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三度目に分裂

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「私は、誰か男性がそばにいてくれないとどうもダメなの。実は最近、失恋しちゃって、そのことを思い知ったのよ。失恋してから、最初はこの寂しさを、彼一人に感じさせられているのかと思っていたけど、実は、彼でなくても、私の気持ちを満たしてくれる人がいるんじゃないかと思うようになったの。その人に彼氏になってというつもりまではないんだけど、でも、身体と気持ちのどちらも満たしてくれる人は、まわりにはたくさんいるって思うようになったのよ。だからと言って、まわりの人皆に感じるわけではないの。インスピレーションが自分に合う人だったら、満たしてくれると思うと、今日のあなたを見ていて、この人ならって思ったのが一番の動機かな?」
「インスピレーションが大切で、理由は後からついてくるという考えなのかな?」
「そんなところかも知れないわね。そういう意味では、あなたは最高だったって思うの。あなたには、素直な気持ちと、今まで奥に秘めていた欲情を、一気に私にぶつけてくれた。それが私には一番嬉しかったのよ」
「そういえば、途中から自分でも分からなくなってしまったって思っているんだけど、それがあなたに対して、自分の感情をぶつけていたからなのかな?」
「私はそうだと思うは、だから、あなたの激しさは私の狭くなり掛かっていた気持ちに刺激を与えてくれたのは、間違いのないことだって思うの」
 その日から、二人は付き合ってみようということになった。
 彼女の名前は、香穂と言った。お互いに好きになったというわけでもなかったので、中途半端に見えたが、気持ちは確かに通じ合っていた。付き合ってみたくなった理由もお互いに話をして何となく分かる気がする。見た目で燃え上がったわけではないので、静かに燃えているような雰囲気で、きっと触るとやけどしそうなほどまでには、燃え上がっていたように思えた。
 ただ、二人は身体の相性はよかったのだが、それ以外の面では、接点はほとんどなかった。信治の方は、それでもいいと思っていたのだが、途中からぎこちなくなり始めた。その原因を作ったのは、香穂の方だった。
 信治の方としては、最初こそ、自分の童貞をささげた相手ということで、彼女に対して従順な気持ちでいたのだが、次第に香穂の寂しさを埋めてあげているという優越の意識が芽生えていた。
 香穂の方は、そんな信治の気持ちに重たさを感じ始めたのだろう。お互いにぎこちなくなっていき、別れが目の前に見えてくると、
――相手が悪かったんだ――
 という気持ちを、それぞれで持つことになった。
 先に引導を渡したのは、香穂の方だった。いきなりだったのだが、その時の冷静さを見れば、かなり前から考えていたのだろう。何を言ってもダメなところまで追い詰められても、実に落ち着いた表情で、飄々としているようにさえ見える。
「女性というのは、ギリギリまで我慢するけど、我慢の限度を超えると、絶対に後戻りしないものだ」
 と言っていた人がいたが、まさにその通りだ。
 そのことに気づいてはいたが、この時は、別れてもいいと思っていたので、あまり意識していなかった。そのことが、いずれ後悔することに繋がるのだが、それはこの時からだいぶ経った将来のことだった。何しろ、身に染みて分かるのが、結婚相手に対してだったことが、致命的だった。
 何はともあれ、初めての相手と付き合うところまでは行けたのだが、それが初恋だったのかどうかまでは分からない。過去を思い返しても、今まで本当に誰かを好きになったということはなかったように思う。別れには繋がったが、やはり一度でも好きになったのは、彼女だけだったのだ。そういう意味では初恋と言ってもいいだろう。
 後になって思い返すと、身体の関係から好きになり、付き合うようになったことが、悔しかった。付き合ったことに後悔はなかったが、好きになったのだったら、
――どうしてもっと感情的にならなかったのか?
 という思いが頭をもたげた。
 やはり、身体からの関係が自分の中で罪悪感のようなものに繋がっていたのではないかと思うと、彼女に対しての申し訳ない気持ちと、まるで自分にウソをついていたようなやりきれない気持ちとが、自分を苛んでいたのだ。
――自慰行為の後に感じた虚しさのような感情だ――
 思い出したくない感情の一つだったが、やりきれない思いをするたびに、これからも自慰行為の虚しさを思い出すことになると思うと、そう思ったこと自体にやりきれなさを感じさせられた。
――これから、僕は、誰かを本当に好きになれるのだろうか?
 という思いが強かった。
 孤独を愛しているくせに、誰かを好きになりたいなどという感情は、矛盾している。
 矛盾しているが、もし、孤独を求めるのと、女性を好きになるという感情と、少なくともどちらかが本能から生まれるものだとすれば、それは矛盾ではない。
 もしそれを矛盾だというのなら、心理の矛盾であって、狭義の意味での矛盾となるだろう。しかし、本能という世界まで広げると、どちらかが、心理の世界であり、どちらかが、本能だとすれば、違う世界での発想だということになり、そもそも比較対象ではなくなるだろう。
 しかし、信治は、どちらも本能のようなものだと思っている。しかし、しばらくして気が付くことになるのだが、どちらかが本能であり、どちらかが、潜在意識のなせる業だということが、次第に信治の中での「真実」になりかかっていた。
 人を好きになるということが、これほど自分の中での矛盾と向き合わなければいけないことになるとは思っていなかった。元々、女性を好きになるという感情は、自分に備わっていないと思っていた。
――だから、自慰行為を自分に納得させることができたんだ――
 という思いで、今まで生きてきたのだと感じた。
 だが、女性を好きになってしまった今でも、自分がしていた自慰行為が悪いことだとは思っていない。むしろ、ため込んでしまってはいけないストレスを発散させる一つの手段だと考えればいいのだ。
――何を面倒臭いことを言っているんだ――
 しょせん、何を言っても自慰行為は自慰行為だ。きれいごとでしかない。変に言い訳がましく考えることが余計なことであることを思うと、本能からのものであると思えばいいのだ。
 自慰行為を否定できないと、彼女をほしいとは言えないと思っていたが、それとこれとは別物で、そんな当たり前のことに気づかなかった自分が、情けなく思えた。
 だが、初恋とは儚いものだと言われるが、まさにその通り、初恋だと思った瞬間から、自分が中学時代に戻ってしまったような錯覚に陥っていた。
――中学生なら仕方がないか――
 そんな思いがよぎったのも、無理もないこと。相手が大人であることを思えば、自分に太刀打ちできるはずはないと思うようになってしまったのだった。
 中学生だからと言って、委縮することなどサラサラないはずなのに、委縮してしまったことで、すべてが後追いの考え方になってしまった。好きだと思ったことも遠い過去に追いやってしまい、中学生だと思っている自分は、遠い過去などあるはずがないので、すべてがまるで夢だったように諦めてしまう。その感覚が、初恋を終わらせるに至った一番の原因だったに違いない。
作品名:三度目に分裂 作家名:森本晃次