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予知能力~堂々巡り①~

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「ええ、そうです。でも、ロボットに対して主は、疑問を持った。最終的に助かったとしても、自分の命令に従わなかったこと。そして、本来の警護という任務が、結果論として助かったというだけで、全うされなかったことで、ロボットを壊しても構わないという発想になる」
「ロボットからすれば、溜まったものではないですよね。完全な誤解だったわけで、しかも、自分の中にあるロボット基本基準の機能は、主が埋め込んだもののはずだから、自分を怖そうとするのは、あまりにも虫が良すぎることになりますよね」
「はい」
「でも、それでも、ロボットは壊されることを拒めない。第三条で、自分の身は確かに自分で守るということを謳っていますが、それも、第一条、第二条に違反しない場合だけです」
 さらに、まくしたてるように義之は続ける。
「ロボットは第二条に違反したことになっている。主からすれば、ロボットには自己防衛の権利はないという判断になりますね」
「……」
 沙織は黙って、俯いていた。
 明らかにロボットに対して自分が同情していることが分かっているからだ。
――どうして、こんな気持ちになったのかしら?
 今までの沙織は、自分が人に対して同情することは、偽善だと思っていた。同情することで余計な気を回すことは自分にとって、損になること、それなのに、相手がロボットで、しかも、想像上のことである。
――いや、逆に想像している架空の状態だから、同情できるのかも知れない――
 彼の話を聞いていて、それだけ人間が理不尽なのかを思い知らされた気がする。
 そもそも、沙織は人間が好きではなかった。孤独が自分には似合うと思っていて、孤独を寂しいとは思わなかったのは、それが原因だと思っている。
 沙織は、義之の話を聞きながら、自分の中にも、
「ロボット基本基準が埋め込まれているのではないか」
 という錯覚に陥っていた。
 そんな沙織を見ながら、今度は唇を歪めることもなく、義之はじっと見つめている。
「大丈夫ですか?」
「えっ?」
「かなり顔色が悪いようですが」
 と、義之に言われて、初めて自分の意識が虚ろになっていたことに気が付いた。
「少し、顔が熱いです」
 頬に手をやると、今までにあまり感じたことのないほどの熱さを感じた。
「風邪ではないですか?」
「そういえば寒気もします」
「俺が、引き留めちゃったかな?」
「ところで、義之さんの方は大丈夫ですか?」
「ええ、だいぶいいです」
 と言って、義之が時計を見ると、午後八時を回っていた。
「もうこんな時間だ。すみません。拙い話で長々と」
「いえ、私も聞いてみたい話だったので、よかったと思います」
 少し話が中途半端だったこともあり、それは義之にも分かっていたようで、
「今度、またお話の続きをさせてください」
「ぜひ」
 と言って、二人は連絡先を交換した。
 普段であれば、連絡先を交換するなど、初めて会った人に対しては考えられなかったが、沙織の中で彼との出会いで、何かのスイッチが入ったような感じになっていた。
――スイッチが入った? さっきロボットの話をしたから、そんな気分になったのかも知れないわ――
 と思わず、二コリとなった沙織だった。
「ロボットのことをこれからも、沙織さんは意識し続けていくような気がしますね」
 と、義之は言った。
「誰のせいなんでしょうね?」
 と悪戯っぽく言ったが、
「俺のせいだよね」
 と、言って、義之は、初めて声を出して笑った。
 その表情は今までに感じた彼への表情にさらに、もう一つ違ったものを感じさせた。それはまるで、
――一皮剥けた――
 と言えばいいだろう。
 再会を楽しみにしながら、沙織はその日一日が終わったことを感じていた。
――一日の終わりを感じるなんて、今までになかったわね――
 と感じていた。
 部屋に戻ると、いつものようにすぐに眠たくなってしまうことはなかったが、気が付けば眠っていた。
「もう、朝なのかしら?」
 と思って時計を見ると、まだ夜中の三時だった。
 夜中の三時に目が覚めることは、今までにも時々あった。何か夢を見ていた意識はあるのだが、どんな夢なのか、まったく分からない。
 楽しい夢だったのか、怖い夢だったのかというのも、普段なら分かるはずなのに、その時は、どちらだったのかということも分からなかった。
 その時、部屋はキチンと閉め切っていたはずなのに、どこからか、すきま風が入り込んでくるのを感じた。
――おかしいわね――
 寒気がしていた時だったので、余計に身体に重たさを感じ、寒いにも関わらず、身体の奥から汗が滲み出てくるのを感じていた。
――本当に風邪を引いたのかしら?
 前の日までは、そんな兆候はまったくなかったはずだった。それなのに、入ってくるはずのないすきま風を感じたり、寒いのに、汗が滲んでくるのを感じたり、時間も真夜中ということで、心細さを感じていた。
 沙織は目が覚めてくるにしたがって、昨夜のことを思い出していた。
――ロボット工学基本基準だなんて、一体どうしたのかしら?
 沙織は、自分の中に失われた記憶があることに、以前から気が付いていた。そんな時、「ロボット工学基本基準」という言葉を聞いた時、失われた記憶があることに確信めいたものを感じていた。
――いつ聞いたんだっけ?
 初めて聞くはずの言葉を、疑いもなく、以前にも聞いたことがあると感じ、「いつ」を思い出そうとするのだから、失われた記憶に対して確信を持ったとしても、それは当然のことである。
 その言葉もただ聞いたというだけのものではなかった。
――まるで、本当に自分の心の中に埋め込まれているかのようだった――
 という感情があった。
 それにしても、義之という人は、どうしてあそこまでロボットのことを語れるんだろう? だが、二人の話の中で、ロボットの側から見ていたのは沙織の方だと義之は指摘した。
 ロボットの側から見ているという意識はなかった。
 ただ、義之が人間の側から見ているように見えたことで、
――私がロボットの側から見なければ――
 と感じたのだった。
 冷静に考えてみれば、義之は別に人間の側から見ていたわけではなかった。それなのに、どうしてロボットの側から見ないといけないと感じたのか、自分でも分からない。
 きっと、ロボット工学基本基準を聞いて、ロボットに同情したのかも知れない。
――ロボットは意志を持ってはいけないんだ――
 と、無意識に感じた。
 しかし、考えてみれば、なまじ意志を持つと、その分「責任」というのも生まれてくる。「責任」をこなせる人はいいが、こなせない人には重荷でしかない。そういう意味では意志を持たずに、命令だけを忠実にこなしているロボットは、人間社会の中で揉まれている人間から見れば、却って羨ましく見えるのではないだろうか。
 ロボット側から見れば、
「人間になりたい」
 と思っているかも知れないが、
 人間の側から見れば、
「ロボットになりたい」
 と思っている人も少なくはないだろう。
 ロボットというのは、言いなりになるだけが、本当にロボットなのだろうか?