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三度目に分裂

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「キリがないと思ってしまうと、発想はそこで止まってしまうよな。そういう意味ではお前の言っていることは間違っていないような気がする。三段論法のように、一つでも構わないのに余計なことをするのは、石橋を叩いて渡るということわざを実践しようとして、石橋を叩いて壊したために、その弁償を言われたのと同じだ。まわりの人は助かったかも知れないが、自分だけが損をしてしまう。これって理不尽じゃないのかな?」
「僕は三段論法を理不尽とまでは言っていません。ただ、必要以上のことをするのが、本当にいいのかどうか、それが信憑性や自分への納得とどうかかわっていくかということに掛かってくるような気がします」
「『過ぎたるは及ばざるがごとし』ということかな?」
「そういうことでしょうね」
「それにしても、どうしたんだい? 今までの君とはまるで別人のようじゃないか。そんなに自分に自信が持てるやつだったかな?」
 と言って、先輩はニヤニヤ笑った。
 その表情は明らかに、
――一皮剥けた後輩――
 を見ているかのようだった。
 本当は、そのことを指摘されたくないという思いはあったが、それでも、自分の中にみなぎっている今までになかったような発想を表に出さないわけにはいかなかった。吐き出すことの快感を覚えたと言ってもいいだろう。
――今日の自分は、本当の自分なのだろうか?
 先輩と別れてから家に帰りつくまで、ずっと考えていた信治だった……。

                  三度目の……

 先輩と何度か会って、三度目が友香との出会いだった。
 あれから半年ほど経ったが、先輩から誘いはなかった。一度目から三度目までは、そんなに間が開くことはなかったのに、まさかあれから半年も何も音沙汰がないなど、想像もしていなかった。
 いつも誘いは先輩から、このパターンだけは崩さないようにしようと思っていたので、半年何ら連絡がなくて気にはなっていても、連絡してみようとは思わなかった。
 だが、ちょうど半年が経つと、急に考えが変わった。
――やはり連絡してみないと、何も分からない――
 気になっていることを放っておくのは、考えてみれば、先輩にはありえないことだった。信治が先輩を気にして連絡を取っても、何ら問題はない。ただ、気が変わった一番の原因は、
――どうしてもパターンを崩したくない――
 という思いに風穴が空いたからだ。
 そもそも、どうしてそんな風に思ったのかということも忘れてしまっていて、近い将来、パターンを崩したくないと思っていたことすら、忘れてしまいそうな気がして仕方がなかったのだ。
 携帯のアドレス帳を見ると、
――そういえば、僕の方から連絡したこと、なかったな――
 先輩のアドレスを開いたという意識がなかったからだ。
 連絡を取り合うのは、まず先輩の方から連絡があるので、発信履歴にも残っていない。すべてが着信だった。
 先輩と一緒にいる時は、それが普通だと思っていた。
 考えてみれば、友達もいない自分に電話が掛かってくることもなければ、ましてや自分から掛けることもない。発信履歴が、そのことを序実に物語っている。
 さすがに自分から誰かに連絡を取るのは度胸のいることだった。
 少し考えてから、連絡を入れてみた。
「トゥルルルル、トゥルルルル……」
 三度目か四度目のコールまでは、それほど怖くはなかったが、五度、六度とコールが重なるごとに、気になって行った。
 ここまで待たされて、急に出られると、待たされただけにいきなり感が拭い切れない。さらに、
――このまま、出なかったらどうしよう――
 という思いと、
――このまま出てくれない方が、気が楽だ――
 という思いが交錯した。
 後者は、完全に「逃げ」なのだが、その時は何とか自分を正当化させなければいけなかった。なぜなら、この電話に、結局先輩が出ることはなかったからだ。
 何度か連絡を取ってみたが、やっと五回目くらいで相手が出た。
「もしもし」
 相手の声は怯えていた。
――えっ?
「先輩?」
 というと、相手もビックリして、
「違います」
 と言って、いきなり電話を切った。
 電話番号に間違いはないはずだ。過去の着信履歴をリダイアルしているのだから。一体何があったというのだろう。
 大学で、先輩の知り合いという人に話を聞いてみた。
「そういえば、あいつ、ずっと大学に来ていないけど、どうしたんだろうな?」
 知り合いというその人は、先輩と同じゼミなので、ゼミの先生に話を聞いてくれることになった。
「ああ、彼は退学したようだよ」
「えっ? どういうことなんですか?」
「詳しいことは私も知らないので、大学の庶務課に聞いてみよう」
 と言って訊ねてもらった。
 すると、教授は神妙な顔をして戻ってきて、
「どうやら、本人死亡による家族からの退学申請があったようです。お二人はお友達で連絡が取れないのであれば、私の方からご家族に連絡を取っていますが、どうします?」
「お願いします」
 それから少し経って、
「庶務課の方から連絡先を教えてもいいということだったので、実家の電話をお教えしますので、後は自分たちで連絡してみてください」
「ありがとうございます」
 いろいろ骨を折ってくれた教授に礼を言って、また協力してくれた先輩の知り合いにも礼を言い、さっそく先輩の実家に連絡を取ってみた。
「実はね。あの子、三か月前に死んだの」
「えっ」
 という衝撃的な返事が返ってきた。
「どうしてですか? 病気か何かで?」
「いえ、交通事故だったんですけどね。歩いているところを車が後ろから突っ込んできたみたいで……」
 それ以上は、さすがに電話では聞けなかった。
 こうなったら、先輩の実家に赴いて、仏壇に手を合わせて、話を聞くしかなかった。ここから先輩の実家までは、日帰りでも行ける場所。翌日さっそく出かけてみた。
 先輩の母親は、思ったよりも若くて綺麗だった。先輩の家は、両親が先輩の高校の時に離婚し、母親と二人で暮らしたのは先輩が高校時代だけ。先輩の話では、大学を卒業したら、なるべく母親の家から通える会社に就職したいと言っていたっけ。そんな話も思い出していた。
 そのことを話すと、
「そう、あの子がそんなことを言っていたの。知らなかったわ」
 と言って、涙を流した。
「あの子は真田さんのことも、帰ってきた時、よく話してくれていたわ。事故に遭った時も、ちょうど私のところに来ていてくれたの。私が少し体調を崩していたので、そのお見舞いと、よくなるまで、いてくれると言ってくれて、嬉しかったわ」
「どれくらい滞在するつもりだったんでしょうね?」
「一か月はいるって言ってたわ。その間に私もよくならないといけないって話をしていたのを思い出してね」
「先輩は僕のことも話してくれていたんですね」
「ええ、真田さんは自分の難しい話をよく聞いてくれるって、そして、彼には彼の考えがあるので、自分も勉強になるって言っていたわ。そして、真田さんが自分とよく似たところがあるんだって、そのことを力説していたの。私もそんな真田さんに会ってみたいと思ったわ。もちろん、息子と一緒にね。でも、それは叶わなかった。辛いけど、仕方のないことだわ」
作品名:三度目に分裂 作家名:森本晃次