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三度目に分裂

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「いえ、金縛りに遭っている間はさっきも言ったように、不安しかないんです。何に不安なのか、その時々で違うんでしょうが、自分でも何が違うのか分からないんです」
「どういうことなんだい?」
「不安に不安を感じているというとおかしな言い回しですが、不安に陥っているという自分が怖いというか、それが全体として不安なんです」
 何を言っているのか、まるで禅問答のような言い方だが、信治としては、そういうしかなかった。
「分かるような気がするよ。鬱状態に陥った時も、『不安が不安で仕方がない』という言い方が一番ピッタリなんだけど、そのことを口にすると、鬱状態というものに信憑性を感じてもらえないような気がするので、口にすることはない。自分で感じてはいても、認めることを拒否している自分もいるんだ」
「そうなんですね。そういう意味では、やはり鬱状態と金縛りに遭うことは、根本的なところで繋がっているのかも知れないね」
 そう言って、会話が一旦途切れたが、少ししてから、先輩が口を開いた。
「ちなみに鬱状態があれば、その後には躁状態が巡ってくる。何をやってもうまくいくようなポジティブな気持ちになれるんだけど、金縛りにおいての不安が解消された後には何か躁状態のようなものがあるのかな?」
「僕の場合は、そんな感情はないですね。躁状態というのがどういうものなのか分からないんですよ。鬱状態というものは不安が不安を募るという意味で金縛りに遭うことで分かるんですが、それに似た現象を味わったことがありません」
「なるほど」
「どういうことですか?」
「さっき、俺が含み笑いしたのに気づかなかったかい?」
「ええ、気づきました。何が言いたいのか分からずに、ずっと気になっていたんですが、会話が途切れてしまったので、少し溜飲が下がった気がしていたんですよ」
「実は、俺が感じたのは、金縛りに遭っているということ自体が、夢の中だけの出来事ではないかとね。君は、金縛りが終わってから、そのまま目が覚めてしまうかい?」
「目が覚める時もあれば、そのまま眠ってしまったと思うこともあります」
「どうして、そのまま眠ってしまったと思うんだい?」
「それは、目が覚めた時に感じる不安感が、眠っている時に見たと思える夢のおかげでだいぶ解消されていると感じたからです。夢の内容までは覚えていないんですが、夢を見たと感じるのは、やっぱり金縛りに遭うのが、眠りに就くその時だと証明してくれているように思うんです」
「なるほど、だから眠りに就いているにも関わらず、そこまで感じるわけだね」
「はい」
「僕はここまで話を聞いてきて、かなりの確率で君が感じた金縛りというのは、夢の中で感じているものなんじゃないかって思うんだ。要するに『金縛りに遭っている夢を見ている』という感覚だね」
「僕も、今先輩と話をしていて、そんな感覚に陥っている自分を感じました。でも、今までなら、まさかそんな発想に至るなど考えられないですね。やっぱり、他人と話をしていると、自分だけでは理解できないような発想が思い浮かんでくるというものですね」
「本当にそうなんだろうか? 僕には、君がある程度までは分かっていたような気がするんだけど」
「どうしてそう思うんですか?」
「君の中で、普段の意識と、潜在意識の違いがある程度分かっているからではないかと思うんだよ。普通、潜在意識と普通の意識は違うものだと思っていても、潜在意識がどんなものなのか分かる人はいないと思うんだ。それは、潜在意識も普通の意識のように感じていることで、すべてを普通の意識として考えているからなんじゃないかな?」
「なるほど」
「だから、君が金縛りに遭っているのが夢だと言われて気づかなかったと思っているのは、本当は分かっていながら、潜在意識が打ち消していることで、それ以上考えようとしない。それほど潜在意識の強さを、無意識に感じているからなんじゃないかって思うんだ」
 人と話をして、これほど鳥肌が立ったことが今までにあっただろうか?
 先輩の話には、目からうろこが落ちるような話もたくさんあったが、それを初めて聞かされたと思えないほど自然な感じで会話ができたことから、鳥肌が立ったのだと思う。鳥肌が立つのは、気づいていないことを気づかされたからであって、知らなかったことを知らされたからではない。信治は、そう感じていた。
「先輩は、今鬱状態なんですよね? どれくらいの間、鬱状態なんですか?」
「鬱状態に入って、そろそろ十日が経とうとしているかな? 出口が見えかかっているところなんだ」
「やっぱり、鬱状態を抜けたら、躁状態が?」
「躁状態と鬱状態は表裏一体のようなもので、鬱が終われば、躁状態がやってくる。躁状態が終われば、鬱状態に陥ってしまう。この繰り返しなんだ」
「そこから逃れることはできないんですか?」
「そんなことはないと思う。俺は意識しているから抜けられないんだと思っているんだが、こればっかりは意識するなという方が無理だからね」
「じゃあ、気が付けば抜けていたというイメージなんでしょうか?」
「そうだと思っている。何か一つ自分の中で解決できないことがあるから鬱状態に陥った。その反動で鬱状態が終われば鬱状態に入る。解決できていなければ、また鬱が来るというわけだよ」
「解決できないことが何なのか、分かっているんですか?」
「それが分かっていれば、何か違ってくると思うんだけど、それが分からないんだ。自分にとって致命的なことなのかも知れないし、些細なことなのかも知れない。大学に入ってこんな状態になったというのも、気になるところではあるんだけどね」
「やっぱり孤独を感じていることが関係しているんでしょうか?」
「そうは思いたくないね。もしそうだとすれば、自分にとって致命的なことだと言えるだろうから、あまり考えたくないことだね」
「鬱状態と躁状態が表裏一体であるということと、孤独を感じることがどこかで繋がっているのだとすると、僕もいつ躁鬱状態に陥るか分からないですね」
「俺はそんなことはないと思うな」
「どうしてですか?」
「君は小規模ではあるが、鬱状態のイメージを金縛りに遭うという形で感じているじゃないか」
「確かにそうなんですが、それが拡大して、鬱状態になったりはしないかと思ってですね」
「それはないよ」
「なぜ?」
「だって、君の金縛りには、鬱状態の兆候はあっても、躁状態の兆候はないだろう? それが証拠だ」
「やっぱり、躁鬱は一対なんですね。じゃあ、僕の金縛りはどういう位置になるんでしょう?」
「だから、夢の中でのことなんじゃないかい?」
「幻想のようなものだと仰るんですか?」
「そうは言っていない。今は夢の中のことなので、それが表に出てくることもあるだろう。その時に、躁状態に当たる何かが現れれば、それが躁鬱に変わるものではないかと思うんだよ」
「まるで先輩は、僕には躁鬱症に入ることはないと言ってくれているように感じるんですが」
「ああ、その通り。僕は君が躁鬱症になるということはないと思っているんだ」
「何か根拠があるんですか?」
作品名:三度目に分裂 作家名:森本晃次