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予知能力~堂々巡り①~

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「河村さんは、どうしてあの場所に?」
「実は僕も、なぜあそこで倒れていたのか分からないんです」
「あの場所は、ご存じだったんですか?」
「ええ、あそこは知っています。でも、今日の行動に関しては、なぜ自分があそこにいたのか、そして、あんなに衰弱したようになっていたのかというのが、どうしても思い出せないんです」
「ついさっきのことですよ?」
「ええ、そうなんですよね。でも、あなたにも経験ありませんか? 急に目が覚めると、自分がどうしてそこにいるのか分からない時というのが」
「私には、あまりそんな経験はないですね」
「そうですか。俺の場合は、何度かあるんですよ。気が付けば、なぜか想像していなかった場所にいるんですよね。でも、その場所は知らない場所ではないし、しかも、目が覚めた時はいつもさっきのように憔悴しきったようになっていることが多いんです」
「失礼ですが、病院には?」
「一度だけ行ったことがあります。精神的なことではないかって言われましたけどね。あまり頻繁に起こるようなら、精神科の医者を紹介するとも言われました」
「精神科には行かれたんですか?」
「いえ、それはまだですね。行こうという意志はあるんですが、どうしても、病院の手前まで行って、どうしてもそこから先に進むことはできないんですよ。ここから先に進んでしまったら、戻ってこれないような気がしてですね」
 彼の気持ちが分からないわけではなかった。
 沙織には、似たような経験があるわけではないが、彼の話には、すべて納得できる気がした。
 それは、信じられる、信じられないという考えとは別にであるが、納得できてしまうことに対して、沙織はその納得に逆らうことはできなかった。
 沙織も、以前自分が精神科に行かなければいけないのではないかということを感じたことがあった。
 すぐにその状態は治ったのだが、それが躁鬱症への入り口だということに気付かされたのは、高校時代のことだった。
 それ以降、何度か躁鬱状態を繰り返したことがあったが、学校を卒業してからは、そんなことはなくなってきた。
――治ったのかしら?
 と思ったが、
「治ったわけではないわよ」
 という心の声を聞いた気がした。そして、さらに心の声は、
「あなたは、躁鬱症とこれからもずっと長い付き合いになるのよ。今はその準備期間のようなものなの」
 と言っていた。
 自分の中にもう一人自分がいて、自分に話しかけてくる。
 こんな恐ろしいことを想像してしまったのも、夢にもう一人の自分が出てきたからだ。
 もう一人の自分が、想像できっこない表情を浮かべ、こちらに睨みを利かせている。その睨みには笑みが含まれていることが怖いのだ。
 笑みは、睨みよりも恐ろしい時がある。
 そのことを知ったのは、夢でもう一人の自分を見たのが最初ではなかった。
――一体いつだったのだろう?
 と、思い起してみたが、
――そうだ、あの時――
 夢で見た時よりも、前だったという意識があったので、夢に見たのは、高校に入ってからなのかも知れない。
 その時というのは、中学時代、絵を描いていた時、ずっと一緒にいた香澄先生といる時のことだった。
 香澄先生と一緒に絵を描きに行った時、二人きりで山の中に入って行った。それまで寂しさや孤独が何たるかなど知らなかった沙織が、二人とはいえ、自然に抱かれた山の中にいることは自由とともに、恐怖を植え込まれたような気分にさせられた。
――頼れる人は香澄先生ただ一人――
 そう思っていた香澄先生の表情は、いつも冷静だった。
 笑顔を作っているのは分かるのだが、その中に引きつったような表情が浮かんでいた。
――どうしてなの?
 と、香澄先生に助けを求めるような表情をしたはずのその時、帰ってきた表情は、まさに笑みの中に感じた恐ろしさだった。
 その時初めて、沙織は、寂しさと孤独の違いを感じた。
――寂しさはないけど、孤独を感じる――
 それまで一人が怖いなどということを感じたことがなかったが、まさか慕っている相手から、恐怖を与えられるなど、思ってもいなかった。
――怖い――
 香澄先生に対して感じた恐怖は、それからしばらく消えなかったが、同じ恐怖をそれ以降感じることはなかった。香澄先生に対しても、他の人に対してもである。
――ここまでの怖い思いは、少々のことでは感じることはないはず――
 それ以降感じなかったのは、当然のことなのかも知れない。
 それでも、忘れる時は訪れた。
 忘れてしまったのか、記憶の奥に封印したのかは分からないが、沙織は自分では忘れてしまったと思っていた。そう思う方がいくらか楽だったが、実際には、自分では納得できていなかったことに、気付いていなかったのだ。
 だから、今回、彼の顔を見て恐怖を感じても、それは香澄先生に対しての想いとは違って、
「違う種類の恐怖だ」
 と思うようになっていた。
 義之の話は唐突なことが多かった。
「俺は、学生時代にアメリカに行っていたことがあるんだけど、その時に心理学について勉強していたことがあるんですよ」
「それはすごいです。留学されていたんですか?」
「はい、二年ほど、アトランタからすっと奥に入った田舎だったんですが、そこに通っていましたね。留学と言っても、田舎の大学ですから、勉強のための留学というほどではかたんですが」
「でも、私には難しくて分かりません」
 と沙織が言うと、
「そうですか? 沙織さんを見ていると、心理学に興味がありそうに見えますけど?」
 一瞬、心の奥を見透かされた気がした。
 しかし、すぐに冷静になって、
「そうですか? 難しいと思っているせいか、どうにも近づきがたいと思っているだけなのかも知れないとは思いますが、でもどうして、義之さんは私が心理学に興味を持っていると思われたんですか?」
「心理学というよりも、何か超常現象のようなものに興味があるように思えてですね。私が心理学という言葉を口にした時、自分の気持ちの中にある超常現象への思いと、心理学という言葉がシンクロしたんじゃないですか?」
 まさしくその通りだった。心理学という言葉を聞いた時、気持ちの中で何かに共鳴する気がしたが、それが何なのか分からなかった。
 いや、分からなかったわけではない。冷静になって考えれば、明らかなことであっても、普段から考えていることでなければ、発想が浮かんできたことに疑問を感じるのではないだろうか。それは否定ではない。自分な発想の中における
――浮かべなくてもいい発想――
 だと感じたことに違いない。
 沙織は時々、
――もっと、学生時代に勉強しておけばよかった――
 と思うことがある。
 この感情は、大学に入学する前に、よく耳にしていたことだ。親戚のお兄さんからも言われたことだったが、
「私は、そんな後悔しないわよ」
 と言ったが、自分が発した言葉の中でも、自分としては、かなりの確率で自信が持てる言葉だった。
 それがどうだろう。入学して半年もしないうちに、すっかり勉強するという気持ちは失せていた。
――こんなに楽しいことがたくさんあるなんて――
 それまでと一番大きな違いは、
「仲間がたくさんいること」
 だった。