は、時間を感じさせることなく、あっという間に過ぎて行った。だが、そういえば途中で、奥歯にモノが挟まったような気がしていたが、それもすっかり忘れてしまうほどの会話だった。
あの時、義之に色を感じた気がした。
――何色だったのだろう?
赤でなかったことは確かだった。
――緑掛かった黄色だったような気がする――
沙織の中では、優先順位的には大きなものだっただろう。
色の優先順位は、大きくなればなるほど、緊急性や危険性を孕んでいるような気がする。緑に近い黄色ということは、危険度のレベルからすれば、結構高いものだ。その気持ちがあるから、夢に見ているのかも知れない。
さらに夢の中だということで、これが予知能力に繋がっている可能性も高い。元々、義之との出会いも、疑問のままではないか。
義之が夢の中に出てきて、ロボットの話題を出す。そこに不自然さはなかった。さっきの会話の続きのようで、沙織には違和感がなかった。
「ロボットの気持ちが分かるというのは、『意志を持った』ロボットということですか?」
「そういうことになるね。さっき俺が話したように、ロボットというのは、まだ自分で意志を持つところまでは行っていないので、分かるというのも、おかしなものだよね」
義之は照れ笑いをしているが、それは自分の発言についての照れ笑いではない。笑ってはいるが、目は真剣だ。口にした言葉の気持ちにウソはないようだ。
――照れ笑いはフェイクなのかも知れないわね――
彼に裏表はないと、ずっと思っていたが、小賢しい真似くらいはできるようだ。彼の話は、最初こそ唐突で、
――この人はどんな人なんだろう?
と思っていたが、話をしていると、沙織は自分の考えと似ていることに気が付いた。似ているというよりも、
「共鳴できる」
というところである。
似ていることよりも、共鳴できる方が、よほど会話に花が咲く。似ているだけでは相手の気持ちの奥を見ることができても、その先を見ることはおろか、見ようとすることも思いつかないに違いないからだ。
夢の中に出てきた義之は、さっきまで会話していた義之とほとんど変わらない。夢であるということを意識さえしなければ、現実だとずっと思っていたことだろう。
やはり、それは共鳴できる話題があるからではないだろうか。常々心理の奥の方で燻っていた感覚が、義之の登場で、現実化している。それだけ、今まで心を開いて会話ができる人がまわりにいなかったという証拠でもあるのだが、沙織の中で口惜しさがあった。
その口惜しさは、今まで自分のまわりに心を開いて話ができる人がいなかったからではない。そのことに今まで意識がなかったことだ。
無意識には感じていたのだろうが、意識していなかったということは、心の中で自分から、感情を封印していたのだろう。
――封印していた感情は、どこに行ってしまうのだろう?
自分の感情をしまいこんでおく場所には限界があるはずだ。
優先順位を自分の中で考えて、削除していくのだろうか? それとも、古い順から削除していくのだろうか?
予知能力を感じるようになってから、「未来」ということに意識を感じるようになった。未来というものは、限界がないという考えを持っている。つまり無限ということだ。それは前提として、
――まだ見も知らぬことだから――
という意識があるからだが、義之と会話をしていて、少し感覚が変わってきた。
「未来というのは、確かに無限の可能性があるが、それは、未来永劫という永遠的な考えではなく、気付かないところに結界があり、そこから外には出れないものだ」
という発想である。
結界をぶち破ることができるかどうかは分からないが、実際、未来について考える人はいても、真剣に想像できる人はまずいない。
「自分のことも分からないくせに、まわりの未来のことが分かるわけはないんだ」
という発想が、根底にあるからだろう。
確かに、自分のことも分からない。当然、分かるわけがないのだ。そこには、
「まわりがあっての自分だ」
という意識があるからだ。
まずは、まわりを固めてから自分を見つめるという発想なのだが、それは、さっきの発想とは矛盾している。
では、どちらが、奥深いところにあるのかというと、それは先に自分のことを考える方であろう。
――本音と建て前――
という考えでいくのなら、自分のことを先に考えるのが本音であり、建て前としては、まわりのことから先に考えるのではないかと沙織は思っている。
だが、きっと他の人とこの話をするとすれば、逆のことをいうのではないだろうか?
人間は、先にまわりのことを考えるのが正しいと思っている。
「自分のことよりまわりのこと」
と考える方が、体裁としてはよく見えるし、何と言っても気が楽である。
何かあっても、最終的に他人のせいにしてしまえば、自分が傷つくことはないという考えである。
「逃げ」といえば、逃げであるが、「人間」だと言えなくもない。だからこそ、本質は逆にあるのだろうと、沙織は考えるのだった。
沙織は夢の中で再会した義之とどんな会話になるのか、ワクワクしていた。
それが、自分が感じている予知能力に対して、考え方を深めていくことになり、さらに少し歪んだ考えになることをまだ分かっていなかった。
夢の中に出てきた義之は、沙織に微笑みかけている。その笑みが何を意味しているのか、沙織は心の中で笑みを返すことで理解しようとしているようだった。ここから先、義之を自分がどういう目で見ながら、そして、ひいては、同じ視線で自分を見返すことができるのか、そのことにワクワクしているのだった。
第三章 堂々巡りのキー
「俺、最近ロボットの気持ちが分かるような気がしてきたんですよ」
この言葉にどんな意味があるというのだろう?
一緒にいる時には、こんな言葉を発するような雰囲気はなかった。雰囲気に変わりはないのに、言葉を聞いて違和感があったことで、これが夢だとすぐに悟ったのだが、確かに何かを言いかけていたことを思い出した時、そのことと何か関係があるように思えて仕方がなかった。
作品名:予知能力~堂々巡り①~ 作家名:森本晃次