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樹海の秘密

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 しょせんは、目の前のこと、つまりは、これから起こりそうなことを時系列で考えることしかできない。
 根本的な解決など、元々どうしてこんなことになったのかという理由が分からないので、考えようもない。考えることができるとすれば、予知能力を持った人間でもない限りありえないだろう。
 敦は、予知能力など持ちたいとは思わない。この期に及んで予知能力を持ったとしても、悲惨な結末が、先に分かるというだけで、まったく何の役にも立たない超能力である。
 敦は、家にこのままいても仕方がないと思った。何とか表に出てしまえば、とりあえず、自分が誰であっても、関係ない。ただ、一度表に出てしまうと、もう一度家に帰ってくるというのには、リスクが伴うことを、考える余裕もなかった。
 とりあえず、スーツを羽織ってみた。
「あれ? 大きいとは思わないな」
 先ほどの洗面台を見た時に感じた身体の小ささから感じると、もう少しダブダブでも不思議はないと思えたが、そうでもなかった。
 玄関で靴を履いてみたが、靴のサイズも変わりはない。歩いていても、最初に感じたっ背の低さは感じることはなかった。
 一気に扉を開けて、表に出た。扉を閉めながらカギを差しておいたので、後は回すだけ。手間取ることもなく、スムーズに済んだ。
 廊下を歩いて階段までは少し距離がある。しかし、部屋を出てきてしまえば、後は誰に遭おうと気にすることはない。
 どう思ってゆっくりと、階段に向かって歩いていると、ふいに隣の奥さんが表に出てきた。
「おはようございます。高橋さん」
 奥さんは、まったく戸惑うこともなく、いつもの調子で敦に挨拶してくれた。
 敦の方が戸惑ってしまって、
「あっ、これは奥さん、おはようございます」
 と、戸惑いが明らかに分かる素振りを示してしまった。
 きょとんとしている奥さんを横目に、苦笑いをした敦は、何が起こっているのか分からないまま、その場を通り越した。
――少なくとも、奥さんには、僕が他の人には見えていないようだ――
 となると、先ほどの鏡に写った自分の顔が幻ということになるのだろうか?
――いや、マジマジと鏡を見つめたはずなのに――
 と、あくまでも自分の目を疑うことができなかった。
 しかし、奥さんが普通に自分の顔を見れる方が、どう考えてもまともな考えだ。どちらを取っても納得のいかないことではあるが、この場合は、他の人には自分の顔が他人に見えない方がいいに決まっている。
――でも、奥さんだけなのかも知れない。他の人がどうなのか、気になるところだ――
 と感じた。
 それを確かめるには、会社に行くのが一番だ。
 キチンと出社する態勢で表に出てきた。頭の中がパニくっていたわりには、思ったよりも冷静だったのだろう。
 電車に乗って会社に向かういつもの通勤中、不安は払しょくされていくように感じたが、ふとした時に我に返り、朝の鏡に写った誰とも知れない顔が思い出されて、額から汗が滲んでしまうのが感じられた。
 会社に向かうと、その間、誰とも会わなかった。いつもであれば、会社の人間の誰かと顔を合わせるのだが、今日に限って誰とも会わなかったというのは、気持ち悪い限りだった。
 小さな会社ではあるが、会社自体は、大きなビルの中にある。同じ会社ではなくとも、顔見知りの人は何人かいて、廊下ですれ違った時など、挨拶を交わすくらいの人は少なくなかった。
「おはようございます」
 その日も普通にそう言って挨拶をしてくれる女の子に対して、
「おはよう」
 というと、別に訝しそうな表情をすることはなかった。
 知らない顔の人であれば、いきなり「おはよう」と言われたのでは、馴れ馴れしいと思うからである。女性であっても、男性であっても、年下であればいつも、「おはよう」という。そんな敦の気持ちを分かっているのは、同じ会社の人だけではないと敦は思っていた。
 そのまま事務所に向かうことなく、敦はトイレに向かった。洗面台でもう一度自分の顔を見たかったからだ。会社に入ってから、数人の人に出会ったが、誰も疑うことなく、迎えてくれたが、ただ他人に遭ったから挨拶をしただけなのかも知れない。家を出る時、
「高橋さん」
 と確かにいってくれたのを信じないわけではないが、万に一つということもあるからだ。
 洗面台に恐る恐る向かうと、そこに写っている顔は、やはり知らない顔だった。
「どういうことなんだ?」
 まわりの人は自分のことを高橋敦に見えるのに、自分だけがまったく知らない人に見えてしまう。それは自分の目がおかしいのか、それとも、鏡を通すから違う人に見えてしまうのかのどちらかでしかない。信じられない現象が起こっているのだから、そのどちらも信じがたいことであるのだろうが、どちらが正しいとしても、信じるしかないのだろう。
 その日は、何となく気持ち悪い思いをしながら、何とか仕事をこなした。さすがにどこにも立ち寄る気もなく帰宅したが、帰宅するとすぐに睡魔が襲ってきて、気が付けば眠っていた。
――このまま目が覚めなければどうしよう――
 という思いが頭をよぎったが、それでも睡魔には勝てず、眠ってしまった。
 しかし、不思議なことに、眠ってしまったはずの自分の意識が、真っ暗な部屋で息を潜めるようにして佇んでいるのを感じた。
 眠っている自分が息をしているのかを確認している。
「もう、息が切れてしまったかな?」
 あまりにも静かなので、寝息が聞こえてもいいはずだった。それなのに寝息が聞こえてこないということは、息が途切れてしまっていると思った方が自然だった。
 佇んでいる自分の意識は、これが夢ではないことを自覚していた。
「苦しまずに死ねたのは、よかった」
 と感じると、そこに寝ているはずの敦の姿が見えなくなっていた。
――やっぱり、俺は敦じゃないんだ――
 と感じた。
 そういえば、敦なら、自分のことを「俺」とは言わないはずだ。こんなちょっとしたことから自分ではないと感じる勘の良さに普段の自分との違いを感じるなど、実に皮肉なことだった。
 真っ暗な部屋に差し込んでいた明かりも、すでに見えなくなっていて、完全に暗黒の世界が広がっていたのだ。

「大変です。今朝樹海の入り口のところで死体が見つかったそうです」
 と言って、血相を変えて入ってきたのは、安藤さんだった。
「どうしたんだ。その死体というのは、この間の首吊りのように、神社側にあったのかい?」
「ええ、そうです。自殺には変わりないようなのですが、今度は首吊りではなく、睡眠薬の服用だったようです」
 安藤が飛び込んできた部屋というのは、のぞみ出版の営業所長室だった。
「睡眠薬というのは、また地味なものだね。楽に死ねると思ったのかな?」
「確かに睡眠薬は、楽に死ねるように思えますが、服用量を間違えたりすると、却って苦しんだりするらしいですからね。万が一死にきれずに生き残ってしまうと、今度は後遺症が残ってしまったりで、生き地獄を見ることになるんじゃないですか」
「しかも、一度死を覚悟して死にきれなかった場合というのは、二度と死のうとは思わないようですね。そう何度も死ぬ勇気なんか持てるものではないと言いますからね」
作品名:樹海の秘密 作家名:森本晃次