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詩集 あなたは私の宝物【紡ぎ詩Ⅵ】

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長い年月で錆び付き 乗る部分が消失しても
なおブランコは残骸だけが残っていた
いつ頃 あのブランコが無くなったのか
記憶は曖昧だ
私が子供時代を過ごした離れも今 住む人はいない

門を通りゴミ出し場にゴミを出し
人気のない道をゆっくりと引き返し歩いていると
自宅の塀越しに雪柳の枝が覗いている
思わずハッとした
不思議なもので 
咲き誇る満開の花を真正面から見たときより
塀越しにほんの少し枝垂れた花の方が
よりいっそう美しく見えた
何と表現すれば良いのか難しいけれど
余りの美とでも言えば良いのか
もちろん満開の花また花も悪くはない
ーが
私はどうも塀からほんの少し顔を見せた方に
例えば慎ましさだとか恥じらいだとか
花の奥ゆかしさを感じられてならない

昔からそうだった
最先端の新幹線が走る都会の駅より
今はもう使われていない廃線の駅跡が好きだったりする
いささか変わり種なのかもしれないと思いつつも
その感性をなくしたいとは思わない
やっぱり自分は変わっているのだろうか
とりとめもないことを考えながら
春の優しい風に揺れる雪のような細やかな花たちを見つめていた
 
☆「いつか虹を夢見て」

ーあ、虹だ。
夫の声に車窓越しに空を見上げれば
雨上がりの春の空にかすかな 本当にかすかな虹の橋
殆ど消えそうなほどに儚い七色の橋を
私は食い入るように眺める
車が走行するにつれて
いつしか虹は見えなくなった
夫が郵便局で用足しを済ませ
車はまた走り出す
ーあっ、また虹。
今度は私が声を張り上げる
振り仰いだ空に今度はくっきりと虹が見える
ただ虹の橋の先はー橋を渡り終えた先は
今度は見えない
片方だけがやけに大きく克明に
あたかもクローズアップされたかのように映じている

ーね、写真撮ろう。
夫に言ったけれど
彼は渋った
あまりに私が勧めるので 渋々スマホを持ち車の窓を開ける
カメラを構えても
ーこりゃ駄目だ。遠すぎるし小さすぎる。
あっさりと止めた
そんなはずはないと私しつこく頼む
ーずっと前 私が撮影した虹はあれより薄くて遠かったけど、写真には割とはっきりと見えたよ!
だが 夫は二度と写真を撮ろうとはせず
車はまた走り出した
そういえば 夫がいつか話していた
ー頑張ってもできないことを頑張ることに意味はない。
本当にそうなのかな?
どちらかといえば正反対の私は考える
たとえ無理だと判っていても私なら最後まで諦めたくない
全力を尽くしたい
たとえ不可能に終わったとしても
そこに意味がないとは私には思えないのだ
連れ添って二十有余年
夫の性格を知り尽くしている私は
これ以上話を続けても結局は喧嘩になるだけだと知っている
だからもう何も言わなかった
ああ残念無念
何故 今日に限ってスマホを持ってこなかったのか
悔やんでも今更だ
私は未練がましくもう一度振り返る
背後には車の窓越しに
まだ煌めく虹が鮮やかに浮かんでいる

たとえ不可能だと判り切っていたとしても
いつかはこの手に虹を掴めると信じて
私は生きてゆきたい
写真には残らなくても
あの虹を心の瞳に刻み込んで

☆「小さな椅子、大きな優しさ〜人生という果てしない道の途中で〜」

長く険しいひと筋の道
人生をふとそんな風に感じることがある
もちろん
果てしなく続く道の途中には
美しい花たちが咲き乱れる野原もある
けれども
重い荷物を背負って
ひたすら はるか彼方の目的地を目指し
歩いてゆく時間の方が多いような気がする

仏画を始めて
いつしか20年が経った
まったくの素人からの出発で
よくぞ長く続いたものだ
入門のお手本を描いていた頃は自分も若く
何時間でも正座しても平気だった
つい最近 正座から立ち上がろうとしたら
いきなり足に激痛が走り
医師からは
ーできるだけ正座ではなく椅子に座って下さい。
生活様式を変えるよう勧められた
ー今ならまだ元の状態に戻れますよ。
背に腹はかえられぬ
やむなく慣れ親しんだ畳に座る生活から
椅子へと変えた

さて
ここで仏画を描くとなり
はたと困惑する
正座が一番描きやすいのに
どうすれば良いのか
悩んだ末 寺の事務机に手本を置き
正座椅子を使うことにした
あのお尻を載せて座る正座用の椅子である
実は 私が使った正座椅子は既製品ではなく
手作りだ
住職である母が
数年前まで写仏教室を開いていたので
生徒さんが練習時用に手作りされたものだ
寺で仏様を描くときは
その正座椅子を使っていたと思う
母も高齢になり
長年続いた教室は現在 お休み中である
使われなくなった正座椅子は
広い座敷でぽつんと淋しげに見えた
それでは
こちらを拝借させて頂こうと
手作り正座椅子を借りて
机にお手本を広げ筆を取った

侮るなかれ
手作りの正座椅子は
驚くほど快適に座れ 脚には負担がかからない
素晴らしいサポートをしてくれた
お陰で通算10時間余り
私は何もかも忘れて写仏の世界に集中できた

白描から彩色と
すべての作業を無事終えて 
描き上がった作品を眺めながら考えた
人生というのは本当に
いつ何が起こるか分からない
長く険しい道のようなものだと
自分がたどり着きたい目的地は分かっていても
目的地はあまりにも遠い彼方にあり
今 立つ場所からは見えもしない
長い長い道を歩きながら
時には転び 道に倒れ伏したまま
二度と起き上がれないのではないかと思う
このままじっとしていた方が楽なんじゃないか
甘い誘惑に惑わされそうになる
それでも また立ち上がって歩き始められるのは
写仏で正座椅子に助けられたように
困っていたら
どこかで誰かが 何かが
手を差し伸べてくれるからかもしれない

小さな手作りの正座椅子が
私には限りなく貴重な尊いものに見えてならない
まさに
目的地に到着するまでの
人生という長い道程の途中に
善意の人が置いていったベンチのようなもの
長い道のりをゆく人は
疲れた時 誰かが残していった椅子で休憩し
また目的地目指して歩き始めるのだろう
小さな優しさがあるからこそ
険しい道も挫けず歩き続けられるのだと
改めて教えてくれたのは
誰が作ったかも分からない小さな椅子だった

自分もまた
遠い道をゆく誰かのために
休憩用のベンチをさりげなく残してゆけるような
生き方をしたい
小さな優しさが 真心が
時に人を癒すことがある 救うことがある
そんな気持ちを忘れずにいたい


「私の中のめざめ」

初夏の眩しい陽差しを一身に浴びて
咲き誇る一輪の花
野辺の小さな花ながら
精一杯しゃんと背筋を伸ばし
太陽に向かって頭(こうべ)をもたげている
まるで小さな女の子が少し大人ぶってポーズを取っているかのように
いつしか大好きな花の一つになっていた
その名はムラサキカタバミ

或いは まだ今年早い春先に道端で出逢った花
名も知らぬ紫の可憐な花だった
コンクリート舗装の割れ目から
すっくと伸びて やはり天にまっすぐ向き合っていた
まるで太陽に握手しようと自ら手を差し出すように

いつだったか
箱の小さな隙間から花を咲かせた大根が話題になった
小さな花たちは何故 かくも強く逞しいのだろう
婉然と開く大輪の花は