樹海の秘密
と一人が言い始めると。元々その場の雰囲気に流されただけの三人だったので、それぞれに気を張っていても、一人が弱気になると、全員に伝染する。
「どうしようっていっても、やっちまったことはどうしようもないじゃないか」
大変な事件を平気な顔でやったくせに、本当は皆臆病者だった。
そんな中でも自称「リーダー」だと思っているやつは、何とかしないといけないと思った。
そこまではいいのだが、しょせんサル知恵しか浮かんでこない。浮かんできたのが最悪の考えだった。
最近仲良くなった人に、二人には言わずに、相談してしまったのだ。それが組の下っ端のやつで、彼にとっては、この連中を利用しない手はないと思った。運び屋などになる連中を探していたからだ。やつらはそんな彼にまんまと引っかかってしまった。
臆病者に覚せい剤を渡すと、当然現実逃避に掛かるのは当然のこと、彼らはすぐに中毒になった。
そして、元々が猜疑心の塊のような連中だったのだろう。次第にいつもつるんでいる後の二人が信じられなくなってくる。それは後の二人も同じことで、その感情を覚醒剤が、文字通り「覚醒」させたのだ。
――誰かが警察に自首でもしたら、大変なことになる。あいつらは、気が弱いから、自首しかねない――
と、自分のことを棚に上げて、そんな猜疑心に駆られてくるのだった。
「俺たち、これからどうなるんだろうな?」
三人の中で一番気が弱そうな男が一人、口を開いた。
残りの二人も、いや、口を開いた男も、
――三人のうちの誰かが、そのことを口にするのではないか?
ということを危惧していた。
一番気が弱いその男は、開けてはいけない「パンドラの匣」を開けてしまったのだ。
「どうなるって、このまま隠し通すしかないだろう」
やってしまったその時は、皆が皆気が動転していたので、
「よく、あの場面が収まったな」
と思うほど、一触即発だった。
しかし、今は少し落ち着いているので、冷静な判断ができるはずだった。捜査の手が伸びてきていないので、本来なら、ここで騒ぎ立てる必要などないのに、動いてしまうと、せっかくの膠着状態が、動いてしまう。
彼らにとっていい方向に向かうはずもない。動けば動くほど、彼らの気持ちは猜疑心が強くなる。しかし、猜疑心の強い人間ほど、じっとしていると不安に駆られるものだ。
三人のうちの一人でも違っていれば、少しは救いだったのだろうが、三人が三人とも同じような性格だったので、話し合っても、結論が出るわけでもなく、一人で考えていても同じことにしかならない。
それでも三人で話をしている方がいい考えが浮かぶはずだと思っていた三人は、三人で考えていても先に進まないことへの憤りから、動かなくてもいいのに、動いてしまう。
お互いに動くものだから、相手がその場所にいるはずだと思っているところにじっとしていない。その思いが猜疑心をさらに強める。相手が離れていくのをどうしても避けなければいけないと皆が思うと、相手を拘束しようとして、三すくみの状態が生まれてしまう。
そうなると、収拾はつかない。
自分が気になっているやつしか見えていない。三人いるのだから、あと二人を気にしなければいけないのに、怪しいと思い込んでしまったやつしか、見えていない。そう思うと、今までそこにいたはずの相手が目の前から消えてしまったことで、衝動的に自分の後ろが気になってしまう。すると、後ろに立って、自分を殺そうと付け狙っている男が、今にも斧を振り下ろそうとしているのに気づくと、その場で目が覚めてしまった。
「夢だったんだ」
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、そんな夢を見た時点で、猜疑心はハッキリと形になって現れたことを知った。
もう現実の世界でも、自分が怪しいと思っているやつに殺されるという意識が離れなくなる。その男ばかり気にして、
「殺される前に、殺すしかない」
と思うと、隙を見つけて、殺そうという思いだけが支配するようになる。
しかし、実際に自分を狙っているのは、もう一人の男だった。そのため、後ろに立たれても、その気配を感じない。自分が気になっている男しか、気配を感じようとしないからだ。
それだけ、恐怖に駆られているのだ。
相手を殺す前に、自分が殺される。
その事実を知った時は、時すでに遅い。しかし、執念で自分の狙った相手も殺してしまう。
三人が三人とも、猜疑心がもとで同じ現象に陥っていた。三人が三人を三すくみで殺し合う。
三人の死体が廃工場から発見された時、
「どうやら、仲間割れから殺し合ったんだな」
と、初動捜査の刑事は呟いた。
そして、三人とも覚醒剤が身体から検出されたことで、
「お互いに薬の効果で、幻覚を見たのか、殺し合うことになった」
という結論を得た。
こうなると、被疑者死亡で、書類送検することになったが、結局、なぜ彼らがこんなことになったのか、本当の原因について警察は深く探ろうとはしなかった。
したがって、犯人が死んでしまったことで、あの時の暴行事件も、同時に本当の迷宮入りが確定してしまった。もし、このことを知っている人がいるとすれば、
「神も仏もない」
と思うことだろう。
だが、三人には確かに、「死」という最悪の結末が訪れたことで、天誅が下ったと言えなくもない。ただ、この時の三人の死が原因で、死ななくてもいいと思われた人が、突然死んでしまうことになるのだ。
「突然、死にたくなった」
この思いは、殺されても報われることのなかった女性のやりきれない強い気持ちが、三人の死という女性にとっても最悪のシナリオに、不思議な力を与えたのかも知れない。
本来なら誰も入り込んではいけない領域だったはずの樹海に、その思いは共鳴し、死にたいと思っていない人を巻き込んでしまうような、邪悪な思いが渦巻くようになってしまったのだ。
迷宮入りとなったせいで、女性が襲われた事件と、廃工場での男たちの死はまったくの無関係となると思われた。
しかし、廃工場で死体が発見された数日後に、今度はその廃工場の近くにある公園で、暴行されて記憶を失った母親が自殺しているのが見つかった。
「なぜだ? 事件から半年も経っているのに、何をいまさら自殺する必要があるというのだ?」
自殺に対して遺書があり、その内容を見ると、
「恥辱に耐えられない」
と書かれていた。
彼女は記憶を失い、自殺など思いつくほどの知恵もないだろうと思われていただけに、最初は警察もよく分からないという見解だったが、
「記憶を取り戻したんじゃないか?」
なるほど、記憶が戻ったのであれば、自分が受けた恥辱に苛まれ、自殺を思い立っても無理もないというものだ。この半年間、記憶のない時間が続いていたので、今記憶が戻ったのだとすれば、彼女にとって、あの忌まわしい記憶は、
「昨日のこと」
ということになるのだ。
警察の間では、そう思うことで、納得する人が多かったが、先輩刑事の方は、どうにも納得がいかなかった。
「先輩、何か腑に落ちないようですね」
「ああ」
若手刑事からそう言われて、訝しそうな表情になっていた。
「何を考えているんですか?」