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三度目に分裂

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「そうだね。思想という意味では、偏っているかも知れないね。でも、そんなに過激な連中がいるわけではないので、目立つことではないと思う。世の中で、偏った考えの連中を嫌う兆候があるけど、それはあくまでも過激な連中に対してのことであって、でも、ほとんどの人はそうは取ってくれない。考えの偏った連中すべてが、過激なんだって思われてしまうのは、心外なんだ」
「集団心理のなせる業というところでしょうか?」
「ええ、そこで心の中に秘めている他人に対しての優位性が顔を出すんじゃないかな?」
「どういうことですか?」
「集団心理というのは、自分の中にある何かが表に出てきても、分からないものなんだ。一人の時は表に出さないようにしようと思っていても、集団意識のために感情がマヒしてくると、無意識に隠そうとしていた感情が表に出てきてしまう。しかも、皆も同じような感覚だと思うと、さらに感覚がマヒしてしまう。だから、僕は集団意識は恐ろしいと思うし、嫌いなんだ」
「まったく同意見ですね。普通に最初からまわりに対しての優位性を隠そうとしない方がよほど罪がないように思えますよね」
「そもそも他人に対しての優位性に罪なんてないのさ。逆に他人に対しての優位性がなければ、僕は人間としての存在価値すらないと思うんだ。動物のように本能で生きていれば、優位性は本能に含まれているだろう。人間の場合は本能でその優位性を隠そうとする。他の動物と比べて、恥じらいや隠そうとすることは格段に多い。それが人間だけが進化を遂げてきた原因なのかも知れないが、本能を忘れてしまうとどうなるか、分かるかい?」
「分からないよ」
「人間だけなんだよね。欲得で殺し合うのは。要するに、感覚がマヒしてくるんだよ。いろいろなことを隠そうとしたりするのが、無意識になってくるとね」
 そう言って、苦笑いをした。
 信治は、その言葉を噛みしめながら、本能という言葉を頭の中で反復し、何度も頭を下げていた。
 大学に入った信治は、いきなりサークルを探そうとは思わなかった。大学に入って芸術のサークルに入りたいという思いを抱いていたことは事実であり、その思いが、毎日の受験勉強への活力になったことは事実だった。
 しかし、実際に入学してしまうと、その脱力感も半端ではなかった。それだけ一生懸命だったのだろうが、脱力感はしばらくの間、負の要素しか生まなかった。
――何か大切なことを犠牲にしてきたのではないだろうか?
 この思いが一番強かった。
 何と言っても思春期の時代である。欲望を封印して、孤独を愛することを活力にし、勤しんだと言えば、自慰行為だった。自慰行為に対しても、納得させることはできたはずなのに、大学に入学してみると、またしても浮かんでくる罪悪感。
――どうしたっていうんだ。まるでデジャブじゃないか――
 罪悪感を抱いていた時期がまるで昨日のことのように思い起こされる。
 すると、せっかく大学に入学したにも関わらず、まだ勉強しないといけないという思いに苛まれていた。起きている時はまだマシなのだが、夢に出てくるのは、高校時代の夢、一生懸命に勉強している自分が思い浮かび、次第に他人事のように思えてくる。
 夢は一種類ではなかった。
 ある日見た夢は、一生懸命に勉強している自分の目の前を、大学に入学したクラスメイトの連中が、バカ騒ぎをしている。目の前にまだ勉強している連中がたくさんいるにも関わらず、それを知ってか知らずかお構いなしだ。
――何て礼儀をわきまえない連中なんだ――
 と思いながら、
――やっぱりあいつらと同類でよかった――
 と思う。
 そのくせ、自分だけがまだ勉強しなければならない事態を受け入れることができない。そう思うと、目が覚めた。
 実際には、信治は無事に志望校に入学できた。受験直前まで、
「君のこの成績なら大丈夫だ」
 と、学校の先生からも予備校の先生からも太鼓判を押されていた。
 しかし、それが余計なプレッシャーにもなっていた。家族や先生の目は、
「合格間違いなし」
 を信じて疑わない。これ以上のプレッシャーがあるものか。
 しかも、お約束のごとく、「見事に」入学できてしまうと、今度は何事もなかったかのように皆が覚めてくるのが見て取れた。入学祝をしてくれたり、先生から
「よくやった」
 と言われても、それは、
「当たり前」
 という言葉が前提にあるのだ。
 それを思うと、自分がまわりから踊らされていたことに気づかされる。
――何てことだ。他人とは違うという覆いを抱いて、まわりに関わらないようにしてきた自分が、まわりに踊らされてしまっていたなんて――
 我に返ったとは、まさにこのことだろう。
 紛れもなく自分の実力で入学できたはずなのに、まわりからは、
「家族やまわりの人の応援があったから、入学できたのよ」
 と、まるでドラマの中のセリフのようなことを言われるが、完全に興ざめするだけだ。
――大学受験って何だったんだろう?
 確かに、合格がゴールではないのだが、ここまで打ちのめされてしまうと、何のために合格したのか、悩んでしまう。
 それでも、もうこれで必死になって勉強する必要もない。プレッシャーに圧し潰される自分を想像しながら生活することもない。それだけは嬉しかった。
 そう思うと、気持ちに余裕も生まれてきた。ここで生まれてきた余裕は、最初に感じたまわりに踊らされていたことへの苦悩を包み込むものであった。大学に入ると、それまでのプレッシャーから解き放たれた解放感から、甘い誘惑に負けてしまう人がたくさんいるが、信治には甘い誘惑に負けるということはなかった。
 だが、大学に入学すると、脱力感は半端なく、負の要素を払拭するまでには、少し時間が掛かった。しかし、一度払拭してしまうと、残ったのは「余裕」であった。受験の時期になかった余裕、入学しても、思い知らされたまわりの目、とても気持ちに余裕など持てるはずはなかった。そのうちに大学に入学したら入りたいと思っていた芸術関係のサークルへの想いは、次第に薄れていったのだった。
――独学でやってみるかな?
 本屋に行って、絵の描き方の本を、何冊か買ってきて、いろいろと読んでみた。読みながら実際に自分でも描いてみたが、どうにも納得のいくものが描けるわけではなかった。
「やっぱり、どこかのサークルに所属しないとダメかな?」
 所属してみたいサークルがあるわけでもなく、ウロウロしていた。やはり、それでも時間を費やしてまで参加してみたいと思うサークルは存在しない。
 そのうちに、
――そうだ、サークルに入れば、誰かと関わることになり、集団行動の中で、自由も制限される――
 という当たり前のことに、今更ながら気が付いた。
――どうして気づかなかったんだろう?
 それだけ大学に入ってからの脱力感が、自分の中の思考能力をマヒさせていたのかも知れないと感じた。
 サークルへの興味は一気に薄れてきた。やはり、自分には独学が向いているのだ。
 考えてみれば、コンクールに応募したり、ましてやプロになろうなどと思っているわけではない。孤独を愛しているその代償は、限界にあるということを信治は理解していた。
 だから、高望みするわけではない。
作品名:三度目に分裂 作家名:森本晃次