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予知能力~堂々巡り①~

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 高校時代までは、友達といっても、皆受験を控えていて、ピリピリしている。もちろん、沙織もそうなのだが、どうしても、重苦しい空気がまわりを包み、重苦しい空気は一人一人の動きを滑稽に見せる。
――まるで油の切れたゼンマイのおもちゃ――
 を思わせた。
 最初はゼンマイのおもちゃを想像していたが、すぐに違うものに発想が変わった。それは、
「傀儡人形」
 であった。
 見えない糸に操られるように動いている。しかも、皆バラバラに見えていて、
――実はそこに規則性が感じられる――
 と感じるまでに、それほど時間が掛からなかった。
 それは、最初からぎこちなさを傀儡人形をイメージさせると思ったのなら、感じることのできなかったことのように思う。
 そう感じてくると、傀儡人形のぎこちない規則性に、「段階」があるということに気が付いた。
 規則性とは、滑らかな動きに感じるものとは明らかに違う。滑稽な動きの中に、メリハリがあり、そのメリハリにはすべて意味があるという考え方である。
 そんなことを考えていると、まるで沙織が何を考えているのか分かっているのように、すかさず、義之が声を挟んだ。
「心理学の勉強している時にですね。一緒にロボット工学の研究をしている教授とも知り合ったんですよ。心理学の教授とは、仲がいいみたいで、話が合うからと言っていましたが、二人を見ていると以心伝心で、お互いに思っていることが分かるのではないかと思うくらいでした」
 沙織には、今までそんなことを感じた相手は香澄先生くらいであろうか。
 だが、香澄先生に対しても、最後の結界を超えようとは思わない。結界は超えるというほど生易しいものではなく、
「ぶち破る」
 というくらいの気持ちがなければ、越えられるものではないと思っている。
――人と人の気持ちの間に結界が存在する――
 と、最初は沙織は思っていた。
 それは結界という言葉をただの壁としてしか見ていなかったからである。
――相手に見られない。相手を見ることができない。それは「知らぬが仏」に違いない――
 という考え方だった。
 その時、沙織は言い知れぬ恐怖に駆られた。
 相手から見られないのはいいとして、見ることができないことへの恐怖だった。いくら「知らぬが仏」だとはいえ、壁の存在を意識してしまえば、自分が相手との間だけに壁を作っているのではなく、まわり全体に壁を作っているように思えてくるからだった。
 閉所恐怖症が頭を擡げる。そして、そこがどこだか分からない恐怖に駆られ、暗黒の世界を創造してしまう。
 そうなると、今度は暗所への恐怖が湧いてきて、恐怖の連鎖反応の恐ろしさを思い知らされるのだった。
 そこまで一瞬にして考えたのだろう。その間に会話はなかった。
 会話がなかったからといって、大きな間があったわけではない。それだけ考えが一瞬だったからであって。
――この感覚、どこかで――
 と感じたが、それが夢の中の感覚だということを起きてから感じた思いであることに、さすがすぐには気付かなかった。
「ロボット工学というのは、傀儡人形から発達していることを、最初に志す人間は感じることで、入っていくものなんだけど、その思いは一瞬にして忘れ去られてしまうんだよ。本当は忘れているわけではなく、記憶に封印されるだけなんだけどね。でも、そのことを思い出せない人はどうしても、ある一点から先、前に進むことはできない。そこで堂々巡りを繰り返してしまうんだ。それを乗り越えることができた人間だけが、ロボット工学という言葉の真の意味を知るんじゃないかな?」
「その意味というのは?」
「実は僕もその壁を乗り越えられなかった一人なので、ハッキリとは分からない。でも、壁が存在して、その前で堂々巡りを繰り返していたということだけは、分かっているんだよ」
「その理屈だけは分かっているですね」
「そうなんだ。ロボット工学の研究者としての先にはいけなかったけど、心理学の方は続けていたので、心理学の面から、その時の自分の心境を、そして、ロボット工学についての段階というものがおぼろげながらに分かってきて、そのことは決して忘れることはないように思えているんだ」
 それにしても、学生時代にアメリカに留学し、心理学だけではなく、ロボット工学にまで食指を伸ばしたこの男に、沙織は興味が湧かないわけはなかった。
――この人とこれからもずっと会話を続けていけば、どうなるんだろう?
 お互いにどこまで接近するか、試してみたい思いは満々だった。その接近が、恋愛感情に繋がるものなのか、それとも、途中からお互いが、
「交わることのない平行線」
 になるということに気付くのだろうか?
 それとも、お互いに離れることのできない関係であることに、気付くのか。
 それぞれに重なっているところはあるが、決して同じ感情ではない。これも、相手に対して感じる感情の「段階」なのではないかと感じた。
 そして、これが他の人に感じることと同じであることは感じていた。それなのに、なぜか義之にだけはまったく別の感情が浮かんでくるのを感じていた。
「ロボット工学に関しては、途中で断念することになったけど、でも、勉強して無駄ではなかった。なぜなら、ロボットというのは、意志を持たないものだというのが、根底にあると思うんだけど、それは誰でも同じことだよね?」
「そうですね。少なくとも私も、同じことを想っています。誰もがその思いに疑いを持つことなどないと思いますよ」
「でも、その発想があるからこそ、SF小説などが成り立つんだよね。ロボット物の小説や映画は、意志を持たないロボットが感情を持ってしまったら? という発想でしょう?」
 確かにその通りだが、今の義之の話を聞いて、
――おや?
 という不思議な気持ちになった。
 義之は、微妙に「意志」という言葉と「感情」という言葉を使い分けた。最初は不思議な気持ちがどこから来るのか分からなかったが、分かってくると、
――この人がロボット工学の話をしたのは、このことが言いたかったからなのかも知れないわ――
 と感じた。
 沙織は義之の話が、自分の心の中に土足で入り込んできていることを分かっていた。だが、その中に、
――嫌だ――
 という感情はない。どちらかというと、くすぐったい気持ちになり、
――彼の心に触れているのではないか――
 と思っている部分が、自分の中で敏感になってきていることに気が付いた。
 さらに、義之は続けた。
「ロボット工学について研究していると、『孤独』と『寂しさ』の違いについて、考えさせられたんだよ」
「どういうことですか?」
 義之が言いたいと思っていることは、分かっているような気がしたが、言葉にして聞いてみると、本当に同じことなのか、どこか違っているのではないかと思うようになっていた。
「ロボットの相手をしていると、自分が一人ではないという錯覚を覚えることがあるんだ」
「それは仕方がないことでは?」
「いや、俺の場合は、今まで親友というものを持ったことがない。実は今もそうなんだけど、腹を割って話ができる人がいないんだ。もちろん、相手が女性であっても同じことで、だから今まで恋愛をしたという経験もない」