樹海の秘密
本当は、女性のグループも誘うつもりだったのだが、急遽女性グループのうちの一人がいけなくなったということで、人数が合わないということで、適当に理由をつけて丁重に誘いを断った。彼らもさすがに強く言えず、
「それなら仕方がないね」
と言って、譲歩したが、心の中では悶々としたものを抱いたままのキャンプだった。
それだけに、騒ぎたくなるのも当然で、男性だけということもあって、森の気持ち悪さなど、意識していなかった。
キャンプの予定は三日間だったが、二日目の昼間のこと、三人が、沢で釣りをしていると、森の中から一人の女性が飛び出してきた。
地元の女性で、年齢的にはすでに三十歳を超えていたが、田舎育ちということもあってか、あどけなさが残っていることと、彼らが寸前になって女性陣からキャンプをキャンセルされたことへの悶々とした気持ちもあって、理性は一瞬にして吹っ飛んだに違いない。
「きゃー」
女性は叫び声を挙げたが、後ろの森が防音効果に役立ってしまったことで、下流の方でキャンプをしている人には聞こえなかった。声はこだましたが、そのせいで、音響は完全に半減してしまっていた。
男たちは、その時その女がどうしてそこにいたのか、そして、どこの誰なのかなど、基本的なことも頭に浮かんで来ないほど、完全に目が血走っていた。
一人として、その場の自分たちの行動に怖さを感じた者はいなかった。三人いて、皆が同じような顔をしているのだから、集団意識が生まれたのだろう。
普通なら、隣の人の目が血走っていれば、少しは我に返ったりするものなのだろうが、彼らにそれはなかった。それだけ飢えていたのか、それとも、三人そろって本能に目覚めてしまい、理性などまったく消えてしまうような持って生まれた性格を持っていたのか、一旦タガが外れてしまうと、歯止めは利かなかった。
一人が足を掴んで、森から引きずり出そうとする。もう一人が口を塞ぎ、一人が上着を引き裂いていく。
まさしく、惨状が繰り広げられたわけだが、その間、見ているのは、森の木々だけだった。
男たちは何度も何度も女に襲い掛かった。自分たちの勝手な欲求を満たすだけ満たして、そのまま女を置き去りにしてその場を去った。
キャンプは早々に片づけられて、警察が行った時には、すっかり何もかもなくなっていた。
女は、しばらく放心状態だったが、男たちがあまりにも急に慌ただしくキャンプを畳んで逃げるように去って行ったのを見た他のキャンプをしていた人が不審に思って河原の奥まで来ると、河原と森の間に無惨な状況で放置されていた女性を見つけた。
さっそく、警察と救急車が呼ばれて、彼女は入院を余儀なくされた。
彼女はショックから記憶を失っていたようだが、暴行を受けたのは間違いなかった。その様子は見ていなくても、想像できてしまう刑事には、それだけ忌々しい事件を起こした連中に、怒りが燃え上がっていたのだ。
しかし、記憶を失っている彼女から証言が取れるはずもないし、実際の犯人もその場から忽然と消え去っている。キャンプは許可制ではないので、誰がキャンプをしていたのかなど、分かるわけもなかった。
彼女の身元はすぐに判明した。
森の向こうの小さな街に住んでいる女性がいなくなったと、捜索願いが出ていた。年齢的にも風体も似通っていたので、さっそく身内の人間には来てもらい、刑事の方で、事情を説明した。
「むごい。むごすぎる」
そう言って泣き崩れる彼女の両親を見ていて、本当にやりきれない気持ちになっていた刑事は、それ以上何も口にすることはできなかった。
「警察の手で、何としても犯人を逮捕します」
と言い切れるほど、犯人に繋がるものがまったくと言ってなかったからだ。
彼女には、子供が一人いた。小学生の男の子で、刑事は直接その男の子と会ったことはなかったが、
――顔を合わせるのが辛かったので、会わなくて正解だった――
と思っている。
彼女がどうして森の中に入り、そのまま河原の方に出てきたのか、記憶を失ってしまった彼女だったので、分からなかった。
とにかく、こんなに悲惨な事件であるにも関わらず、あまりにも分からないことが多すぎた。
だが、
――彼女は記憶を失ってよかったのではないか?
と思った。
もし、記憶を失わず、暴行されたままのトラウマを抱えていたら、一生苦しまなければいけないことになる。何かあった時、絶対に思い出してしまうち違いない。これからの人生、トラウマを抱えたまま生きるか、記憶を失ってしまってはいるが、トラウマを抱えずに生きられる人生がいいのか、正直分からなかった。記憶を失っても、ここからが人生の出発点だと思い、生まれ変わったつもりになれば、トラウマを抱えたまま生きるよりもいいだろうと思ったのだ。
実際に、彼女は身体が回復してくるのと並行して、明るくなっていき、それまで暗くて分からなかったが、田舎娘独特のあどけなさが戻ってくると、笑顔も見られるようになった。
「これなら、彼女も立ち直って生きていけるだろう」
と考えた。
悲惨な事件の中で、唯一の「荒れ地に咲いた一輪の可憐な花」に思えてならなかったのだ。
子供も、最初は変わり果てた母親を見て、近寄りがたいと思っていたが、あどけなさが戻ってくると、
「母ちゃん」
と言って、なついているのを見ると、事件が起こる前の穏やかな生活が見て取れるようだった。
それだけに、犯人を見つけることのできない自分たちに憤りを感じ、悔しい思いが湧き上がった。それはきっと自分たちだけではなく、彼女の両親も同じあったに違いない。
事件の捜査本部は、三か月もすればなくなっていた。もちろん、まったく捜査しないわけではなかったが、何も発見されなければ捜査のしようもなく、このままでは迷宮入りは免れなかった。
しかし、事件はそれから半年もしないうちに、急転直下の結果を迎えた。まったく想像もしていなかった結末に、誰もが信じられなかったに違いない。
あれは、事件のあった街から三十キロくらい離れた都市にある大学生が起こした事件だった。
ある廃工場があったのだが、実は彼らはそこを根城にして、少し危ない活動をしていた。三人のうちの一人がチンピラのような感じで、地元のやくざと繋がっていた。
覚醒剤の売買に関わっていたのだが、自分もやっていて、もちろん、仲間の二人も引き込んでいた。
事件が起こる少し前から、覚せい剤を使っての暴行も平気で行うようになっていて、彼らの暴走はとどまるところを知らなかった。
ただ、河原の事件の時は、まだ覚醒剤に手を出しているわけではなかった。その証拠に、暴行された女性は注射されていたわけではなかったからだ。
しかし、この時の暴行が、彼らの暴走のきっかけになったことは確かだった。戻ってきてからの彼らは、恐怖感に襲われていた。
その場の雰囲気で女を襲ってしまい、急いでキャンプを畳んで戻ってきたのだ。あれからどうなったのか、まったく知らない。恐怖に駆られるのも当然のことだろう。
「おい、どうしよう」