樹海の秘密
彼は、午前中町役場で仕事をして、昼から資料室に籠って、研究する日々が続いた。図書館でも、
「彼はやけに熱心だね」
と、町長に話していたが、研究熱心すぎて、
「何をそんなにいろいろ研究する必要があるんだろう?」
と、図書館の館長も、町長も少し気になり始めていた。
彼が図書館に通い始めて一か月が過ぎた頃、
「ありがとうございます。大体分かりました」
と言って、館長に礼を言った。
「それはよかった。でも、結構長いこと熱心に研究していたようだけど、町おこし以外にも何か調べたいことがあったのかい?」
と聞かれて門脇は、
「ええ、この街に起こった事件について、いろいろと調べてみました」
彼は隠すこともなく、正直に話した。
「何か気になることでもありましたか?」
「はい、ここで起こった十五年前の殺人事件が気になりましたね」
「殺人事件?」
「ええ、厳密にいえば、殺し合いなんだって思いますが、仲間割れの事件です」
「廃工場で起こった三人が死んだ事件ですね」
「はい、とても興味を抱きました。三人とも覚醒剤を使用していて、その幻覚症状による殺し合いのような記事でしたね」
「ええ、私もそう聞いています。当時、それまでこの街では事件らしい事件は起こっていなかったんですが、ちょうどその頃に都会で幅を利かせているやくざの組が、この辺りにも進出してこようとしていましたので、ちょうどその矢先に持ち上がった事件でした」
「そうだったんですね」
「その事件がきっかけで、結局その組は、この街に進出してくることはなかったんですよ。そういう意味では、あの連中が殺し合ってくれたのは、街のためにはよかったということですね」
と、館長がいうと、それを聞いていた門脇は、急に深刻な顔をして、やりきれないような表情になった。館長はその時の門脇の顔を見なかったので、彼が何を考えていたのか、分からなかっただろう。
もし、その時に、館長が門脇に別の質問をしていれば、門脇はすべてを答えただろうか?
門脇という男は、人に黙っておくことのできない性格なのに、肝心なことは何も言わない。
「木を隠すなら、森の中さ」
と考えていたのかも知れない。
彼は、今まで地道に仕事をこなしてきたが、そんな彼は、優秀であるがゆえに、何か心に秘めているものがあると感じたのは、町長だった。元々警察官だった町長なので、人を見る目の鋭さは、他の人には負けないだろう。
「私と門脇君は、まるで『キツネとタヌキの化かし合い』のようなものだ」
と感じていた。
だが、その時はさすがの町長も、門脇が十五年前の事件を気にしているとは知らなかった。そのことは図書館の館長から聞かされたのだが、それを聞いた時、町長は悔しさを表に出した。
「くそっ、何で気づかなかったんだ」
町長は、門脇が何かの目的があって、この街に来たことは分かっていたが、それを最初に見つけるのは自分だと思っていた。それなのに、まさか本人から別人を通して教えられるとは思いもしなかったからだ。
そこまで門脇は分かっていて、町長の悔しがる顔を想像してほくそ笑んでいるに違いないと思えた。
実は館長には、そこまでのことは分かっていた。館長も警察出身者で、町長とは警察自裁、上司と部下の関係だった。
ただ、警察時代の上司というのは、館長の方で、町長は部下だったのだ。
しかし、警察を辞めたのは町長の方が先、警察を辞めたのも、最初からの計画に入っていた。
「いずれは政治家に」
というのが町長の考えで、その目的を見事に果たした。
しかし、このことがその後、
「県警から、この街へ」
というルートが出来上がってしまったようで、それも実は、町長のやり方だった。
自分のまわりに、同じ警察関係者を置いておきたいという考えがあり、それまで自分の上司だった人であっても、町長としての権威を使えば、今までと立場を逆転できると考えた。
町長というのは、これから中央に出て行くための第一歩としての土台作りであり、地元に強力な地盤を作ることが成功への第一歩だと思っていた。元々いた警察に太いパイプを持っていれば、今後の自分に有利に働くと思ったのだ。
そんな町長は、元上司であった館長から、手玉に取られたような気がしたのは、実に気に入らないことだった。門脇のこともさることながら、図書館で調べ物をしているということだったので、逆に門脇に館長を探らせるという秘密任務も負わせていたのだ。
「このままでは、門脇も信用できないではないか」
町長は、ある程度、この街で独裁を築こうとしていた。
完全な独裁にしてしまうと、今後動きにくくなってしまうので、今は、自分の片腕になる人間や、誰が味方で誰が敵なのかということを見定める時期なのではないかと思っていた。
そういう意味で自分に有利な相手ということで、警察からのルートを気づいたのだが、実際には、町長のことをよく思っている人はあまりいなかった。そのあたりが思い上がりであったり、考えが甘かったりしていたのだが、えてして自分に不利なことにはなかなか気づかないものだ。
特にまわりがペコペコしているイエスマンばかりだと思っていれば、自分の手足だという思いで、それほど重要視していない。
しかし、これはこれから起こることの前哨戦だった。
町長から中央に行かれてしまっては、これからのことが心配なので、何とか町長の間に、クーデターを起こそうという計画が水面下で踊っていた。
実は門脇という男も、水面下での工作の一環だった。
彼の正体は、謎に包まれていたので、彼を仲間に引き入れるかどうか、賛否両論いろいろあった。しかし、彼が敵ではないことが分かれば、
「それだけでいいだろう」
という意見が通り、彼を工作員の一人に加えた。
ただ、彼がどうしてこの街に来たのか、彼の目的は何なのか、まったくの謎だった。図書館でいろいろ調べている間、館長は彼の性格を読み取ろうと試みたが、結局は分からなかった。
――しかし、彼が調べている十五年前の事件、彼はあの事件の何を知りたいというのだろう?
館長は気になっていた。
館長はその時、捜査課長として、捜査本部に詰めていたが、入ってくる情報が、まるで錯綜していて、どこまでを信じていいのか分からない状態だった。県警本部から出張ってきているのに、この体たらくは一体どういうことなのか、苛立ってばかりだった。
「お前ら、どういうことなんだ。捜査のプロなんだろう。もう少し気合を入れて、捜査せんか。たるんどる」
と罵声を浴びせた。
その時の捜査主任が、今の町長なのだが、その頃はまだまだ新米に感じられた。何しろ彼の考えには一貫性がなかったのだ。誰かが意見を言えば、そっちに流され、他の人が言えば、最初の意見を簡単に覆し、収拾がつかなくなってくる。
――あんなやつがどうして捜査主任なんだ?
と、警察機構の弛みに情けなさを感じた。
実は、彼の父親が政治家で、裏から手をまわしていたようだ。そうでもなければ、捜査主任なんて大役が務まるわけもない。
当時は、
「県警きっての出世頭」
とまで言われていたが、それは実績に基づいた出世ではなく、裏から回った手による出世だったのだ。