三度目に分裂
先輩と金縛りや鬱状態の話をした時、金縛りに遭うこともあったが、あれからすぐに金縛りに遭うことはなくなり、それからずっと今まで金縛りに遭っていなかった。この期間が長いのか短いのかは、根拠となるものはなかった。金縛りに遭うこと自体、かなり昔のことだという感覚が残っていただけだった。
しかし、実際に金縛りに遭ってしまうと、久しぶりだと思ったのも最初だけで、すぐに、まるで昨日のことのように感じたから不思議だった。今と同じ心境を過去に求めて、辿り着いたのが、その時だったのかも知れない。
金縛りは今まで、自分から発信したものだったが、人に見つめられることで感じたのは初めてだった。ずっと孤独を貫いてきたのだから、当然といえば当然で、もし他人からもたらされたと感じることがあるとすれば。それは夢の中でのことではないかと思うのだった。
そう思うと今回のことも、
――これは夢ではないんだろうか?
と感じた。
確かに、最初から信じられないシチュエーションに、夢だけが存在しているように思えたのも事実だったが、彼女の目を見て金縛りに遭うというのは、まるで神話の中に出てくる「メデゥーサ」のようではないか。
メデゥーサというと、髪の毛がヘビになっている妖女で、彼女に見つめられると、その光線で、そのまま石になってしまうと言われている。その効力は彼女が死んでも残っているらしく、それほど彼女の中にある恨みは深いもののようだ。女の眼力にはそれだけの力が秘められているということなのだろうが、男性にはないその力が、男性を惹きつける力になっていると言っても過言ではない。
この時感じた金縛りは、今までに感じたことのない女性の妖艶さを醸し出していて、シャワーを浴びてサッパリしているはずの彼女の身体から、甘く、それでいて酸っぱい香りが漂っていた。
ただ甘いだけでは、ここまで欲情しないに違いない。鼻にツンとくるような酸味を帯びた香りに、
――これが男を惑わす香りなのか――
と感じさせた。
フェロモンという言葉をよく聞くが、これがまさにフェロモンなのだろう。思わず、その白い肌にしゃぶりつきたくなる衝動を、自分の中で抑えるのに、必死になっている自分を感じた。
それをいじらしいとは思わない。
それどことか、一歩踏み出せない自分の勇気のなさに閉口していた。いや、勇気ではなく、男らしさを見せることのできない自分が、女性を相手にするのが初めてで、相手に今まで自分を慰めていたそんな自分を見透かされているようで、それが悔しかった。
――ええい、ままよ――
と言って、しゃぶりつきたい衝動と、何の根拠もない抑えている気持ちとの葛藤が頭の中で渦巻いていた。
そんなことを知ってか知らずか、彼女は淫靡に微笑んでいる。
今度はその笑みに、信治は壊れてしまった。
彼女に貪りつくように、腕を彼女の背中に回して抱きついた。相手が何も言えないように唇を塞ごうとする。
――最初に皆キスをするのは、相手に何も言わせたくないという思いからなのだろうか――
そんなことを考える必要などないのに、考えてしまう。考えなければ、次に進めないと思ったからだ。
たわわに実った彼女の胸を掌で覆うように貪っていると、かすかに彼女の吐息が聞こえた。
さっきまで聞こえていた掛布団のこすれる音は、彼女の吐息で消されてしまったが、ベッドの軋む音だけは残っていた。
――すべての音を打ち消すだけの力ってないんだな――
またしても、余計なことを考えていた。
初めて味わう女性の身体、こんなにもきめ細かいものなのかと思いながら、夢にまで見たはずの女体を味わいながら、
――どこかが違う――
という思いがあったのも事実だった。
何がどう違いのか分からなかったが、最後までに感じたのは、その時一回だけだった。すぐにその思いを打ち消すかのように、快感の波が襲ってきたからだ。
快感の波とはよく言ったものだ。
確かに、寄せては返す感覚が、その時の快感を支配していた。
――自分で慰めている時とは大きな違いだ――
そう思うと、身体の奥から込み上げてくる思いが、まるで血液が逆流しているかのような感覚を思わせた。
血液の逆流を感じたのは、それまでなすがままにしていた彼女が、「反撃」に転じたからだ。五本の指が、信治の背中を渡り歩いている。そして、舌を出して、首筋から胸にかけて丁寧に這わせていた。
――まるで、虫が歩いているかのようだ――
普通なら、気持ち悪いと思うのだろうが、女性という別の生き物だと思っていた未知の相手に、身を任せるのが快感だと思うと、理性など吹っ飛んでしまった。
さっきまで背中で蠢いていた五本の指が、信治のシンボルをまさぐり始めた。
「ううっ」
身体中の血液が集まってくるのを感じると、
――自慰行為との違いは、一点に神経を集中できるかできないかの違いだったんだ――
と感じた。
彼女はいとおしく愛してくれる。指と舌の攻撃に、破裂寸前のシンボルに集中していた信治は、そこから先はまるで夢のごとく、その場の空気を支配し、支配された。
空気を支配し、支配される感覚は交互に訪れて、何度繰り返されたか覚えていない。気が付けば脱力感に包まれていて、自分の身体の左半分に、彼女がしがみついているのに気が付いた。
「あなた、最高だったわよ。初めてだなんて思えないほど」
二人はお互いに気だるさに包まれていたが、信治には、快感の余韻が残っていた。
――彼女にも残ってくれていたら、嬉しいな――
と思い、褒めてくれた彼女の髪を右手の指で撫でていた。
すると、彼女はさらに信治の身体にしがみついたが、その様子を見るとやはり彼女も快感の余韻が残っているのだということが分かった気がした。
――これが僕の初体験なんだ――
それが彼女でよかったのかどうなのか、分からなかったが、満足できたとは思っていた。人によっては、
「何だ、こんなものなのか」
と、それまでの想像、いや、妄想が強すぎて、実際の初体験で物足りなさが残ってしまったということも聞いたことがある。少なくともそんな思いをしなかったのは、彼女の包容力にあるのだろうと、信治は感じた。
――やはり、リードされるのが一番だ――
と思うと、初体験がお互いに初めての相手とした人が、物足りなさを感じるのではないかと思えてきた。
気だるさの中で、信治はふいに口を開いた。
「どうして、僕と一緒にここに来てくれたんだい?」
と聞くと、少し寂しそうな表情をした彼女は、