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樹海の秘密

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 慎重になっていたのだが、夢の中だから慎重になったのか、本当の自分の記憶ではないが、かつての自分の記憶だと思うと、慎重になるのかも知れない。
 そう思うと、これ以上の、過去の「自分の記憶」を知るというのは、してはいけないことではないかと思うようになっていた。
――知りたいと思うことが怖いと思うのは、今までになかったことだ――
 と感じたが、それを感じたのは、門脇なのか、それとも夢の中の過去の記憶の自分なのか、ハッキリとしなかった。
――両方なのかも知れないな――
 そう思った方が、よほど自然な気がした。
 門脇は、その夢が、
――このまま覚めなければ、どうしよう――
 という不安に駆られた。
 しかし、逆に、このまま覚めないということは、過去の記憶の自分が自殺せずに、目覚めることを意味しないかとも思った。ここで自分が夢を見たということは、何かの因縁ではないかと思う。その因縁を考えると、
――俺がこの夢に対してどう考えるかによって、一人の人間が自殺せずに済むのかも知れない――
 とも思った。
 またしても突飛な発想だが、門脇は、自分が本当は誰なのか知りたくなった。そう思うと、門脇という人間は、元々の記憶の中の人の自殺を抑止するために存在しているのではないかと夢が言っている気がしたのだ。
 門脇は今自分が図書館で過去の事件について探っているのを、最初は自然なことだと思っていた。
 なるほど、政治家になるためには、地元のことを知っておくのは当然であり、当たり前のことだが、
――この場合の当然という言葉が、本当に当たり前という言葉に結びつくのか?
 と考えた。
 そう考えると、当然が自然ではないと思えてきて、過去の事件を調べていて自然な感情になれるのは、自分の中にいる誰かであった。
――そういえば、二回目の死を迎えると言っていたが、一回目の死も自殺だったのだろうか?
 そのことを確かめることは不可能だ。
 しかし、門脇はそう思えて仕方がなかった。一度、自殺で死んだ人が、その思いを抱いたまま、誰か他の人になって生きる。
 それが、
――生まれ変わった――
 というものなのか、それとも、
――その人になって生き直す――
 というものなのか、分からない。
 生まれ変わったというのであれば、自殺をした、ちょうどその時、あるいはその直近に生まれた子供の中に乗り移ったと考えられる。
 逆にその人になって生き直すというのであれば、死にかけている人の身体に乗り移って、そのままその人になって生きていくというものだ。
 後者の方がいいと門脇は考えた。ただそれが、死ぬつもりの人だったのか、あるいは、病気や事故で、放っておけば死んでしまう人だったのかによっても変わってくる。
――ということは、放っておけば、僕は死んでいたのかも知れないということになるのではないか?
 と思った。
 過去の記憶がまったくないというのは、最後には死を覚悟したことで、記憶がまったく抹消されてしまったと考えるか、あるいは、勝手に死を選んだことへの制裁からか、過去の記憶を抹消されるというペナルティを負ってしまったのか、どちらにしても、
「俺は、自殺した人間だったのかも知れない」
 と思わずにはいられない。
 では、なぜ他の人になってまで、生き直さなければいけないのか?
 そこには、何かの因縁であったり、死んでも死にきれないと言われるような未練をこの世に残していたと考えられないだろう。ただ、記憶がなくなっていたということは、死ぬことに対しての覚悟はあったということなので、
「未練を持ちながら、死を覚悟していた」
 という中途半端な状態が、死にきれずに、誰かの中で生き直すことを選んでしまうことになったのだろう。
 本当に自分が門脇という人間なのかどうか、今では分からない。もし、「門脇という人間なのだとすれば、門脇の肉親や親戚は、どうして探そうとしないのだろう。
 ひょっとすると、荼毘にふしたと思っていた人間で、完全に死んでしまったと門脇(と思われる男)のまわりの人は、信じて疑わないのではないだろうか。
――未練というのは、持つものなのか、それとも残すものなのか?
 死にきれないほどの未練、それがどれほどのものなのか、持つという言葉と、残すという言葉とでは、少しニュアンスが違ってきているように思えた。
 未練を持つというのは、死んでいく過程で、自分の中に未練があることに気が付いた場合であり、残すというのは、死んでいく過程では自分の中に未練があることを知らず、そのまま死んでしまったのだが、他の人間として生まれ変わったり、生き直す時には、未練があったことを潜在意識の中に残していることから、「残す」という表現がピッタリである。持つにしても残すにしても、その後の人生では、潜在意識の中にその感情が残っているのは必須である。それが、次に生き直すために必要なエネルギーであり、死んでしまいそうな人を生き返らせるのだとしたら、相当に強いものでないと難しいのではないかと思えた。
――やはり、生まれ変わるのではなく、生き直すという方が、強く感じる――
 生き直すという方の発想しか浮かんでこないからだ。
 門脇は、自分が自殺した人間だという自覚を持っていたが、その理由は分からなかった。出版社に勤めていた自分は、かつての事件をいろいろ探ってみて、記事になるネタを手に入れて、何か結論めいたものが頭に思い浮かんだような気がした。
――思い浮かんだ――
 という意識はあるのだが、意識があるだけで、その内容が分からない。
 さらには自殺するまでの過程は分かっているような気がしているのに、自殺の原因が分からない。
――まわりを意識で固めることはできるのだが、肝心の部分がどうしても思い出せない。これはどういうことなのだろう?
 門脇は、自分がいつになったら、肝心な部分に辿りつけるのかということを考えてきたが、そのうちに、肝心な部分には、どうしても辿りつけないように思えてきた。
 根拠があるわけでも、考え方が変わった時に、何かが起こったわけではない。何かが起こらない限り、心境の変化があってはならないという考え方は、門脇の中にはなかったのだ。
 門脇は、自分がどうして、今の町長の下で働くようになったのか、記憶にない。気が付けば、町長の下で働いていた。
 普通なら、そんな納得のいかないような状況に耐えられず、
「辞めます」
 と言って、半ば飛び出してくるような態度を取りそうなものだが、その時の門脇は、
「君にはいつも期待しているよ」
 と、言われると、その言葉に逆らえない自分がいるのを感じた。
 実は、町長にはその力が以前から備わっていた。
 持って生まれたものではないことは確かで、特に学生時代などは、なるべく目立たないように、いつも隅の方にいるようにしていた。それなのに、なぜこんなにも、まわりに対しての影響力を強く持てるようになったのか、自分でも不思議に思っていた。
 しかも、それがいつの頃からのことなのか、町長自身も分かっていない。
 少なくとも、学生時代にはなかったことだ。警察に入って、下っ端のいつ頃のことだったか分からないが、ある事件がきっかけだったことには違いなかった。
作品名:樹海の秘密 作家名:森本晃次