詩集 あなたは私の宝物【紡ぎ詩Ⅵ】
太陽の温もりを感じさせる石蕗の花びら
燃え立つ焔の揺らめきにも似た紅葉の枝
自然が織りなす美しきものたちの上にも
四季のうつろいという名の時間は確実に流れている
ー今 あなたが最も望むものは何ですか?
問われたとしたら
私は多分 応えるだろう
ー当たり前のように繰り返す日常の中で、精一杯生きてゆきたい。
と。
今日という日が終わり 明日を迎えられるのは
とても幸せなのだと気づいた時
人は自らが生きている世界は
かくも素晴らしく かけがえのないものだと気づくだろう
寒風に揺れるわくら葉さえ
神が見せてくれる季節の贈りものだと
過ぎてゆく日々を大切に
丁寧に生きたい
自分が生きている〝今〟も
これから続いてゆく明日からの日々も
真を尽くして
美しい一枚の布を織り上げるような気持ちで
一度きりの人生という物語を紡ぎたい
ー今日という日よ
ありがとうー
今 まさに自分は生かされてここにいる
ゆったりとした刻の流れを肌で感じるこの一瞬
暮れなずむ初冬の庭が窓ガラス越しに広がっている
一日一日 寒さは厳しさを増し
冬は深まっていく今日
☆「真冬の花」
寒風の中に立つ花は折れそうで折れない
雪に埋もれて開く花は散りそうで散らない
大きく咲いた大輪の花でも
慎ましく咲く野辺の花でも
どちらもが誇りを持っている
傍を通る人が足を止めてくれなくても
花はこの一瞬 精一杯 己れの生命限りに燃えている
今ひとつ願うなら
嵐の中でもすっくと前を向いて立つ強さが欲しい
自分に誇りを持ち
凍てついた真冬の風にも逆らわず
凜として頭(こうべ)を 上げてひらく花のように
☆「春待ちうた~こんな暖かな日には~」
こんな陽差しがうららかな日には
ひと足早い春の訪れを思う
廊下に面した磨りガラス窓を通して差し込む陽のひかりが
まぶしいほどに溢れ返っている
天気の良い日
ウォーキング代わりに長い長い廊下を歩いていると
磨りガラスの向こう側で
光の渦が揺れているのが見える
ルンルン ランラン
まるで揺れ動く光が高らかに歌っているように
愉しげに踊っているかのように
少しもじっとしていることがない
そんな風景に遭遇すると
私まで心が温かくなりスキップしたくなる
こんな暖かな日には
すぐ側まで近づいている春の足音が聞こえる
庭を臨む磨りガラス窓を開ければ純白の可憐な水仙花が
一群れ慎ましく咲いている
小春日和のある日
長い長い廊下に佇んで庭を眺めると
冬色に沈んだ庭の中で
白木蓮の固い蕾が少しずつ膨らんでいるのが判る
ルンルン ランラン
まるで可愛らしい蕾がひそひそ話をしているかのように
春を待ちわびているかのように
控えめに存在を主張している
そんな小さな花や蕾たちを見ていると
私までまだ遠い春が待ち遠しくなる
ルンルンランラン
ルンルンランラン
それは不思議な魔法の言葉
心で 口の中で数回呟けば
寒さ厳しい真冬も もうすぐ終わるような気がしてくる
ルンルンランラン
ルンルンランラン
心で唱えながら今日も長い長い廊下をせっせと歩く
☆「落花賦」
鳥は花の声を聞き
花は歌い風は舞う
ある時 鳥は訊ねた
汝 何処に行くや
花答えて曰く
ー我 汝の如く翼なし 故にどこにも行けずと
花は幾夜も眠らず考えた
鳥の如き翼を得れば
遙か彼方まで飛んでゆけるものを
鳥もまた夜通し考えた
ある朝 鳥は花に言う
ー我が翼を汝に与えよう
花答えて曰く
ー汝は翼なくしては生きてゆけぬ
されば 我は花びらを散らし
ひとひらの花片となりて飛んでゆこうと
