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予知能力~堂々巡り①~

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 もし、この時、この男性と目が合わなければ声を掛けることなどなかっただろう。いや、もし目が合っていたとしても、すぐに目を逸らしていたに違いなかったはずなのに、声を掛けてしまうことになってしまったのは、目を逸らすことができなかったからだ。それまでずっとうな垂れていて、生きているか死んでいるか分からないほどに衰弱して見えた男性が、急に顔を上げてこちらを見つめたのだ。
 思わず身構えても遅かった。見上げられた時の目力は、うな垂れていた姿からは、想像もできないほどだった。
 沙織は男をそのままにしておくわけにはいかず、少しでも回復するのを待って、元気になったのを見届けてから、その場所を立ち去ろうと思った。そんな中途半端な状態にしておくことは、まず自分が納得しないと思ったからだ。
 最初は、本当に呼吸をしているのかと思うほどの衰弱ぶりだったが、次第に呼吸が荒くなってきた。普通なら荒くなってくる呼吸が心配になるのだが、この時は、呼吸をしているだけでも安心感があった。
 そのうちに呼吸が整ってくるに違いないことが分かったからだ。
 沙織の思った通り、呼吸が落ち着いてくると、それまで上げることのできなかった顔が少しずつ上向き加減になってくるのが分かった。彼の方でも沙織の存在が気になってきた証拠だろう。
 沙織は自分が彼に興味を持ち始めてきたことに気が付いた。
――元気になってくれれば、それでいいの――
 と思っていただけだったが、元気になってくるのが分かると、どうしてあの場所にいたのか、どうしてあんなに衰弱していたのかなど、興味が湧いてきた。
 それは彼に対しての感情というよりも、あくまでも興味本位。
――そのことを知ってどうする?
 という気持ちもあるが、ここまで来て何も知らないというのも、やはり中途半端である。この男に対して知れば知るほど中途半端な気持ちになってくるということを、この時にはまだ気が付いていなかった。
――本当は病院に連れていかなければいけないのかも知れない――
 と感じたが、彼の顔色を見る限り、病院に連れていくまではないような気がした。もちろん、自分の興味本位の気持ちが中途半端になってしまうことが分かっているからだが、
「病院、行かなくて大丈夫ですか?」
 と聞いてみたが、彼はそれを手で制した。それでも、もっと強くいうべきなのだろうが、それ以上しつこくする気はサラサラなかったのだ。
 首から上だけでも動かせるようになってからは、回復が早くなったような気がする。それまで微動だにしなかった身体を、少しずつでも動かそうとしているのが分かった。
 腰が持ち上がったのが分かると、
「どこか、喫茶店にでも行きましょうか?」
 と、声を掛けると、彼はすでに自由に動かせるようになった首から上をこちらに向けて、ニッコリとした表情を浮かべた。
――この顔、どこかで見たことがあるような――
 と、感じたが、思い出せない。
――他人の空似かも知れないわ――
 と、すぐに自分の感覚を否定し、すぐに笑顔を見せた沙織に対し、彼は何とか立ち上がろうとしていた。
「肩を貸しますよ」
「すみません」
 と、今まで貸したことのない肩を、見ず知らずの、しかも怪しげな男に貸す自分を、沙織は不思議で仕方がなかった。
「私は、このあたりはあまり知らないんですよ。どこかお店、ご存じですか?」
 まったく知らないわけではなかったが、この時間にどこかのお店に入ったことなどなかったので、とりあえず、彼がこのあたりを知っているのかどうかを探るという意味でも聞いてみた。
「じゃあ、私が案内します」
 と言って、彼のナビの元、ゆっくりと歩を進めた。まるで二人三脚のようで歩きにくかったが、却って店までの距離を感じないのではないかと感じていた。
――やっぱり、この人は、このあたりにゆかりのある人なんだわ――
 縁もゆかりもない人が、店の前で、まるで行き倒れのように倒れているというのは、あまり考えにくいことだった。
 最初は、カフェかファミレスのようなところに案内してくれるのだろうと思っていたが、彼が案内してくれたのは、昔からある純喫茶だった。
 店の雰囲気は、
――夜になると、スナックになるのではないか?
 と思えるような場所で、懐かしさというよりも、
――一度も来たことがないはずなのに、前から知っているような感じがする――
 というものだった。
 スナックには何度か行ったことがあるので、この店が夜になると、スナックになるのを想像して、
――前にも来たことがあるような――
 という感覚になったのかも知れない。
 そう思って、再度この男性の顔を見ると、またしても、
――前にも会ったことがあるような――
 と感じた。
 それは、この店に雰囲気があまりにもマッチしたように感じたからだ。
 店の雰囲気も、彼に対してもイメージとしては中途半端だったが、こうやってマッチしたのを感じてみると、彼が、スナックが似合う人であることが分かった。
 その時にさらに不思議な感覚が沙織にはあった。
 それは、自分が入ったことがないはずのスナックのカウンターの中から、店を見渡している光景が、瞼の裏に浮かんでいたことである。
――一体、どうしたというの?
 そう思って想像の中で、カウンターを見渡してみた。
 そうすると、目の前のこの男性が、背筋を若干丸めて、カウンターの一番奥に座っているのが見えた気がした。
 彼は、決して顔を上げようとしない。ちょうどさっきのうな垂れた表情をそのままに、カウンターのテーブルの上をじっと見つめている。
 沙織は、少しじれったい気分になった。
 他に客がいようがいまいが関係ない。沙織に見えているのは彼だけだったのだ。
――一体、この男性は何者?
 という気持ちが頭の中にあるのは間違いのないことなのだが、その気持ちよりも、彼に対してのじれったい気持ちが強くなっていて、自分が何を考えているのか分からなくなってきた。
――冷静に考えることができなくなる瞬間というのが、人にはある――
 ということを常々意識していた沙織だったが、今がその時であることを、なぜか意識できなかった。
 それだけ冷静でいなかった証拠ではあるが、
――冷静になれない時はどうすればいいのか?
 ということを前から考えたことがあったが、その時の感覚のまま、自分に従うことを決めていた沙織だった。
 その考えというのは、
――冷静になれない時は、その時に感じている自分の感覚を信じて、思ったままに突っ走るしかない――
 というものであった。
 冷静になれないのだから、いくら考えようとしても、結局は考えが堂々巡りを繰り返し、袋小路に入ってしまうしかないのだ。
「私は小池沙織って言います」
「俺は、河村義之って言います。先ほどは気に掛けてくださってありがとうございます。おかげで助かりました」
 そう言って、お冷を口に持っていって、少しだけ喉に流し込んでいた。その姿は、
――こんなにおいしそうに、お冷を飲むのを見るのは久しぶりな気がするわ――
 と感じるほどだった。
 お冷の一口で、さらに顔色が良くなってくるように思えるのは錯覚なのかどうか、自分でもよく分からなかった。