小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

樹海の秘密

INDEX|6ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

 明らかに事故が起こる可能性があるという根拠があれば、強制執行もありえるのだろうが、樹海に入り込んだとしても、
「そこまで危険なことはない」
 という、樹海研究チームの報告書が正式に公表されてしまっては、むげに強制的なことはできなかった。
 しかも、大学教授側の意見として、
「神社の主張を尊重すべし」
 というものがあっただけに、こちらも全会一致というわけにはいかない。
 神社の主張を無視するわけにはいかないという意見が町議会でも採決され、とりあえず、この問題は、一時棚上げになった。
 つまりは、問題としては残っているが、一旦は鉄条網を敷かないということで決着したということになった。
 公園側と神社側で、樹海に対しての発想は違っていた。神社の神主は、
「樹海というのも、神様のご加護によるもので、神社をそばに作ったのも、その思いがあったからではないか」
 と考えているようだった。
 しかし、神社に残された数々の時代の資料や巻物には、樹海についての記載がまったくなかった。神主の二代前から、古文書の整理や研究を行っていて、その記述には注意深く見てきたが、見つけることはできなかった。
「ひょっとすると、公式に保管されていないのではないか?」
 と考えた二代前の神主は、境内の裏の空き地に注目したようだ。
「ここに埋められているのかも知れない」
 そう思って、いろいろ採掘してみたというが、これもなかなか見つからなかった。
 しかし、それからしばらくして、境内の裏でいつものように採掘していた先々代は、急に悪くなってきた天気を気にしていなかったらしいが、いきなり落ちてきた雷が、樹海の一つの木に落ちたことで、その木の下敷きになって亡くなっていた。
 そのことは、神社と町議会の一部の人たちの間でしか知られていなかった。
「神主が亡くなった」
 というのは噂になったが、その原因は、関係者が墓場まで持って行ったのだ。
 実は現在の神主には知らされていて、現在そのことを知っているのは、今の神主だけだった。
――どうして境内に鉄条網を張ることに反対するのか――
 それは明らかに、先々代の死が影響しているに他ならなかったのだ。
 そういう意味では、ここの樹海に対して一番懸念を抱いているのは、現在の神主だけだということになる。誰にも話してはいけないというジレンマを抱えながら、苦悩の日々を過ごしている神主だったのだ。
 神主は、先々代が亡くなったのは、まだ子供の頃だった。
 神主が亡くなってから、そのことをまわりの大人がどう処理しようかと話し合っているのを知ってはいたが、なぜそんな必要があるのかまで、子供なので分からなかった。
 しかし、大人になって自分が神主になると、先々代の死に対して、先代も苦しみ、そして、それを自分が継承しなければならないことを覚悟しながら、今まで来たのだ。
 神主の得た結論としては、
「なるべく、俗世の人と関わりを持つことなく、この神社を静かに守っていくことだけを考えていけばいいんだ」
 と思うようになった。
 鉄条網の反対も。本当であれば、波風を立てたくないという思いがありながら、反対しなければいけないということがジレンマとなった。
「鉄条網なんて、とんでもない。そんなことは絶対にしないでください」
 と言っても、それだけで引き下がる人たちではない。
 とりあえず法律も勉強し、
「何かあれば、弁護士を立てて、相談しながら、町議会と戦う体制を作らないと」
 と考えていたのだ。
「法律なんて、そんな簡単なものではない」
 と分かっていながら、
「何と言っても樹海の正体を誰も知らないのだから、何かの祟りだとしても、それを説得することなんかできやしない」
 と思っていた。
 いくら神社とはいえ、いや、神社だけに、俗世間からはあまりよくは見られていないはずだ。こちらが、
「どう対処していいのか分からない」
 と思っているのと同様、
「相手からも同じことを思われているに違いない」
 と考えれば、それ以上の発想が浮かんでくることもなかった。
 ただ、それが余計に神主をジレンマに追い込んでしまい、しかも、まわりに理解者が一人もいないという実情を、甘んじて受け止めるしかなかったのだ。
 それでは、この街、あるいは、この街周辺で、自殺志願者の行方が分からなくなったり、行方不明者がこの辺りに潜伏していたことがないのかと言えば、そんなことはなかった。実際に、この街で、自殺しようとしている人がいて、遺書を残して行方不明になった人もいた。
 実際に、樹海に入って捜索が行われたが、遺体も、遺留品も見つかっていない。忽然と消えてしまったのだが、その人の部屋には、樹海を写した写真が、何枚も散らかっていたという。
 部屋には生活反応があり、行方不明になる前の日まで、そこにいたことが分かっているので、散らかっている写真は、行方不明になる当日か前日にバラまかれたことになる。いかにも、
「樹海で自殺します」
 と言わんばかりの痕跡だった。
 もちろん、全国に行方不明者として手配されたが、まったく情報が寄せられることはなかった。富士の樹海にでも入り込んでいたり、東尋坊のような自殺の名所で、なかなか死体が上がらないと言われているところも捜索されたが、その人を見た人はいないということだった。
 もっとも、自殺者が絶えないところで、いちいち一人一人の顔を覚えているわけもないので、当てにはならないだろうが、行方不明になったことが事実。いろいろな噂が流れるのも無理もないことだ。
「この街の樹海で、死体が見つかっていれば、まだマシなのかも知れないな」
 不謹慎なことを言ったやつがいて、
「何を言ってるんだ。不謹慎だぞ」
 と、声を掛けられるが、声を掛けた方も、本当に不謹慎だと思っているのかも知れないが、確かにハッキリしないよりも、いっそのこと、死体が見つかってハッキリした方が、家族にとって辛いかも知れないが、それ以上に、何も分からずに、先に進めないまま、ずっと辛い日々を送る方が、よほど苦しいに決まっている。
 似たような話は、毎年のようにあった。多い時は一年に五、六件もあり、樹海を捜索するのも、ある程度慣れてきていた。
 しかし、不思議なのは、
「毎回樹海に入っているけど、どうも同じ場所に入ったような気がしないんだ。少しずつどこかが違っているような気がして、それが気持ち悪いんだ」
 と言っている人がいることだ。
 この思いは一人ではなかった。
 口にするのが気持ち悪くて、誰も口にしなかっただけで、そう思っている人は少なくなかった。その証拠に一人がその話題に触れると、堰を切ったように、誰もがその話題に飛びついてきた。
「お前もそう思っていたのか。俺もなんだよ。何というか、前の日と同じ場所に向かっているはずなのに距離が遠く感じられたり、角度が微妙に違っているように思えてくるんだ」
「それは、俺も同じなんだ。俺は、そのことを感じながら、そのうちに、樹海から出られなくなるんじゃないかって思えてきて、恐ろしさが込み上げてきたりする」
 と、もう一人の人が言った。
作品名:樹海の秘密 作家名:森本晃次