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樹海の秘密

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「ええ、全国を回ると、知らないことを知ることができるのは当然だけど、気づかなければいけないことに、どれだけたくさん気づいていなかったかということ、そして、どうすれば気づくことができるのかということを知ることができるんですよ」
「たくさん気づきましたか?」
「ええ、自分のことはもちろんなんですが、自分以外の人が何に気づいていないか、そして気づかせるにはどうすればいいかなどということも勉強になりました」
「そうなんですね」
「まずは、『考え方というのは、人の数だけ存在している』という当たり前のことから意識しないといけないということから始めました。分かっているつもりでも、なかなか自分に納得させるのって難しいでしょう?」
「ええ、そうですね」
 敦はその話を聞きながら、まだ自分が見習いでありながら、
――この人についていくと、結構楽しめるかも知れない――
 と感じた。
「楽しめる」という感覚は、どこか他人事であり、その理由が、
――まだ自分が、この会社の一員になり切っていない――
 という思いから生まれたものであることを感じていた。
「安藤さんは、それから、どう感じるようになったんですか?」
「人の数だけある考え方を一つ一つ直視していれば、纏まるものも纏まらないでしょう? どこかで境界を作って、纏める必要があるんですよ。そのためには、どうしても、捨てなければいけない考えもある」
「ええ」
「前は、どれも捨てずにフォローしようと思っていたんですが、結果は無理だという答えしか生まれてこないんですよ。でも、それでもやらなければいけない。僕は悩みましたね。できるだけフォローするのが、自分の信念のようなものだって思っていましたから、でも、ある時、ふと思ったんですよ。『自分の信念を曲げないようにするには、何かを捨てても、捨てたことを自覚して、それ以上の何かを生み出すことを新しい信念にしていこう』ってね」
「それは素晴らしいことですね」
 と、課長がいうと、初めて安藤さんは訝しそうな表情になったが、それも一瞬だった。
 課長はその表情に気づかないようだったが、距離を置いて見ていると、
「自分が苦労して見つけた結論に対し、軽々しく『素晴らしい』なんて言葉を使わないでほしい」
 と言いたいのだろうと感じた。
 きっと、安藤さんから見て課長は、
――軽薄で浅はかな考えしか浮かぶことのない、イエスマンでしかない――
 と見えたに違いない。
「この街には樹海があるだろう?」
「ええ」
「どうして、誰もあの樹海を取材してみようと考えなかったんだろうね?」
 その言葉を聞いたその場にいた全員が、一瞬にして固まってしまった。まったく声が聞こえなくなり、その場は凍り付いてしまったのだ。
 その様子を見た安藤さんも、固まってしまったようだが、それは他の人が固まってしまった理由とはまったく違っていた。
 安藤さんを含め皆、恐怖に顔が歪んでいたが、樹海という言葉に反応し、顔を歪めた皆に対し、安藤さんは、そんな皆の顔を見て、恐ろしさを感じたのだ。
 そうなると、最初に正気に戻るのは、安藤さんなのだろう。
「どうしたんですか? 皆さん。まるで幽霊を見たような恐ろしい顔になって」
 その後、正気に戻ったのは敦で、
「あの樹海は、、やめた方がいいですよ」
 というと、他の連中も次第に呪縛が解けたように、正気に戻って行った。きっと、敦が答えてくれた言葉で救われたような気がしたのだろう。
「どうしてなんですか? 中に入ってしまうと出てこれないということもあるでしょうけど、近くまで行って、取材してみるだけなら別に問題はないのではないですか?」
 確かに、取材だけなら問題ないのだが、それだけなら、誰もここまで恐怖に顔が歪んでしまうことなどないはずだった。
「安藤さんは、こんなところにポツンと樹海が存在していることを、不思議に思われませんか?」
 と敦が訊ねると、
「そうなんだよね。僕もそれが不思議だったんだ。富士山のような火山が近くにあるのであれば、何となく溶岩を含んだ磁鉄鉱を含んでいるので、方位が分からなくなるということで、『一度入ったら出られない』などという俗説が生まれたりするんだろうけど、この街のように、まったくそんな雰囲気のないところに樹海があるというのは、不思議ではあったんだよね」
 と、安藤さんも答えた。
「青木ヶ原の樹海というのは、世界的にも有名な樹海なんだそうですが、実際には、『一度入ったら出れない』という話であったり、『方位磁石が役に立たない』と言われている話も、本当はそこまではないらしいんです」
「そのようだね。でも、それだけに、この街の樹海というのは、とても興味があるんだよ」
 と安藤さんがいうと、
「じゃあ、安藤さんは、今までに誰もこの街の樹海について、取材を試みる人がいなかったとお考えですか?」
「いわれてみれば、そうなんだよ。富士山以外にも樹海が存在するというのは、実に珍しいわけで、全国的に実に珍しい。今までこの街の人以外誰も知らないというのも何とも珍しい。このあたりの観光ブックのどこを見ても、樹海についての記事はない。だから、取材してみようと思ったのは、ジャーナリストとしての新鮮な気持ちなんだよ」
「それは分かります。でも、世の中には触れてはいけないことがあるんじゃないかって僕は思っているんですよ。この街に樹海が存在する。でも誰もそのことを触れようとしない。今までに触れようとした人はいたと思うんですよ。でも、触れた人がいるのか、そしてもし触れたとすれば、その人がどうなったのか、まったく分かっていないんですよ。そんな恐ろしいことってないような気がして、次第に誰もが樹海に対して話をしなくなり、話をすること自体がタブーのように思われるようになった。だから悪いことは言いません。樹海のことに触れるのはやめてください」
 敦の話は、恐ろしいものだったが、まわりの人も、
――言いたいことを、敦がすべて言ってくれた――
 と思っていた。
 そして、敦だけではなく、皆が口にはしなかったが、言いたかったことが、もう一つあった。
「この街は、実に排他的な街で、よそ者に対して、実に冷たいところがある。表面上は実に優しそうにしていて、他の街から来た人に興味津々に見えるが、実際には次第に自分たちが排他的な人間であるということを確かめるために、興味津々であることを演じたと気が付くんだよな」
 と、自分たちも同じ街の人間として、よそ者である安藤さんを、今は興味津々で見ているが、そのうちに冷めた目で見るようになることを分かっていた。その第一段階のボタンを、安藤さんが自ら押してしまった。それが、今回の呑み会で話題に上った、
「樹海の話」
 だったのだ。
 完全にタブーのはずなのに、話として出してしまったことは許されることではない。排他的な印象以上に、敵を作ってしまったのだった。
 この瞬間、安藤さんは完全によそ者として確定してしまったのだ。
――安藤さんは、余計なことを言ってくれたものだ――
 呑み会が終わって、敦は正直そう思った。
作品名:樹海の秘密 作家名:森本晃次