鳥は言う
ー花びらを散らせば 汝は最早生きてはゆけぬ
花は鳥の言葉にかすから身をふるわせた
ー我は永久(とこしえ)に囚われるよりは
我が身を散らし花びらとなり自由を得るを選ぶ
鳥が見守る前で
花は数多(あまた)の薄紅の花片を散らした
それは玲瓏たる花が
生命賭けて生み落とした愛(めぐ)し児たち
数え切れぬほどの花びらが
涯(はて)なき天空へと舞い上がり
新たなる旅立ちに向かっていった
刹那
一陣の風が吹き抜ける
わずかに残った古木の残花は今度こそ
すべての花びらを散らした
蒼穹に舞い踊る花びらたちは
あたかも手(た)弱(おや)女(め)の流す涙の如く
幾日も幾日も降り続けた
鳥はすべてを見守りながら ひっそりと泣いた
もう二度と花の美しき声を聞けぬ
我の余計な一言が花の生命を縮めたのだ
すすり泣く鳥の上にも
淡紅色の花びらは静かに降り続ける
その時 鳥は確かに聞く
花びらの降りしきる音にかすかに混じる花の声を
ー永遠の自由を得て、今、改めて友の情の深きを知る。
花をすべて落とした老樹の枝先に止まり
鳥は静かに翼をたたみ
二度とは会えぬ友を想った
ー花の声を聞くには風に問えー
そのときからというもの
誰ともなしに言うようになった
遠い いにしえの
外つ国の物語
☆「流れゆく時間、刹那の風景」
今 鮮やかに思い出す
まだ幼かった子供たちを車に乗せ
母子で心弾ませて辿った、子供写真館までのあの道
けして広くもなく舗装もガタが来てでこぼこだった
それでも昔は初期にできた国道であり主要道路として使用されていたらしい
既に十数年前当時 その道は車通りどころか人通りもなく
しんと静まり返っていた
道の右脇には 古書を扱うブックセンター
それから少し距離を空けてドラッグストア
どちらも かなり大きな店だった
いつしか 古書店が姿を消したと思ったら
次に通ったときはドラッグストアも閉店していた
今 店があった場所には建物の痕跡すら見当たらない
道の左側には向かい合うようにゴルフの打ちっ放しがあった
子供が成長して記念写真を撮る機会も減り
数年後 久しぶりに通ったらゴルフ場も綺麗に消えていた
道の突き当たりは左右に分かれていて
大き川が流れている
蒼い水面に所々 小舟が浮かんでおり
晴れた日には絵画を眺めているようだった
今も眼を閉じれば思い出す刹那の風景
なにげない景色が何故か忘れられない
視線を上向けた瞬間
抜けるように澄み渡る空を背景に翼を広げて飛んでいたカモメたち
その翼の白さや空の深い蒼
陽光に乱反射する水面の煌めきまで鮮やかに蘇る
永遠に流れゆく時の狭間で
今なお色褪せぬ変わらない輝き
☆「夏の蝉~生命の炎を燃やして~」
真夏の太陽が灰色の雲に隠れた束の間
翳りを帯びた地面で
蝉の幼虫がお腹を見せて もがいていた
早くも小さな蟻たちが幼虫に群がろうとしている
格好の獲物を見つけたとばかりに
舌なめずりしながら
懸命に生きようとしている幼虫を見ている中に
何とかできないものかと 側に転がる細い木切れを差し出してみる
彼がしがみついてきたので
そうっと木切れを動かし 体を反転させてみた
小さな小さな蝉の赤ちゃんを傷つけないように
細心の注意を払いながら
幼虫は前に向いて必死に進もうとしているが
少し進んだところで またひっくり返った
気をつけて見ていると
どうやら前脚が少し曲がっているようだ
どこかで傷つけたのだろうか
私はまた木切れに彼をつかまらせ 元の体勢に戻した
作品名:詩集 あなたは私の宝物【紡ぎ詩Ⅵ】 作家名:東 めぐみ