樹海の秘密
あの頃は先輩は気にしていたようだが、新人だった自分にはどうすることもできなかったので、気にしても仕方がないと思っていた。
――気にしたって僕には何もしてやれないんだ。気にするだけ自分が虚しい思いをするだけだ――
と感じた。
そう、あれから月日は流れ、十五年が経った。あの時の少年はすでに二十歳を越えているはずだった。
一つだけ気になっていたことがあったのだが、それは自殺した母親はライラックの花が好きだと言っていた。
敦の自殺した近くに、ライラックの花束が添えられていたのは、敦が死んでから初七日が済んでからのことだった。その花を誰が備えたのは、誰も見た人はいないのだが、最初に添えられるようになってから、それから定期的に添えられるようになった。
この二つの結びつきは誰も知らない。ただ、一人だけ知っている人はいた。しかし、その人がこの話でどのような影響を及ぼすのか、誰も知らなかったのだ……。
真実
樹海の閉鎖が決まったのは、敦の自殺死体が発見されてから一年後だった。
敦の死体が発見されたことで、ネット上であることないことが騒がれ始めた。今まで樹海の存在を知らなかった人が興味本位で樹海を見に来る。普通だったら、鉄条網が張り巡らされているので、入り込めないはずなのだが、どこから情報を得たのか、神社の裏庭から入り込む人が多くなった。
それだけならいいのだが、ここでの自殺者も増えてきた。閉鎖前には、一か月に数人の自殺死体が発見され、社会問題にもなりかねないほどだった。
地元と警察が話し合って、結局神社側にも鉄条網を敷くと決まった。
鉄条網が張り巡らされるようになると、今度はまったく誰も樹海に興味を持つものはいなくなり、この街にやってくる人もいなくなった。街としては、死活問題となってきたのだ。
「こんなことなら、樹海の閉鎖などしなければよかった」
町長はそう言って悔やんでいた。
「でも、決まったものは仕方がないですよね」
「それはそうなんだが、新しく何か観光スポットを見つけないといけないな」
として、観光スポットの建設が急務となった。
「既存のものだけに頼っていては、どうしようもない。少しの出費は先行投資ということで、何か新たなものを作らないといけない」
「今からですか?」
「他に何か策はあるかね? このまま手をこまねいて見ているというわけにはいかないだろう。確かにリスクはあるかも知れないが、何もしなければ確実にこの街の将来はないんだぞ」
「……」
そう言われてしまうと、従うしかない。
幸い、田舎街なので、活用されていない土地は結構あった。
土地代を気にすることはないのだから、町長の言う通り、何かを建設するというのも、まんざらでもないのかも知れない。
「この街は、今までとは違って生まれ変わったんだ」
と町長が言うと、
「以前のことは知りませんが、いろいろ曰くのある土地なんですよね」
と部下は言った。
「ああ、わしは元々警察にいたので、ここの街に起こったことはいろいろ知っているつもりだよ」
「そんなにいろいろあったんですか?」
「十五年くらい前までは何もなかったんだけど、急にそれからいろいろなことが起こるようになったんだよ。と言っても事件性のあることもあれば、事件とまでは言えないことも多くて、警察の間では、『不気味な街』として位置付けられた街だったんだ」
「どうしてそんな街の町長になろうなんて思ったんですか?」
「どうしてなんだろうね。俺にもよく分からない。だけど、この街には因縁のようなものが感じられるんだ」
「実は僕も何ですよ。それに町長がどうして僕を引き上げてくれたのかというのも、気になるところです」
「君は元々優秀だったし、勉強することですぐに政治家に転身できると思ったんだ」
「ありがとうございます。僕もあのまま出版関係の仕事をしていたら、今、どうなっていたのか分かりませんからね」
「君はいろいろなところから引き抜かれて今までやってきたんだ。その実力は私にも分かるよ。そういう意味でも、この街の再興には、君の力がぜひとも必要なんだよ」
「頑張ります」
町長執務室で、このような会話が繰り広げられていた時、すでに、水面下では街の活性化にも助力している人がいた。
彼の名前は門脇将門と言った。
彼は、一年前にどこからかやってきて、この街に住み着いた。最初は何者なのか分からずに、誰もが敬遠していた。なぜなら、毎日のように神社にお参りをし、裏庭にいっているようだった。
どうして彼がそんなことをするのか、誰も分からなかった。
実は本人にもそのわけはハッキリと分からなかったので、
「誰かに聞かれたらどうしよう」
と思っていたようだが、幸いにも誰にも聞かれることはなかった。
そのかわり、
「どこか不気味な人」
という印象が根付いてしまって、普通に話しかけてくれる人もいなかった。
だが、彼はそれでよかった。
人との関わりを極端に嫌う人だったが、就職先は、何と「のぞみ出版」だったのだ。
人は見かけによらないというが、彼の出版社での仕事ぶりは優秀だった。まるで前からここにいたかのようにいろいろ知っていて、前からいた人と遜色ないほどの仕事ぶりは、まわりを驚かせた。
ただ、彼は樹海に対しては、一切何も言わなかった。
「近づきたいとは思っていない」
と言った方が、正解なのかも知れない。
門脇は編集長に、
「この土地の過去に起こった事件について調べてみたいと思うことがあるんです」
と話した。
「それはいいが、あまり詮索しても何も出てこないことが多いのがこの街の過去の事件なんだぞ」
と言われた。
「分かっています」
「どの事件なんだ?」
「一つではないので、一言では言い表せません。途中でお話をすることもあるかも知れませんが、それでご容赦願えますが?」
「まあいいだろう。せっかく調査するんだから、気が済むようにしたまえ。中途半端だと寝つきも悪いしな」
と言ってくれ、その言葉に暖かさを感じた門脇は、
「ありがとうございます」
というと、自分の仕事に戻っていった。
「あいつは一体何を考えているんだろう?」
という疑問を抱いていたが、
「彼なら何か発見してくれるかも知れない」
という期待があるのも事実だった。
その時編集長の頭に浮かんだのは、以前ここにいた敦と安藤のことだった。
「あの二人がいてくれたらな」
と、いまさらのように思った編集長は、思わずため息をついたのだった。
この街の町立図書館には、昔の事件のことを記した記事の保管室があった。普段は誰も立ち入ることはない。一般にも公開されていないので、実質埃まみれと言ってもいいだろう。
公開はされていないが、申請すれば見ることはできる、
例えば、学校で地元の勉強に使う教材だといえば、簡単に手続きしてくれるし、以前は大学の考古学研究チームがしばらく資料室を貸切ることもあったくらいだった。
門脇のように、
「町おこしをしたいので、そのためには、街のことを知りたい」
と言えば、すぐに許可も出る。