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三度目に分裂

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 さっきまで鬱だと思って話をしていた先輩が、ここまで饒舌になるとはビックリだった。しかし、まだ鬱状態なのには変わりがないようで、一人になると、億劫な気分に逆戻りするのではないかと思った。
「やっぱり時代小説というと、時代劇のような江戸時代か、群雄割拠の戦国時代になるんでしょうね」
「俺の場合は戦国時代だな。江戸時代は太平の世というのが基本にあって、現代がそのまま江戸時代の時代考証の元に書き上げるのだとすると、俺には時代劇を書くのは無理なんだ。俺には、江戸時代の人たちの気持ちが分からないからね」
「戦国時代の人は分かるんですか?」
「いや、分からないよ。でも、時代背景がまったく違っているので、書ける気がするんだ。何と言ってもフィクションだからね」
「でも、戦国時代の小説を書いていて、一人の姫を登場させたんだが、その姫を想像すると、君が思い浮かんできたんだ」
「どういうことですか?」
「その姫というのは、戦国時代に生まれながら、他の姫のように、政略結婚などとは無縁の人生を歩ませてあげたいと思ったんだ。幸せな生活というべきか、その姫は、元々現代に生まれてくるはずだったのに、先に戦国時代に生まれてしまった。そんな可哀そうな運命を背負っていたんだ。だから、生まれながらに平和しか知らない姫で、そんな姫の性格に触れているうちに、まわりは、彼女のためには何でもするという状況になったんだ」
「普通、戦国時代というと、大名に従うものだけど、そうではなく、姫に従っているということですか?」
「そうなんだ。大名すら姫のいうことに従順で、戦をやめてほしいと言えば、やめることができる大名なんだ。でも、時代が次第に進むにつれて、この関係が逆転する。まわりは今までの姫のように平和主義の国になっていくのに、姫の方は、戦国時代に染まってしまい、次第に他国を侵略するような野心を持つようになり、戦術すら考えるようになったんだ。そんな姫に対して誰も逆らう人はいない。完全に洗脳されてしまって、いいなり状態なんだ」
「ミイラ取りがミイラになったみたいですね」
「その後、その国は姫が裏で暗躍するようになり、まわりの国から恐れられるようになる。すると隣の国に一人の若い武士がいて、彼と姫とが通じ合うようになるんだ。もちろん、表で会ったりできないので、お互いにテレパシーで話をするようになったんだ。その段階で二人は、まだ顔を合わせたことはない」
「なかなか面白そうなお話ですね。時代小説というよりも、SFかオカルトのような感じもします」
「ここから先は、これから考えるんだけど、この隣の国の若い武士を想像した時、なぜか君が思い浮かんだんだよ」
「鬱状態で小説を考えたんですか?」
「鬱状態の方が、いろいろな想像ができるものなんだ。そういう意味では、鬱状態というのも悪くない」
「でもどうして僕だったんだろう?」
「顔がまず浮かんできたんだ。君の顔がね。でも不思議なことなんだが、君の顔が浮かんでくると、それまで浮かんでいた姫の顔が、今度はまったく想像できなくなってしまった。主人公を姫だと思って考えているからなのかも知れないと感じたんだが、次第に主人公は、この若い武士ではないかとも思えてきたんだ」
「ひょっとして、そのあたりの迷いから、その後のストーリーが続かなくなってしまったとかいうことは考えられませんか?」
「確かに、ストーリーが宙に浮いているような気がするんだ。どっちつかずのような状態でいるから、誰かを思い浮かべようとして浮かんできた顔が君だったのかも知れない」
「ストーリーが宙に浮いていて、どっちつかずということは、今後の展開にいくつか考えがあるということですね?」
「そうなるんだろうけど、姫の顔が浮かんでこなくなると、やっぱりダメなんだ。そこでお願いなんだけど、君に姫をイメージして、絵を描いてもらえないかと思ってね」
「えっ?」
 話が飛躍しすぎてついていけない。
 最初は、先輩の鬱状態から始まって、途中から小説の話になった。
「先輩、本当に鬱状態なんですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「鬱状態の時は、何もしたくないと聞いたことがあるんですよ。何かをするのが怖いというべきか、だから、小説を書いている時点で、本当に先輩が鬱状態なのか疑問に感じていたんです」
「確かに鬱状態だよ。確かに君がいうように、鬱状態の時は何もしたくなくなるもののようだけど、俺は違った。どうして違うのかと思ったんだけど、きっと孤独を意識しているからじゃないかな? 小説を書きたいと思ったのも、孤独な自分が鬱状態に陥ったのではなく、鬱状態に陥った孤独な自分を意識すると、小説を書いてみたくなった。やっぱり、鬱状態は人それぞれに違った状態を作り出す。ひょっとすると君も意識したことがないだけで、鬱状態に陥ったことがあるのかも知れない。鬱状態に陥った時、たぶん皆が同じだと思えるのは、必ず出口が見えるということなんだ。それだけ辛いことだからこそ、せめて出口が見えるようになっているんじゃないかな?」
「出口が見えるということなら分かる気がします。僕も何となく辛いと思っていた時期があって、普段感じたことのない黄色い空間を感じていたんですよ。まわりは真っ暗なんですけどね。その先に見えるのが青い点だったんだけど、そこが出口だと思うと、自分がいる場所が、トンネルの中だって気づいたんです。僕の場合は出口から自分のいる場所が分かったような感じなんですが、これが鬱状態だったということなんでしょうか?」
「そうじゃないかって思う。俺もトンネルの中にいるような感覚だったからな」
「その時に、黄色い色と黒い色が交互に重なっているように見えたのは、トンネルの中を走っていたからなんでしょうね。きっと、記憶の中にあるトンネルのイメージが一番鬱状態にはしっくりきたのかも知れない」
「出口を感じるという意味では、一番トンネルがふさわしい。俺が鬱状態に出口を感じたのも、色彩が影響しているんだ」
「どういうことなんですか?」
「鬱状態になると、一日の区別がハッキリするんだ。一日の中の時間帯の区別なんだけどね。朝、昼、夕、夜でハッキリと違っているんだよ。特に違って感じるのは、昼と夜なんだけど、最初に色彩の違いを感じたのは、信号機だったんだ」
「信号機?」
「ああ。信号機の青、あの色は昼間見ると、緑なんだけど、夜に見ると、真っ青に見えてくるんだ。普段でも、気にしてみると、そのことは分かるんだけど、鬱状態の時は、特に鮮明に分かる。信号機の青は真っ青で、赤は、まるで血の色のように真っ赤なんだ」
「どうしてなんでしょうね」
「俺の考えとしては、真っ黒いまわりの色との差別化を感じたいためではないかと思うんだ。さっき、君がトンネルの中で、黄色い部分と真っ黒い部分が交互に見えたと言っていたけど、あれだって、真っ黒い部分との差別化を考えているからだって思えば、俺の信号機に見えていた鮮明な原色の理由も分かるんじゃないかって思うんだよ。しかも、昼から夜に掛けての時間というのは、鬱状態の時は、一日の中での一番の関門だって思っているんだけど、君は夕凪の時間というのを知っているかい?」
「ええ、聞いたことがあります」
作品名:三度目に分裂 作家名:森本晃次