三度目に分裂
しかし、期待があるということは、その裏には不安が蠢いているのも分かっていた。だが、その不安とは、
――自分が最後に罪悪感に苛まれたらどうしよう――
という思いで、期待に比べれば、ほとんど何でもないことだった。
しかし、女の子との時間が短くなってくるにしたがって襲ってくる思いが罪悪感であることを思うと、無視できないものでもあった。
その思いが、
――この待合室の時間を、なるべく楽しみたい――
という思いにも繋がっていた。
だから、期待感を大いに盛り上げて、緊張も心地よさに変えたかった。そんな思いを抱いている時に限って、いきなり突然襲ってくるのが、楽しい時間の終焉だった。
「お客様、お待たせしました。カーテンの向こうに女の子が控えています。ごゆっくりお楽しみください」
と言って、スタッフが送り出してくれた。
「初めまして、友香です。今日はよろしくお願いします」
そう言って、信治の手を取って、お部屋まで招いてくれた。
「どうぞ、こちらのお部屋です」
中を覗くと、暗い部屋に簡易ベッドの横に服を入れるかごが置かれていた。その奥に小さな冷蔵庫があり、その上にハッキリは見えなかったが、何かいろいろ置かれていたような気がする。
「いらっしゃいまっせ。今日はご指名ありがとうございます」
と、信治を入り口に立たせたまま、三つ指をついて挨拶をした。一瞬恐縮した信治だったが、言葉の後に初めて見せた彼女の笑顔にドキッとしたものを感じた。
――写真ではあんなに緊張して見えたのに――
笑顔の彼女は薄暗い部屋をパッと明るくしてくれたような気がした。
信治は無言で立ち竦んでいると、またしても笑顔で、
「どうぞ、こちらです」
と言って、信治を部屋に導いてくれた。
この部屋に連れてきてくれた時もそうだったのだが、友香が信治を導いてくれる時は、手を握るわけではなく、信治の背中に彼女の手を添えてくれて、優しく押してくれるような感じだった。
――こういうのを癒しっていうのかな?
手を繋いだり、腕を組まれる方が、本当であれば、恋人気分でドキドキするものなのかも知れないが、友香は敢えてそんなことをせずに、やさしく背中を押してくれていた。
――恋人気分というよりも、お姉さんのような感覚だな――
と感じた。
「お客様は何てお呼びすればいいですか?」
「名前かい?」
「ええ、もちろん、本名を言わなくてもいいですよ。ニックネームのようなものがあればいいんです」
いつも一人でいる自分にニックネームなどあるはずもない。しいて言えば小学生のお低学年の頃、言われていたあの呼び方くらいか……。
「ノブって言われていたかな?」
それを聞くと、友香の表情はさらに崩れ、笑顔が増したような感じだった。
「じゃあ、ノブ君って呼ぶね」
「ええ、そうしてください」
「さん」ではなく「君」と呼ばれるのは嬉しかった。さっき感じた
――お姉さんのような雰囲気――
がまたしても、信治をドキドキさせた。いや、まだドキドキというよりもワクワクというべきであろうか。いきなりドキドキするよりも、ワクワクがあってドキドキする感覚の方が嬉しい。それは、前から思っていたことだったはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていることに気が付いた。
「着ているものを脱いでいきましょうね」
と言って、脱ぐ時、友香は手伝ってくれた。
最初見た時、ベビードールのような衣装を着ていた友香は、いつの間にかすべてを脱いでいて、、あとは信治を脱がせるだけになっていた。
――いつの間に脱いだのだろう?
そんなことにも気づかなかったほど、緊張していたということなのか、信治は、どうやら友香に主導権を握られているかのようだった。
すべてを脱ぐと、
「シャワーに行きましょう」
シャワールームでは、身体を丹念に洗ってくれる。
「ごめんなさいね。うちは高級店というわけではないので、マットのサービスはないんですよ」
と言っていたが、
「いいですよ。実は風俗に来るのは初めてなので、あまりいろいろあっても戸惑うばかりだと思っていたので」
と言ってあげた。
本音を言うと、
「ソープといえば、マット」
というイメージがあったのも事実、だから正直、
――あれ?
と思ったりもしたが、友香に謝られる理由もなかった。
逆に考えれば、余計なプレイがない分、
――時間を有意義に使えるというものだ――
とも感じた。
友香は、そんな信治の気持ちを知ってか知らずか、自分の仕事をこなしていた。シャワーの暖かさが次第に身体にしみついてくると、
「じゃあ、お風呂に入りましょう」
と言って二人で湯船に浸かった。その時から、ソープとしてのサービスが本格的に開始されるのであった。
時間としては、九十分のコースなので、十分にあると思っている。だが、先輩が一言待合室で言っていたのを思い出した。
「時間があると思っていると、後半はあっという間にすぎるので、何がしたいのか、何を望むのかというのを、ある程度考えながらいるといいよ」
と言っていた。
部屋に時計もあり、気にしながらだったので、最初の十分は、自分が考えていたよりも長く感じた。
――これだったら、先輩の言っていたことも僕には当てはまらないかも知れないな――
と感じたが、次の十分では、最初の感覚よりも長いのは長かったが、最初の十分に比べると、若干短く感じられた。
――時間というのは生きているんだ――
こんなことを感じたのは、過去にもあったような気がした。
誰かを待っているのだが、その人は本当に来てくれるのかどうか分からない。意識としては、来てくれないような気がする。その可能性が限りなく高かった。
しかし、来てくれないという可能性はゼロではない。だから果てしなく待ち続けた。
――あれっていつのことだったのだろう? そして相手は誰だったのか?
近いはずの記憶なのに、ハッキリと分からない。信治は、自分の記憶が曖昧な時がたまにあることを思いながら、友香に身体を任せていたのだ。
お風呂で身体が温まると、ベッドへと移動した。
友香は先に信治をベッドに行かせて、自分の身体を丁寧に洗ってから、ベッドへと後から入ってきた。
すでにリラックスしていた信治の身体に、きめ細かい肌がまとわりついてくる。
――こんなに気持ちいいなんて――
とうっとりしていると、友香は身体中を舐めてくれた。甘い吐息が漏れる空気の中、乾いた身体にすでに汗が滲んできそうな気がして、またしても、胸の鼓動が高鳴っていた。
「あぁ、友香さん……」
自分の声にドキッとしていた。唇が身体中を這った後、いよいよ血液の充満した下半身へと移ってくる。
一生懸命に尽くしてくれる友香を見ていると、身を任せている自分がまるで殿様になったかのような気分になってくる。身体の奥からはみ出してくる快感だけではなく、精神的にも支配欲を感じさせると、
――友香と密着したい――
と感じた。
せっかくの奉仕をしばし放棄して、友香の身体を抱き寄せて、肌の密着の間になるべく空気が入らないように、貪るように友香を抱きしめた。友香も身体をくねらせて、信治に協力してくれる。
「あぅ、ノブ君」