樹海の秘密
何か罪を犯して、そのことに対して、誰かが自首でもしようとして、その危険性に気づき、お互いを罵りあったのか。もし、そうだとすると、よほどのことをして、そのことがどこかからか、露呈しそうになったからではないだろうか。
やつらがそれまでにやったことは、一つ一つの罪を取ってしても、重大な犯罪であり、下手をすれば、何十人も殺害していてもおかしくないほどの罪の量である
中には普通の殺害なら、まだマシなものさえあった。
自分たちがその人にしたことに対し、その人が恥辱とその後の人生を憂いて、自殺した人も一人や二人ではないという。自分たちの手を汚さず、本人が死を選ぶのだから、やつらが反省することもなく、その後も似たような犯罪を繰り返すのも当然のことだろう。
また、中には自分が受けた恥辱を口外されたくなくて、やつらの言いなりになっている人もいた。まるで奴隷のように扱われ、
――このまま、こんな連中に一生付きまとわれて、奴隷扱いされて、死んでいくんだわ――
と思っていた人もいるだろう。
何しろ、やつらには覚醒剤があった。そして、バックにはやくざが控えている。警察に話しても、やつらを抹殺してくれるわけもなく、もし捕まったとしても、やくざにもみ消されるか、あるいは、実刑を食らっても数年で出てくる。そうなると、きっと自分に報復にくるに違いない。そう思うと、とても警察に出頭する気持ちになれるはずもなかった。
そう思うと、
――神も仏もないものか――
と、世の中を恨みたくなって当然であろう。
こんな世の中に未練などあるはずもない。
やつらに報復できて、この世からいなくなれるのであれば、こんなに幸せなことはないと思った人もいるに違いない。
やつらのために自殺した人も少なくないと聞いている。被害者は被害者で、他の人に分からないところで、どういうわけか繋がっていたようだ。どうしてどこからその繋がりができたのか分からないが、どういうわけか、そのカギを握っているのが、「樹海」なのだという。
門脇が見つけた新聞記事にはそこまで書かれていた。
「普通なら、ここまで書いたりはできないはずだ」
どんなに腐った人間であっても、一応「人権」、「プライバシー」というものが存在しているらしく、表現の自由は、人権を侵すことはできない。
しかし、この図書館の秘蔵所と呼ばれる分厚い資料には、表に出せない記事が保管されている。そのことを密かに館長から聞かされていた。
「私はこれでも昔は警察官だったんだよ」
と言っていた顔が思い浮かぶ。
ドヤ顔に見えたが、その心の奥を覗いてみたかったが、そう簡単に心の奥を覗かせないのは、さすが元警察官、感心なものだった。
「本当なら、この記事は誰にも公開はできないんだが、君ならこのことを誰にも口外することはないと信じたんだ。だから、君に閲覧を許可したんだが、理由はそれだけではない」
「どういうことなんですか?」
「君はこの記事を見てどう思ったかね? 他人事のようには見えていないように思えたんだが」
館長の言葉を聞いて、ビックリした。何でも見透かされているようだ。
しかし、それは元刑事としての勘なのか、それとも、貪欲に相手を見ることに長けているからなのか、どちらにしても、その洞察力には驚かされた。
「はい、確かに他人事のようには見えませんでした。こいつらが犯した犯罪が、この記事からではすべてを把握できるはずもないのに、見ているだけで、やつらがどれほど冷徹な人間であり、どれほどむごいことをしてきたのかということが分かる気がしたんです。 少なくとも、覚醒剤中毒だったというだけで憎むべきなのに、その犯罪がどれほどのものだったのかというのを想像していると、この世のものではないほどの憎悪が、湧いてくるんです」
「君は、身体全体でやつらの犯罪を感じているようだね。どうしてそんなにやつらのことが分かるのか、理解できるかね?」
「いえ、分かりません。なるべくなら、こんな嫌な気分になんかなりたくないと思っているのに、気持ちは裏腹なんですよ。こいつらを憎んでも憎みきれない思いが、まるでたくさんの人の恨みが自分の肩にのしかかってくるようで、押しつぶされてしまいそうな気分になってきています」
「その苦しみは、よく分かる。私も同じだからね。こいつらだけではなく、この街には許しがたい連中がいっぱいいた。まるで無法地帯だった時期があったんだ。発見されていないけど、この街の人で殺されたり、自殺したりした人が、たくさんいたんだよ」
「その人たちはどこに?」
「樹海さ」
そう言った時の館長の顔を、恐ろしくて正面から見ることができなかった。
樹海に関しては、門脇も気にはなっていた。
いや、門脇というよりも、門脇の中にいる誰かの意識の方が強かった。館長から、
「樹海さ」
という言葉を聞いた時、門脇が明らかに自分の中にいる人間のシルエットを確認できたような気がした。
「でも、樹海というのは確かにこの街にはありますが、自殺死体が発見されたというのはほとんど聞いたことがありませんよ」
「そうでしょうね。樹海に入って自殺した人は、その人自体が死んでしまうわけではないんです。他の誰かに乗り移ることで、生き延びることができるんです。乗り移られた人は、最初はその存在について意識はないかも知れませんが、一度意識してしまうと、頭から離れなくなってしまう。なぜなら、乗り移られた人と、同じ意識の中に存在しているんですからね」
「というのは?」
門脇には何となく館長の言いたいことは分かっていたが、それでも聞いてみた。
「普通、誰かに乗り移られたという発想をする時というのは、自分が表に出ている時は、もう一人は後ろに隠れている。そしてもう一人が出てきた時は、自分は隠れてしまう。眠っているという感覚になるのかも知れないですね」
「まるでジキルとハイドのようですね」
「その通り、あの小説があるから、余計にそういう発想が強いのでしょうが、実際には、一つの意識の中で二人が共存していると思う方が、僕には自然な気がしているんですよ」
警察出身の人というのは、もっと現実的なものだと思っていた。まさか、こんな信じがたいおとぎ話のような話をされるなどと思ってもいなかったので、かなり拍子抜けしているというのが実感だった。
館長はさらに続けた。
「このことは、ウスウス君には分かっていることではないかと思っていたんだけどね」
「はい、自分の中に誰かがいるような気がしていたんですが、同じ意識の中にいるのに、こちらの考えを相手は分かっているのかどうか、まったく反応がないので、理解できないことが多かったんです。でも、自分の行動指針が、彼によって培われていることは分かりました。しかも、そのことを抗う気持ちが自分にはないんですよ」